不審者
リンク:休暇編第2話「オルド残党軍」
無事に国境を越えてクライオの領地に入り、ティロは案内人と別れて例の反リィア組織の者と落ち合うことになっていた。誰も通らない街道の端でレリミアを拘束した箱に腰をかけて待っていると、やがて帯刀した銀髪の青年がやってきた。
(おいおい、警棒でも模擬刀でもなくてこいつ真剣持ってるじゃないか。いくら田舎だからって、やっていいことと悪いことがあるだろう!?)
一瞬ドキリとしたが、やってきた青年の雰囲気を見てティロは認識を改めた。
(いや、こいつはそれだけのものを背負ってるってことを言いたいんだな。使いと聞いていたからもっと腑抜けた奴が来るのかと思ったら……俺の方が侮っていたようだな。こいつは本気だ)
おそらく、少しでも怪しい真似をすれば斬りかかってくるだろうとティロは構えた。
(何かあったときに今の状態で真剣持った奴に勝てるかな……って、こいつは味方のはずだ、今は一応な)
気を取り直して、ティロは殺気を抑えた。青年はティロの前に来て、声をかけてきた。
「火を貸してもらえるか?」
それはライラから聞いていた合い言葉だった。即座にティロは立ち上がり、合い言葉の続きを唱える。
「あいにく着火器がないもんで、余所に行ってもらえるか?」
すると青年は警戒を続けながらも、ティロに手を差し出した。
「よく来たな。俺はセイフ・アルゲイオ。一応ここの剣士たちのまとめ役になっている」
反リィアの青年剣士――セイフの手をティロは握った。セイフの年齢は見る限りティロよりも少し若いようだった。そんな彼のまとめ役、という言葉にティロは引っかかるものを感じた。
「へえ、その割には随分若く見えるが?」
「ここの連中は基本的に若い。それに、オルドではアルゲイオ家といえば名門中の名門だ、見た目で判断されても困る」
ティロの挑発のような台詞に対して、セイフは物ともしなかった。
(なるほど、オルドの偉い騎士一家の出身ってところか。そうなるとエディアの公開稽古みたいなすごいところで育ってきているんだろうな。そりゃこれだけ肝も据わってるってもんだ)
勝手にセイフを値踏みしながら、ティロはこれから世話になる反リィア組織の認識を改めた。
(そんだけの手練れがここまで逃げてきたってことは、例の何か怪しい首領って奴も守られる価値がある奴ってことでいいんだろうな。それなら亡命してきて失敗じゃなかったってことだよな)
このまま反リィア軍に身を寄せれば今までと違って思い切り剣を振れるだろうという解放感で、ティロの期待は大いに高まっていた。
「さて、ここからは俺が案内することになるんだが……なんだその大荷物は。それに女が同行していると聞いていたが」
楽しい手合わせの前に拘束したレリミアの始末があったことを思い出し、気楽に傾いたティロの精神がまた大きく揺らいだ。
(あれ……? 向こう側に俺は「人質にした娘を連れて行く」って伝わってるはずなんだけどな……?)
ティロとしては、ライラに「誘拐した娘を監禁できるよう頼んでくれ」と伝えてあった。もちろんそんな無茶が通るとも思っていなかったが、ライラは「向こうと話がついている」とだけ言っていた。それならこの状況でも問題ないと思ったのだが、セイフは最初から怪しんでいるようだった。
「その件ならさっきも聞かれたんだが、どうも食い違いがあったみたいだな。女をもう一人連れていくとは言っていないんだ」
(畜生、ライラの奴『大丈夫』って言ってたじゃないか。これじゃ俺がただの変な奴になっちまう……って、実際変な奴なのか)
誘拐と亡命の達成感で忘れかけていたが、今の状況だけなら人さらいとして斬り殺されても文句を言える立場ではなかった。
「そうか……? それなら、本当にあんたがそのリィアの上級騎士かって確認させてもらって構わないか?」
セイフは一段と警戒を強めたようだった。
「いいぜ。とりあえずリィアの認識票だ。上級騎士三等、ティロ・キアン。間違いないだろ?」
そう言ってティロは認識票を取り出した。今となっては役に立たないものであったが、本物の認識票を持っているということで「リィア軍から来た」ということは証明できそうだった。セイフは認識票を手に取り、偽造ではないことを認めたようだった。
(通行証なんかとは違うんだ。こいつの偽物を作るのは難しいぞ)
「あぁ……いろいろ気になる点しかないが、道中聞かせてもらおうか」
セイフは警戒しながら歩き始めた。何かおかしな様子を見せたら、すぐに斬りかかってくる用意が出来ていた。大人しくティロはレリミア入りの箱を引いて後をついていく。
「そうだな、その隠れ家ってのは近いのか?」
「それほど遠くは無いが、まずその荷物だ。中身は何だ?」
(どうせ向こうに着いたら開けてやらないといけないんだから、いいじゃないか!)
「これか? 出来ればそこに着いてから開けたいと思ってる。起きちまうからな」
セイフが何か言いたげな顔をしたのが見えたが、ティロは気にしないことにした。
「……まあいい。そもそも、何故上級騎士で亡命など企てたんだ? 家に不満でもあるのか?」
「家……?」
(そうか。こいつはオルドの騎士一家出身だから国さえあれば上級騎士になれる立場だったんだろうな。革命思想にかぶれたお坊ちゃんの家出、くらいに思われてるのか)
「あぁ、上級騎士なんてリィアだと特にほぼ上流階級だからな……俺に家はない。ガキの頃リィア軍に拾われた身だ」
「そんな奴がリィアを裏切るのか?」
(確かに、ここだけ聞くと不自然だな。なんて俺は不自然な奴なんだろう)
「その辺は……ちょっと込み入った事情があるんだが、かなり個人的な事情だから説明は省かせてもらいたい」
ティロは今までのことを正直に答える義理もないので簡潔に説明を断った。それに、自分でも自分に起こった数々の出来事をどうまとめてよいのかわからなかった。
「それじゃあ別の質問だ。あのライラとどう知り合ったんだ? そして彼女は今どこにいる?」
(また答えづらい質問を……)
ライラからの紹介である以上、彼女との関係を尋ねられるのは明確だった。しかし、ティロはライラとの関係を自分でも把握しきれていなかったことに思い当たった。
(俺とあいつ……一体何なんだろうな)
不審な目を向けているセイフ以上に、ティロは自分自身のことがよくわからなくなっていた。




