「姉さん」
ぼんやりする頭でスコップを引きずって姉さんが埋まっている場所へやってきた。片腕で穴を掘り返すのは骨が折れたけど、姉さんが待っていると思うと腕を休めるわけにいかなかった。
「……いた」
やっぱり姉さんもそれほど深いところにはいなかった。そして姉さんは僕が知ってる姉さんじゃなくなっていた。それでも姉さんは僕の大切な姉さんだ。
「姉さん、こんな姿になって……でも、僕を待っていてくれたんだね。僕はどんな姉さんでも大好きだよ」
姉さんのすっかり面影のない腕を取った。優しく抱き留めてくれたあの腕はすっかり骨が見えていた。
「姉さん、ごめんね。僕が一緒にいなくて寂しかった?」
姉さんは答えないけれど、姉さんが何を言いたいかは僕が一番よく知っている。
「ごめんね、本当にごめんね……こんなところにいたくないでしょう? でも、今の僕には姉さんのことを誰かに言うことができないんだ」
姉さんだったものに僕は縋り付いた。生きている間にもっと姉さんを抱きしめたかった。叱られても恥ずかしいと思っても、もっと姉さんに好きと言うべきだった。後悔をしても姉さんは生き返らない。今できることは、少しでも姉さんのことを忘れないことだと思った。
「だから、代わりに父さんの指輪を姉さんに預けるよ。父さんと僕、カランの血が姉さんを守るから……その代わり、僕が姉さんを連れて行くよ。僕と姉さんはこれでずっと一緒にいられる。姉さん、僕は姉さんを一生愛する。ライラ姉さん、大好きだよ」
姉さんの指から母さんの指輪を外すと、それまで首に下がっていた父さんの指輪を嵌めた。
「ごめん、ごめんね、姉さん……きっといつか、また、来るから……」
ずっとここにいたかったけれど、それは姉さんが望まないと思った。僕の涙が姉さんに落ちた。姉さんも泣いているようだった。
「ダメだな僕は……姉さんを泣かせるなんて。わかったよ、姉さん」
僕は姉さんだったものをしっかり穴に収めた。そして、その上に土をかけた。
「ごめんなさい」
姉さんは何も言わない。何か言えたとしても、きっと何も言わなかっただろう。
「ごめんなさい」
埋められていくのは、とっても怖いんだろう? 暗くて、冷たくて、ひとりぼっちで、どうしてそんなことが僕にはできるんだろう? 姉さんが生きていないから? それとも僕が姉さんを助けられなかったから?
「ごめんなさい」
何度も姉さんに謝った。謝っても謝っても償いきれない罪を僕は犯した。僕が姉さんを守らなければいけなかったんだ。それなのに。
「ごめんなさい、姉さん」
考えることを止めて一気に姉さんを埋めた。埋めたところに持ってきたスコップを刺した。墓標と呼ぶにはあまりにも粗末だったけれど、今の僕に出来ることはこのくらいしかない。
「ごめんなさい、姉さん……本当にごめんなさい」
姉さんには謝っても謝りきれなかった。しばらく姉さんの前から僕は動くことができなかった。
「ああ、どうしよう。姉さん、僕、これから、どうなるんだろう? 僕、もうジェイドじゃなくなっちゃった」
そうだ、もう僕はジェイドじゃないんだ。ジェイドはここに埋められて姉さんと一緒にいるんだ。
じゃあ、僕は一体誰なんだろう。
今の僕は、ジェイドの亡霊だ。本当のジェイドは、多分あの日姉さんと一緒にここに埋められたんだ。左腕を折られて、何度も蹴られて殴られて、それでも姉さんを助けようとして……。
「馬鹿だなあ、大人3人に敵うわけないだろう。一体君は何をやったのか、わかっているのか?」
僕は姉さんと一緒に埋まっているはずのジェイドに話しかけた。
「わかっているよ。そんなのは無謀だって、父さんなら言う。だけど、どうしようもなかった。僕だけ逃げ出すなんてできないし、助けを呼びに行ったらリィア兵に捕まってどのみち殺されてた」
「あーあ、どうしよう、本当にどうしよう、どうしたらいいんだろう……」
「姉さん、一体僕は誰になって、何をすればいいのかな」
「僕、何もなくなっちゃった。故郷も、家も、家族も、名前も、みんな」
「本当はすっごく怖くて、泣きたくて、誰かに助けてもらいたいんだ……」
「ねえ、姉さん。リィア領から出れば、誰か助けてくれるかな?」
「何にもなくなっちゃったから、全部最初からやり直すんだ、姉さんの言う通りに」
「頑張るよ、僕。エディアの血を絶やさないことって姉さんが言ってた」
「でも、それは絶対誰にも言えない。僕がエディア王家の人間だってこと」
「僕がデイノ・カランの孫だってこと」
「そんな立派な生まれのはずなのに、頭がおかしくなっちゃったこと」
「それに……僕が姉さんのことを大好きで愛しているってこと」
「これは秘密なんだ。今は僕と姉さんだけの、大事な大事な秘密」
そして僕は姉さんとジェイドに別れを告げることにした。またいつかここに来ることがあったら、その時はしっかり姉さんとジェイドと話をしよう。その時僕は一体何をしているんだろう。
(じゃあ、そろそろ行こうか)
「うん、姉さんも僕も大丈夫。僕はひとりで大丈夫だ」
(ひとりじゃないよ、僕がついているから)
「そうだった、これからもよろしく」
もう一度姉さんを見る。こんなところに置いていくのは嫌だったけど、それ以外に僕にできることはなかった。
「じゃあね、姉さん。じゃあね、僕」
こうして、僕らはひとりで歩き出した。
***
これは僕と「友達」の話。ひとりぼっちの僕と、僕をずっと支えてくれる「友達」が居場所を探す話。僕はひとりぼっちになったけど「友達」がいるから寂しくはない。だから安心してね、姉さん。僕はひとりで大丈夫だから。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
ここから「彼ら」の物語が始まります。この少年が後にどうなるかというのは事件編で大まかに書かれています。ここまでの大前提を踏まえて事件編を見ると、かなり違った世界が見えてくるはずです。
次話から新章「亡霊編」です。辻強盗して予備隊に放り込まれ、ティロと名乗るまでの話になります。懐旧編第1話で彼は一体どうしてああいうことになっていて、何を考えていたのかがわかります。
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