今更
リンク:休暇編第3話「復讐なんてやめとけ」
言及:死神編第9話「理解者」
何とかセラスの追求を振り切ったティロは、まだ納得には至らないセラスと一緒に中庭で鍛錬をすることにした。
(懐かしいな、誰かと夜に鍛錬をするのは。あいつ元気かな)
ティロは予備隊で一緒に夜目を鍛えた友人を思い出す。これから彼に会うときは迷わず斬り捨てる必要があることが悲しくなり、気持ちを切り替えるために急いで剣先に集中する。
セラスは夜の鍛錬は初めてと言っていたが、思った以上に鍛錬の相手になった。
(しかし、こいつ本当に面白いよな。いきなり夜に打ち合いするぞって言ってすぐに動けるし、第一俺の動きにしっかりついて来やがる。相当の逸材だぞ)
「そう言えば昼間言い忘れたけど、お前天才だな」
「貴様に褒められても嬉しくもないが」
(そんなこと言って、本当は嬉しいくせに)
「そうか? 一応リィア上級騎士では一番の自信はあるけどな。非公式だけど」
「それほどの使い手なら名前を聞いたことがあってもおかしくないはずだが」
(俺の名前なんかあいつらがどこにも出すもんか。御前試合だって、情けでようやく出してもらったんだぞ)
「しょうがないだろ、俺自体が……いや、この話はやめよう」
「また長くなるのか?」
セラスはいい加減ティロからまともな話を引き出すことを諦めているようだった。
(その方が俺には好都合なんだが、俺だって気になることはたくさんあるんだ)
一度模擬刀を下げて、ティロもこの組織について気になっていることを尋ねることにした。
「そりゃあ、な。それよりそろそろ俺にも質問させてくれよ」
「何だ?」
「その……オルドでは女でも普通に剣士になるものなのか?」
(なんかさ、普通に登場してきたけどエディアでもリィアでも騎士一家だからって剣を持つ女なんか見たことないぞ。俺が知ってる剣を持つ女ってのは特務の、怖い女たちだけだ。まさかオルドの騎士一家は花嫁修業の一環として剣を持つのか?)
ティロは姉が剣を持っているところを想像して、美しいと思う反面思い切りのいい姉もおそらく相当な手練れになったことだろうと勝手に恐ろしくなった。
「あぁ……不思議に思われても仕方ないな。勿論特殊なのが私だけで、他の女性は剣など持たない」
「そうか、よかった」
ティロが安堵の声を漏らしたことで、セラスは少し不服そうな顔をした。
「何が?」
「お前みたいなのがゴロゴロいるのかと思うと少し怖くてな」
「私みたいなのがたくさんいてたまるか」
自分の腕に覚えはあるのだというセラスの心意気に、ティロはますます安心した。
「そうだ、今までいろんな奴と剣を合わせてきたが……お前は相当強いというか繊細というか、とにかく才能がある。それに他の奴にはない覚悟も備わってる。一流にならないわけがない」
そう述べて、ふとティロは昔似たようなことを言われたような気がした。
「たった数度剣を合わせただけで、そこまで言うか?」
「言えるんだよ俺は、超一流だからな」
(舐められたもんだな俺も。従兄弟たちの中では批評だけは一番爺さんに褒められていたんだからな)
エディアの公開稽古ではもちろん自分の技量も試されるのだが、祖父からはそれ以上に直系血族においては批評眼を叩き込まれた。どちらの剣士のほうが技量が上か、どのような点を見極めるべきか、どんな癖がありどう攻略すれば良いかを瞬時に判断する能力についてティロは大分褒められていた。ただ、褒められた分次の要求が高くなるので父には随分と厳しく仕込まれたと思っていた。
「自分のことなら何とでも言えるだろう?」
「でもそんだけ剣を使いこなせてるんだから……わかるだろ?」
ティロはセラスの技量と同時に、批評眼も見ていた。
(おそらくあの短時間で俺の必殺の一撃の分析をして、しかも自分で即座に実践できることができる……こいつは並大抵の才能じゃないぞ)
この感覚は予備隊で何者でもなかった少年と向き合って以来の感覚だった。自分よりも優れているかもしれない才能を見つけると妬ましくもあり、それ以上にその才能を一緒に磨いて自分の糧にしたいとティロは思っていた。
「悔しいが……貴様の実力は認めざるを得ないな」
「何だよ、もっと褒めろよ」
「何故貴様を褒めなきゃならんのだ」
(でも俺はお前に勝ったんだぞ! もう少し褒めてくれたっていいじゃないか!)
「珍しいんだぞ、俺の本気をちゃんと拾える奴は」
「そうなのか?」
セラスが小首を傾げた。
(うーん。こいつ確かに実力はあるんだけど、それはもっと世の中に出さないといけないすごいものだ。それなのに、こんなところで満足している感じがするなあ……)
「……あぁ、そうか。お前に足りないのは経験だな」
ティロはかつてどこかで聞いたような台詞をセラスに投げかけた。
「何だって?」
「戦からもう六年、こんな狭い世界で決まった奴らとずっと鍛錬して、それと今までも多分『女の道楽』とか言って本気で相手にされないことも多かっただろう。だからお前は自分の実力がわかってない」
何となく、セラスの境遇をティロは想像した。自分がリィアの上級騎士の間で揉まれている間、セラスは周囲に恵まれていたがこの田舎でひっそり鍛錬に励んでいた。本来ならばエディアの公開稽古で中央に立ってもいい剣技の腕を、むざむざ隠されていたことがティロには我慢ならなかった。
「……何が言いたい?」
「つまり、俺が鍛えてやるってこと」
そう言うとティロはセラスに例の初撃を繰り出した。当たり前のようにセラスは防御した。
(やっぱり、こいつはもっと伸びる。こんなシケたところじゃなくて、もっともっと上に行ける。俺なんかより、きっとずっと……)
かつてコール村でゼノスが必死になっていたことを思い出した。あの頃は望みもなく誰からも見捨てられたと思い込んでいたから、何故ゼノスが自分を取り立てようとするのかわからなかった。
(でも今ならわかる……俺はこいつをもっと強くしたいし、そして強くなったこいつと手合わせがしたい。何で俺は、あの頃素直になれなかったのかな……)
ゼノスに対して今更申し訳ない気持ちが募った。今度会うことがあったら、全力で手合わせをしなければならない。今はその気持ちを、目の前のセラスにぶつけることにした。




