実戦形式
リンク:休暇編第3話「十人抜き」
反リィア組織で十人抜きの試合をしている中で、ティロは同時に三人を相手にすると豪語した。セイフ以外の残った精鋭が三人進み出て、実戦形式で試合が始まろうとしていた。
(来るならいつでも来い。俺にはまだ余裕があるぜ)
ティロはふと、ゼノスにコール村で言われたことを思いだしていた。
『お前に今必要なのは筋力と持久力、そして経験だ』
(確かに俺は上級騎士に引き上げてもらって、剣技に関してはとんでもなくいい経験をさせてもらった。その中で少しだけ持久力も鍛えてもらった気もするし、利き手が使える今となっては筋力の問題も解決している。それに……)
休みなく六人と試合をしてきたがティロの集中力は途切れることなく、逆に研ぎ澄まされていくように感じられた。コール村での苦い失態を思い出して、ティロは自分の立ち位置が大きく変わったことを改めて認識した。
(やっぱり俺は剣が好きだ。この状況が楽しくて楽しくて仕方がない。今の俺なら何だってできる。どんな無謀なことだって、きっと成し遂げられるに違いない)
ティロの前に立っている三人が同時に踏み込んだ気がした。
(同時に来るのか、いや違う。少しずつ踏み込む機会をずらしてこちらの動きを封じようとしている。ちゃんと連携できてるじゃねえか)
ティロは瞬時に剣士たちについて分析を行う。
(おそらく、正面は陽動だ。馬鹿正直に正面を切り崩しに行くとやられる。右と左なら……多分右から来る奴の方が踏み込み方で見れば練度は上だ。練度の違いは剣の速さに影響を与える。つまり、攻撃するなら右、左、そして陽動がバレてビビった真ん中が最後だ)
ティロの想像通り、最初にティロに届いたのは右から来た剣士の剣だった。その剣を受けている間に左の剣士が後ろに回り込んだ。
(お、いい連携だ。こうすれば俺に逃げ場はないって思ったんだな……だけど)
連携が決まったことで一瞬油断した右の剣士の剣をティロは弾いた。それからおそらく後ろから繰り出される左から来る剣士の剣を即座に受け止めた。
「なっ……」
連携を破られて、右の剣士が小さく呻くのが聞こえた。まさか後ろからの剣撃を受け止められるとは思っていなかった左の剣士はそのままティロの一撃に前に破れた。
(しかし、思ったより右の奴は練度が高い。こいつを先に倒すのは少々骨が折れるな。先に真ん中を叩いておいた方が楽に倒せそうだ)
そしてティロの想像通り、真ん中の剣士はかなり動揺していた。右の剣士を叩くと見せかけて、ティロは一気に真ん中の剣士に模擬刀を向けた。防御の暇もなく、真ん中の剣士はティロに破れた。
(一番練度の低い奴が陽動、というのはありきたりだ。俺ならこいつのところに一番の手練れを置くぜ)
そのままティロは改めて右の剣士と向き合った。先ほどまで彼から感じられた余裕は微塵も残っていなかった。
「来るか?」
先に二人を瞬く間に打ちのめされて、すっかり意気消沈した右の剣士はそれでも剣を構えたままだった。
「来ないならこっちから行くぜ」
そこから先はあっという間だった。同時に三人の剣士を倒したことで、無事に九人目までティロは撃破することができた。
「さて、残りはあんた一人か……どうする? 降参するか?」
「そんなわけないだろ!」
一人残されたセイフが進み出て模擬刀を構える。倒された精鋭たちが祈るようにセイフを見つめていた。
「アルゲイオ家の代表として、お前みたいな不審者に負けるわけにはいかない!」
「不審者だって剣くらい持ってもいいだろう!」
「よくない!」
セイフは挑発に乗っているようで、その剣の構えは冷静さを保っていた。
(さすが、ここを取り仕切るだけの実力はあるみたいだ)
先に斬り込んできたのはセイフだった。ここまで連戦を続けてきたティロの体力を考慮して、一気に倒そうという算段のようだった。
