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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡命編 第4話 受け入れ先
203/215

適当

リンク:休暇編第3話「復讐なんてやめとけ」

 セラスと夜間の鍛錬をしながら、ティロはかつてゼノスが自分を目に掛けた気持ちを追体験していた。セラスと数度剣を合わせ、それからティロは模擬刀を下ろした。


「大体、これ止められる奴はなかなかいないんだ。お前の兄さんもなかなかやるな」

「こんな剣撃見たこともないんだが、一体どこの型なんだ?」


(そう言えば、これは予備隊の頃考えたんだよな。随分世話になったもんだ)


「これか? これは俺の考えた型」

「型なんか自分で考えられるのか?」


 セラスの疑問に、ティロは改めて自身が異様な経歴であることを自覚せざるを得なかった。


(普通はそんなこと考えないんだよな。何で俺、そんなことしてたんだろう)


「寝ないで考えたんだよ。暇だからな」

「暇で出来る話でもあるまい?」


(まあな。俺の自作の型は基本が剣豪小説だし、本当に暇だったから新しい型を作ることでいろんなことを忘れたかったんだよな、あの頃は)


 ティロは予備隊でひとり自作の型の研究を重ねた日々を思い出した。思えばそれまで見なかったことにしていた家族の死を突きつけられて、それでも平然としていなければならない状況がたまらなく辛かった。


「いいんだよ、俺が特殊なだけだから」


 そこにちょうど「かなり誇張されたデイノ・カランの伝記」を読んだことで、辛い気分を全て夜の鍛錬に注ぎ込むことが出来た。あの経験がなければ、この独自の型は思いも付かなかっただろうとティロは思い返す。


(実際、夜にひとりで鍛錬していても目標がないと気持ちが入らないからな。荒唐無稽だろうが、あの頃は何かに熱中しないと気持ちが持って行かれそうだった)


「こいつを習得したかったら、リィアの型を覚えるんだな。オルドやクライオよりリィアの方が一直線で力重視の型になる。これからリィアの奴と斬り結ぶならリィアの型を覚えておいた方が絶対有利だ」


 ティロは改めてセラスに向き直った。それまでずっと独りだと思っていた心が少しだけ慰められたような気がした。


「そんなこと、教えてくれるのか?」

「せっかく亡命してきたんだ、少しは役に立たないと」


 言うなりティロは例の初撃をセラスに繰り出した。セラスは即座に防御する。


「お前は何も言わなくても実戦で十分だろ」


(こうやって、全力の俺の手の内を話してもいい相手と手合わせできるんだ。それだけで幸せなことじゃないか)


「貴様、私を何だと思ってる!?」

「言わせるな、天才剣士が」


 一瞬、セラスが動揺したのがティロにははっきりと見えた。コール村でゼノスに絶賛されたかつての自分を見ているようで、ティロはセラスにもっと大きな世界で剣技をやってもらいたいと思ったし、同時にゼノスに不義理を働いたことを激しく後悔した。


「こんなんじゃないだろ!?」

「まだまだ!」


 更にセラスが食らいついてきたので、ティロは押し寄せる様々な感情を全て剣に乗せて全てを考えないことにした。今は目の前のセラスに集中したかった。


(全力を出したいって思える相手に巡り会えるのは、幸せなんだなあ)


 しばらくセラスと手合わせを続けるうちに、身体に限界が来たようだった。思えばリィアを出発してから丸二日間、ほとんど休んでいなかった。それどころかクライオに亡命できたことで少し身体が軽くなり、珍しく薬なしで心地よい眠りにありつけそうだった。


「あー、流石に疲れた……」


 模擬刀を下ろしてその場に座り込むと、そのまま眠り込んでしまいそうなほど消耗しているのがわかった。


(まずい、部屋には帰れないし、こいつをどうにかしてからでないと眠れないぞ)


