ふわふわした話
リンク:休暇編第3話「セラス・アルゲイオ」
十人抜きを達成した後登場したセラスを倒した後、ティロはだんだんセラスを倒したことが後ろめたくなってきた。まだ起き上がらないセラスに、おそるおそるティロは話しかける。
「悪い、ちょっと本気出したから手加減出来てないんだが……大丈夫か?」
(どうしよう、女と試合なんかしたことないから普通に野郎と相手する感じで一発食らわせちゃったけど、大丈夫かな。骨とか折れてないかな。俺なんかまずいことしてないよな?)
「いや、私の方こそ……その、舐めていた。すまなかった」
何とかセラスが起き上がったのを見て、ティロはほっとした。
「いや、こちらこそ悪かったな。最初から全力で行くべきだった」
ティロはセラスの手をとり、立ち上がるのを手伝った。激しい試合と昨日からの緊張の連続で気力を随分と消耗したが、ここで倒れるわけにはいかなかった。ティロはまだ呆然としている反リィアの精鋭たちに向き直った。
「安心しろ、リィアの上級騎士でもあんたら十分通用するぜ。俺が特殊なだけだ……」
それは偽らざる本心だった。試合をした剣士たちの全体的な力量はとても高いとティロは感じていた。
(オルドの名門騎士一家の出身が締めてるんだ、このくらいの手応えがなくちゃ困る。こいつらと公開稽古できたら、それは楽しいだろうな)
「あとついでに言っておくと、これは試合用だからな。真面目に何かするって言うなら、もう少し頑張れるぞ」
そして少しだけ虚勢を張っておいた。それからレリミアの様子が気になったので、まだ呆然としている精鋭を置いて修練場の外へ出た。真っ直ぐ隠しておいたレリミアの元へ行くと、まだ昏睡状態にあるようだった。
「まったく、アイツとんでもない奴を寄越したな……」
いつの間にか背後にやってきたシェールが声をかけてきた。明らかに厄介者を抱え込んだという態度を隠さないシェールに、ティロは軽く処遇について尋ねた。
「それで、どうする?」
「もし断ると言ったら、どうする?」
質問に質問で返されたことに少々気を悪くしたが、ティロは現実的に先のことを考える。
「俺は確かにろくでもない奴だが、腐ってもリィア軍の上級騎士だ。何とか本国に戻ってお前らのことを報告だって出来るんだぞ」
「それなら、せっかく連れてきたその女はどうするんだ?」
「そうだな……仕方ないから、ここで殺すかな?」
ここでレリミアを殺してしまうと、ティロの描いていた復讐計画が全て台無しになってしまう。
(ここまで来たら後は野となれ山となれ、流れに身を任せるしかない)
シェールはティロを受け入れた場合とそうでない場合の算段をしているようだった。この場で一番避けたいことは、目の前で謎の少女が殺害されることだとシェールは結論づけた。そして低く舌打ちしてから、頭を抱えてこう述べた。
「……わかった、着いてこい。その代わり、これ以上変な真似するんじゃないぞ」
(やった! これで計画は順調に進んでるぞ!)
ティロは内心で両腕を挙げて喜んだが、なるべく余裕があるように振る舞った。それからレリミアを再度箱に入れて、シェールの後ろに従った。争いとは無縁ののどかな農耕地の真ん中を、ティロはレリミア入りの箱を引きながら歩いた。
「それで、ここはどういう組織なんだ?」
(ライラから聞いた話だけだとさっぱりわからなかったが、一応真面目に反リィアをしているんだろうっていうのはわかった。でも、何故?)
世間話のようなティロの質問に、シェールは面倒くさそうに答えた。
「主に元オルドの上級騎士、またはそれに相当する剣技の腕を持った者たちの組織だ。他にクライオにいる反リィア集団にも声をかけてある。元オルドが約30、クライオが40くらい。大体半々と言ったところだ」
(なるほど。元々がオルドの上級騎士だったら練度が高いのも納得だし、クライオの反リィアっていうのも余所から逃げてきてひっそり息をしている感じなんだろう)
この組織の背景みたいなものは何となくわかったが、ティロは根本的なことが気になっていた。
「そもそも、どうしてオルドの残党兵がクライオにいるんだ?」
「さあ……どうしてだろうな。俺にもよくわからない」
一番気になっていた質問をはぐらかされて、ティロは大きく肩透かしを食らった。
「わからないって……お前が中心の組織なんじゃないのか?」
亡命してきたばかりだったが、ティロはシェールに対して信用ならないという評価をくだした。
「一応そういうことになっているが……成り行きというか、なんというか」
「成り行きで反乱軍ってのは成り立ってるのか?」
ティロはライラから他の組織については様々なことを聞いていたが、何故かこのクライオの組織についてはふんわりとした情報しかないことが不思議で仕方がなかった。
(しかしそんなに難しいことあるか? オルドを滅ぼしたリィアを倒そうっていうのにそんなに複雑な事情って必要かな……?)
「いろいろあるんだ。その辺は長くなるから後でじっくり教えてやる、機会があればな」
シェールの言葉にはかなりの含みがあった。それは複雑な背景がある以上に「これ以上踏み込んでくるな」と告げていた。その警告の仕方には、大いに身に覚えがあった。
「何だか腑に落ちないけど、人のこと言えた義理じゃないな……」
他人にあれこれ詮索されることが不快であることは承知していた。棘のあるシェールの言葉で、ティロはそれ以上の追求をやめることにした。
(でもさあ、個人の話ならともかくこんな立派な反リィア組織の成り立ちまで説明したくないっておかしくないか? しかもオルドの上級騎士だのアルゲイオ家とやらが中心だろ? 身元だってしっかりした連中のほうがほとんどなんじゃないのか?)
一体この男は何を隠しているのだろう、とティロは気になった。そしてその疑問は全て自分に跳ね返ってくることになり、気まずさが増すばかりなので考えることを止めた。
やがてシェールは農場の真ん中にある屋敷へ入っていった。玄関の前では温和そうな中年の女性が花の種を並べているところだった。
(へぇ……いいところに住んでるじゃないか。いかにも田舎の丁寧でおしゃれな屋敷って感じで、俺には縁のないところだなあ)
「お帰り、お客さんは来たのかい?」
「はい、こちらに」
その女性の家庭的な立ち振る舞いを見て、ティロは胸の奥を掴まれるような、今までに無い異様な郷愁に駆られた。
「この家の主人のアルデア・アイルーロスよ。困ったことがあったら何でも言って頂戴」
(なんていうか……普通の家にで歓迎されうのって、すごく久しぶりかもしれない。優しい女の人がいて、俺の帰りを待っていて……)
「あ、あの……ティロ・キアンです。お世話に、なります……」
何とか平静を装おうとしたが、胸の中からこみ上げてくる何かを押しとどめ切れそうになかった。何故初対面の女性相手にこれほどまでに動揺しているのか、自分ではわかっているつもりだった。しかし誰に説明してもわかってもらえるものではないという寂しい気持ちも同時にやってきた。
「せっかくだからお茶の準備でもしましょうか、好みはあるかしら?」
「あの、そういうの、大丈夫なんで……」
そっとシェールを見ると、不審の目で見ていた。互いに不審に思っている、ということでティロは勝手に引き分けということにしておいた。




