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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
剣都編 第1話 カラン家
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剣の稽古

 ジェイドが模擬刀を手に闘技場へ行くと、赤地に黄色の線が鮮やかなエディアの上級騎士の隊服を着ている男性が2人いた。彼らは模擬刀を片手に今まで来週行われる公開稽古の打ち合わせをしていたようだった。


「遅いぞ、ジェイド。何やってたんだ」

「犬だよ父さん、犬」


 ジェイドは父、セイリオの元へ走って行った。セイリオの隊服には親衛隊長であることを示す勲章が輝いていた。


「犬じゃわからんだろ、犬でも拾ってきたのか?」

「そう、2匹! 白くてふわふわ! 今姉さんに見てもらってる!」

「そうか、犬か……」


 ジェイドから犬の話を聞き、セイリオの興味も一瞬犬へなびきかけた。


「港に捨てられてたんだと思う。まだ子犬だよ!」

「それより、また港に行ってきたのか?」


 セイリオはジェイドが第三王子のアルセイドと共に頻繁に港に出入りしているのを知っていた。2人が仲良く遊んでいるのは構わなかったが、目の届かないところへ勝手に出かけられるのは困ると頻繁に王宮から苦情は入っていた。


「別にいいじゃないか、港くらい」

「それはいいんだが、毎回ステラさんに怒られるは俺なんだぞ」

「じゃあ父さん怒られておいてよ」

「この馬鹿が」


 軽口を叩く息子を叱ると、セイリオは本題に入った。


「そうだ、今日はサロスと試合してほしい。少しお前の実力を確かめたい」

「え、いいの!?」


 浮かれるジェイドをよそに、セイリオはサロスと呼んだ剣士に向き直った。


「遠慮しないでやってくれ。少しこいつの根性たたき直してくれるくらいでいい」

「でも、さすがに僕は……」


 年若いとはいえ大人であるサロスは8歳の少年相手に試合をすることに気が引けていた。


「いいから、やりすぎなくらいでいい。上級騎士がどのくらいのものなのか、体で教えてやってほしい」


 上級騎士とは主に首都防衛を司る役職で、剣技の精鋭が集まっていた。サロスは昨年上級騎士試験に合格し、セイリオに目をかけられてカラン家の護衛に加えて様々な仕事を任されていた。


「わかりました。僭越ながら、お相手させていただきます」

「よし、試合形式で双方遠慮なくやれ」


 サロスは模擬刀を構えると、ジェイドと対峙した。


「さすが、隙がないね」

「お前は黙ってやれ」


 セイリオがジェイドに釘を刺す。先に仕掛けたのはジェイドだった。サロスは咄嗟に防御態勢をとるが、その一撃に驚愕を受けていた。


(へへ、びっくりしてる)


 ジェイドは防御の際に、大方の剣士が刀身の真ん中で剣を受けることを知っていた。その意表をついてわざと剣をずらして、剣先に当てるようにすることで驚いた相手の隙を突いて懐に潜り込むことを得意としていた。子供相手であればこれで間違いなく勝てるが、流石に上級騎士試験に合格した剣士相手にはこれで勝負は決まらなかった。


「なるほど、そういうことですね」


 サロスは何かを理解したのか、顔つきを変えて思い切り踏み込んできた。


(やばい、本当に本気でやる気だ)


 一瞬焦りはしたが、ジェイドはすぐに体勢を立て直してサロスの剣を全て受けた。


(くそ、大人の力で押されたら敵うわけないじゃないか!)


 サロスの横からの猛攻を全て防いだものの、剣を持つ手は痺れて動きが緩慢になってくる。


(ここを突かれたら負ける、どうする?)


 疲れてきたことを悟らせないよう、わざと笑顔で正面突破を試みた。


(これだけ振り回してきたんだ、左右より中央のほうが防御は甘いはずだ!)


 しかしその剣撃はしっかりと受け止められた。相変わらず隙のないサロスをどう切り崩せばいいのかジェイドは必死で考えた。それが致命的な隙となった。


(まずい、下から来る!)


 サロスは的確にジェイドを追い詰めていた。左右に振った後に今度は思い切り上下に振られ、ジェイドの手はますます痺れてきた。


(こいつ、こっちの体力切れを狙ってるのか!?)


 そこでジェイドはサロスの意図を読み取った。これ以上まともに相手をしても最後は体力の少ないジェイドが圧倒的に不利だった。勝算が一切ないことを悟ったジェイドが剣を降ろすと、サロスも彼を追うのをやめた。


「どうだ、本物の上級騎士の剣は?」


 肩で息をしながら、ジェイドはセイリオに文句を言う。


「父さん、やっぱり大人とは体の大きさで不利だよ。それに力では敵わないし」


 ジェイドが大きく振り回されて消耗した理由に、攻撃範囲の差があった。特に同年代の子供の中でも小柄な方のジェイドが大人と剣を交わすと、そこには圧倒的な体格の差が見て取れた。


「そこを工夫するのがお前の今後の課題だ。さて、もし対策を立てるならどうする?」

「うーん……相手が動くより先にもっと速く動く?」


 セイリオは何も考えていないような息子の返答に呆れた。


「随分あっさりと言うな。そう簡単にできることじゃないぞ?」

「や、やれば出来るだろ!『剣を極める者、困難に立ち向かう前に諦めることなかれ』だぞ!」


 ジェイドがエディアの剣士なら暗唱させられている『剣術指南』を引き合いに出したことで、セイリオはますます呆れた。


「それはそうなんだが……まずは基本の型をもっとしっかり体にたたき込め。そして力で押されても負けない体を作れ。どうにもお前はその辺がまだふにゃふにゃしてるんだよなあ」

「わかったよ、やればいいんだろ、やれば!」


 結局、基礎鍛錬をしっかりしろという話になってジェイドは口を尖らせる。セイリオは次にサロスへ先ほどの試合の感想を述べた。


「そしてサロス。お前はそうだな……今のままでもいいんだが、もっと力を抜いて気持ちを楽にしてもいいぞ。上級騎士試験のときからお前は化ける奴だと思っていた。のびのびお前の剣を磨くことが、お前の精進に繋がるぞ」

「はい!」


 セイリオに褒められ、サロスの背筋が伸びた。


「あとそんなに緊張するな。見ての通りこいつは剣だけが取り柄のバカ息子だ。びしばし鍛えてやってくれ」

「ば、バカとは何だバカとは!」


 ジェイドはセイリオに小突かれながら大声をあげる。


「それなら先ほどの試合の『もっと速く動く』以外の反省点を言ってみろ。俺が出したもの以外でだ」


 セイリオの質問にジェイドは一生懸命考えようとした。


「え、えっと……型でしっかり受ける?」

「それは俺が言った。他にもたくさんあるだろう?」

「わかるかそんなもん! 勝てばいいんだろう勝てば!」

「そうやってすぐ考えることをしないで……だからもっと頭で考えろと言われるんだ、わかるか?」


 呆れるように諭されて、ジェイドはすっかり大人しくなった。


「わかったよ、さっき姉さんにも言われてきた。もっと考えろって……」

「じゃあ、次回までに『もっと速く動く』以外も考えてこい」

「はあい……」


 それから先ほどのサロスとの試合の反省をするため、ジェイドはセイリオと手合わせをすることになった。セイリオはわざと広く剣を動かし、体格の差を埋めるために何が出来るのかをジェイドに考えさせていた。



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