「疲れたって……これで今夜は眠れるんですか?」

「さてね。眠れるといいんだけどなあ……お前はもう寝ろ」


 ティロは立ち上がると、模擬刀をセラスに渡した。当てはないが、とりあえずセラスから離れるのが大事だと思った。


「寝ろって……あの」

「何だ?」


 何か言いたげなセラスに、眠気が頂点に達しそうなティロはさっさと背を向けた。


「いえ、あの……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ……」


 そのままどこかへ消えようと思ったが、なおもセラスはじっとティロを見つめていた。


(うーん、こうやって黙ってるのも微妙だな……なんか適当にいいこと言って締めるか。公開稽古も最後は爺さんのいい感じの話だったからな)


「そうだ、そう言えばお前、昼間同胞の仇とか言ってたよな」


(せっかくいい腕持ってるんだから、俺としてはもっと胸張って生きてほしいんだよな。もし本当に国のために剣を持ってるとか固いこと考えてるなら、すごく才能が勿体ない)


「そういうのあんまりよくない。力むくらいなら復讐なんてやめとけ」


 何となく剣豪小説に出てきそうなことを言ったつもりだったが、眠さであまり頭が回らないティロは自分が何を言っているのかよくわかっていなかった。


「なっ、何だって!?」


 セラスに聞き返されてしまい、「適当にいいこと」が伝わらなかったことにティロは内心焦った。


(あ、わかりにくかったかな。えっと……つまり、俺が言いたいのは、もっと自由にのびのびと剣を持ってほしいってことだ)


「剣は己のためだけに握っとけってこと、じゃあな」


 そうまとめると、ティロは足早に屋敷へと戻った。それからセラスが追いかけてこないのを確認して、そっと屋敷の外へ出た。レリミアのいる部屋には戻れないので、屋敷の裏で居心地の良さそうな場所を探すことにした。


「お、いいところあった」


 手入れの行き届いている屋敷の庭とは反対に、裏は雑草が伸び放題になっていた。夏が始まったところで草の伸びる勢いが早く、手入れが追いついていないのだろうとティロは思い至った。


「この辺、ちょうどいいな。よし、ここを当面の俺の寝床にするぞ」


 伸びた雑草をかき分けて身を横たえると、リィアの河原にいるように感じられた。客室のきれいなベッドで眠るより、幾分も落ち着いて眠れそうだった。


「はぁー……思えば長かった。でもこれで計画は大きく前進したぞ」


 夜空を眺めながら、ティロは昨日からのことを振り返った。レリミアの誘拐、クライオへの亡命、そして精鋭との連戦にセラスとの出会い。


「いろんなことがあったな……自由ってこんなに気持ちいいんだって思ったし、思いっきり手合わせができて、やっぱり俺は剣がないとダメなんだなって思うよ。剣がなくなったら、俺じゃないんだ……」


 頭の中で『友達』が頷いたような気がした。限界を超えた緊張と疲れはいよいよ地面に身体を吸い付け、心地よい気分へと誘っていく。


「さっきは俺にしてはうまくまとめられたと思うんだ……でも、何かおかしなことを言ったような気もする。一体俺は何を言っていたんだろうな……」


 眠りに落ちる前、ティロはセラスのことを考えていた。いつまで生きて手合わせできるかわからないので、できるだけセラスのことを気にかけてやろうと思った。


「姉さん、生きててよかったよ。生きてればこういうこともあるんだねえ」


 それからティロは明け方まで気絶が出来た。そして、久しぶりに悪夢を見なかった。代わりに優しい姉に思い切り甘える夢を見た気がした。姉がいれば、後は何でもよかった。


「復讐なんてやめとけ」の裏側は思った以上に何も考えていなかったことが発覚したわけですが、ここまで読んでこられた方ならわかる通り、こいつは基本的に何も考えていません。ここから先も事件編での意味深な言葉は全部こんな感じだと思われます。

次話、クライオでの楽しい亡命生活です。精鋭たちとの鍛錬の様子やシェールとの掛け合いに、レリミアに災禍を語る心境や、セラスとの実に気まずい夜の会話と休暇編でのイベントが盛りだくさんです。是非休暇編と合わせてお楽しみください。

よろしければブックマークや評価、感想等よろしくお願いします。

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