「友達」
僕がひとりぼっちになってからどれだけの時間が経ったのか詳しくははわからない。目は見えているけど何も見たくないし、耳は聞こえるけど嫌なことは聞きたくないし、何より誰かと話そうとしても声が出なくなってしまった。
何度も名前を尋ねられたりどこから来たのか聞かれたけれど、その度に胸が押し潰されそうなほど痛くなって何も言えなかった。最初のうちはそれでも誰かに姉さんのことを伝えようとしたけど、声は出ないし皆が忙しそうなので直に諦めた。
あの夜のことは未だに夢なんじゃないかと思っている。実はこの現実全てが夢で、目が覚めると姉さんと父さんがまだ生きてるんじゃないかと期待している。それでも目は覚めないし、姉さんはどこにもいない。僕を探しに来てくれる父さんも叔父さんたちもいない。例え誰かが探してくれているとしても、名乗り出るわけにはいかなかった。
王家と親衛隊、それから軍関係者と御三家の生き残りが全員処刑されたというのは嫌でも耳に入ってきた。王家が倒れる時は父さんも一緒だという覚悟は出来ていた。カラン家だけならまだしも、ディルス家とファタリス家の名前を持っている者は全員処刑されたそうだ。何故リィアはそんなに殺すんだろう。王家の血もカラン家の血も引いてる僕と姉さんのことは探しているんだろうか。それとも火事で死んで行方不明だと思ってるんだろうか。
いや、実は僕はもう死んでいてここにいるのは死んだことに気がついていない僕なんじゃないのかって気もしてきた。本当の僕は土の下にいて、今でも姉さんと一緒に埋まってるのかもしれない。
じゃあ、ここにいる僕は一体誰なんだ?
遠くで子供の泣き声がした。子供は泣けば誰かが助けてくれると信じている。でも、今の僕を助けてくれる人はいない。すごく身体が痛くて、今にも泣き出したいけど、泣き声もあげることが出来ない。ただ苦しくて辛いと思っているだけで、何も出来ない。
(君は君に決まってるじゃないか)
「でも僕はもう……自分の名前を名乗れないんだ」
(そうか……でも僕は君の名前をずっと呼んであげるよ、ジェイド)
「ありがとう、ところで君は誰だい?」
(嫌だなぁ、自分自身に何を言ってるんだい? 僕は君だよ、もう一人の君)
「そっか、でもどうして僕が僕に話しかけてるの?」
(君が余りにも寂しいからって自分自身に話しかけてるんだよ。それに君、今声が出てるじゃないか)
「本当だ……どうしてだろう?」
(自分自身は怖くないからじゃないかな。正体がバレる心配もないしね。君は人が怖いんじゃない、名前を知られるのが怖いんだよ)
「確かにそうだね……僕は僕だ。そして君も僕だ。でも僕はもう、前の僕じゃない。死んじゃったんだ。殺された。殺されたんだ。踏みにじられて、泥にまみれて、無理矢理……」
(悔しい? 苦しい?)
「決まってるだろ。自分に聞くなよ」
(一応聞いてみただけだよ。それで、これからどうするの?)
「そうだね……生きなさいって言われたから、生きてみようかな」
(生きて、それからどうするの?)
「わからない。でもとりあえず、姉さんのところに行ってみようかな。ここはリィア兵が多くて、怖い」
(よし、そうこなくちゃ)
僕はまずこのふらふらの身体を何とかすることから始めることにした。しっかり食べて飲んで、生きていくための行動をしないといけない。辛いとか苦しいとか、そういうことを考えていたら生きていけないから、今はそれを考えるのはやめることにした。今は、生きることに集中しよう。
幸い避難所には食べ物がたくさんあった。何でもいいから口にして、みっともなくてもとにかく生きることを優先させなければいけない。思えば療養所を出されてから何も口にしていなかった。何をもらって食べたのかはよくわからなかったけど、食べるって大事なんだな。何だか頭が元気になってくる感じがする。
食べて、休んで、食べて、休んでと繰り返すうちに、少しずつ体がまた動くようになってきた。相変わらず左腕は全く動かなかったけど、それ以外は大分よくなった。そう言えば、あれからどのくらい経ったんだろう。昼も夜もよくわからないし、頭もぐちゃぐちゃになっているから今がいつなのかもよくわからない。わからないことにしているだけなのかもしれない。
(こうして話していると、少し気が紛れるよね?)
「うん……余計なことを考えるより、いいかもね」
頭の中の自分と話をすることに慣れてきた。周囲から見れば子供がずっと独り言を言っていると思っているに違いない。だけど、死にたい消えたいという気持ちがぐるぐるするくらいなら変な子供と見られていたほうがよかった。どうせもう二度と真っ当に生きていけないんだから。
(じゃあ、僕は一体君の何なの?)
「そうだね、君は僕の大切な友達だ」
(そうか、よろしくね、僕)
「うん、これからもずっと一緒だよ」
少し体力が戻ってきた頃、僕は避難所から出ていくことにした。毎日リィア兵を見ていたくなかったし、一刻も早く姉さんのところに行きたかったからだ。墓掘り用のスコップを右手でしっかりと掴んで、僕はもう一度あの場所へ行かなきゃならない。姉さんに、会うために。