「それで、どうする?」
「どうするって……お前を倒すだけだ!」
(悪いな、俺は一昨日の夜にしっかり寝たんだ。体力だってばっちりときたもんだ)
「やれるものならやってみろよ」
ティロはセイフの剣をしばらく受けた。セイフの手本のような完璧な攻撃をティロは受け、そこから次の一手に備えて流れるように防御に意向するセイフの剣筋に感動した。
(騎士一家出身は伊達じゃないな。エディアでいうところの御三家みたいなところで生まれた頃からずっと剣を持ってる奴の面構えだ。懐かしいな)
ふと公開稽古を思い出し、エディアの型を試してみたいと思った。
(……いや、それはやめておこう。俺の素性はまだ誰にもバレちゃいけないんだ。反リィア組織にエディア王家の生き残りが転がり込んだなんて、変に担がれても困るしな)
とめどなくあふれ出そうな郷愁を押さえて、ティロは一気に勝負をつけることにした。
(確かにお前の剣は立派だ。だけど、立派なだけが剣じゃない)
ティロはセイフの攻撃の合間に、思い切りセイフの懐に潜り込んだ。怯んだセイフの動きが一瞬止まるのを、ティロは見逃さなかった。
(やっぱり不意の動きにはまだ弱いと見た。リィアの上級騎士と一緒だ、試合に強くて実戦に弱い。大事だぜ、経験)
セイフは慌てて防御に入ろうとしたが、ティロの剣がセイフの身体を捕らえる方が早かった。
「……さて、これで十人。どうする?」
崩れ落ちたセイフを前に、ティロは模擬刀を手にしてにやりと笑った。
「畜生、やっぱりあいつか……」
ティロに完全敗北したはずの精鋭たちは顔を見合わせて何事か呟いていた。
(俺に負けたっていうのに、まだ余裕があるな。まだ強い奴がいるってのか?)
すっかり調子に乗っているティロは更に強い敵と戦いたくて仕方がなくなっていた。
「なんだ、まだ強い奴いるのか?」
「強いことは強いが、多少規格外だ」
セイフが悔しそうな顔で呟いた。
(つまり、このオルドの騎士一家の坊ちゃんよりも強い奴がいるってことか。しかもこの場に呼ばなかった……一体何故だ?)
「そいつは面白い、呼んで来いよ」
「もう来ているぞ」
後ろからかけられた声にティロが振り向くと、そこには銀髪の若い女性が立っていた。
「え、女じゃないか。こいつが規格外なのか?」
「こいつとは失礼だな。貴様がリィアの上級騎士か」
(は? 女が模擬刀持ってるだって? しかも規格外?)
「あぁ、今のところはな。何だか知らねえが、遊んでやるぜ」
「舐めた真似を……六年前の仕打ち、忘れたとは言わせないぞ。同胞の仇だ」
女性剣士は構えるや否や、ティロの懐に飛び込んできた。嫌な予感がしたティロは咄嗟に防御の姿勢に入る。
「何だよ、そんなこと……!」
それまでのティロの余裕が全て吹き飛んだ。女性剣士が放った初撃は、先ほどまで自分が得意げに使っていた必殺の初撃だった。
「待て、今のは何だ?」
「遊んでやるのではなかったか?」
女性剣士の攻撃には全く隙がなかった。ここに来て敗北するのではないかという恐れがティロの身体を駆け巡った。
「さすがアルゲイオ家の隠し玉だ、思いっきり遊んでやれ、セラス」
気を取り直したセイフが呟いた。最後の精鋭であるセイフの妹にしてアルゲイオ兄妹の末子、セラス・アルゲイオがティロの前に立ち塞がった。
ようやくオルド勢が一気に登場しました。シェールにアルゲイオ兄妹はこれから先もお世話になります。どうぞティロをよろしくお願いします。
次話、セラス戦からのクライオでの初めての夜、そしてセラスとのわちゃわちゃです。事件編も合わせて読んで頂くとかなり印象が変わると思います。
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