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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡命編 第2話 国境越え
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クライオ側

リンク:休暇編第2話「国境越え」

 クライオへ亡命するティロを乗せた荷馬車は、リィアとクライオの国境の関所へやってきた。


(どうか知ってる顔ではありませんように)


 ティロは心の中で最悪のケースを思い描く。「こいつ、キアン姓の予備隊野郎じゃないか?」「一体ここで何してるんだ?」「通行証とお前の名前、違うぞ」「怪しいな、こっちで話を聞かせてもらおうか」など嫌な台詞ばかりが頭の中を駆け巡っていた。


(最悪気がつかれたらどうしようかな……全員殺せるかな。ここの関所の人数はリィアとクライオ側の人員を入れたら全部で十四、五人くらいか。最悪案内のオッサンにも眠っててもらって、この荷馬車を奪取してクライオに逃げ込む、とか?)


 荷馬車用の馬が全速力で走るとどのくらいの速度が出るか、などティロが余計なことを考えているうちに案内人が通行証を関所に提出していた。ちらりと見た関所の警備員は、ティロの全く知らない顔だった。


(よかった、運は俺に味方したぞ)


 知らない人間のことを疑う者はいなかった。この後関所では輸出入品として品物の確認が行われる。ティロはレリミアのことが少々気がかりだったが、積み荷の検査は豚のみで終わった。案内人がにっこり笑って荷馬車に戻ってきたので、ティロは大いに安堵した。


「あとはクライオ側の手続きだ、まだ油断するな」


 そう言って案内人は荷馬車をクライオ側の関所へ運んだ。その後同じようなやりとりが案内人と警備員の間で行われ、荷馬車は関所の町の中を進んでいった。人通りのある場所ではまだ喜べないと、ティロは自然と息を潜めた。


(ここがクライオの町か。赤茶色の隊服、久しぶりに見たな)


 ふと街中を行き交う一般兵の隊服を見て、ティロは一瞬強い望郷の念に駆られた。一般兵の隊服の色は華美に見えないような色合いになっていて、クライオとエディアでは赤茶色、オルドとビスキでは深緑色、そしてリィアでは青鼠色だった。


(上級騎士の隊服の色は、また違うんだよな。クライオは確か臙脂えんじに紫の線が入ってるんだよな。エディアとは別に落ち着いていてかっこいいよな)


 一般兵の隊服とは反対に、首都防衛を司る上級騎士の隊服は主に鮮やかな色が採用されていた。古くからあるクライオやオルドと違う新興国だったビスキ、リィア、エディアの上級騎士の隊服はそれぞれとても鮮やかな色合いであった。


(でも、ビスキもエディアも今ではなし、オルドもどこへやらと来たものだ。リィアの上級騎士の隊服も確かにいいけど、俺が着たい服じゃなかったんだよな……)


 ティロが各国の隊服について思いを馳せている間に荷馬車は町の中を通り抜け、静かな街道へと入った。天気も風景も特に変わらず、国境を越えただけであったがティロの目にはクライオの景色がやけに輝いて見えた。


「……よかったな。亡命おめでとう」


 関所から大分離れたところで、ようやく案内人がティロの肩を叩いた。


(これで、俺はリィアから出ることが出来たのか?)


 空が眩しかった。誰も自分のことを縛らない場所へ来たという実感が今ひとつなかった。それでも、空気が少し暖かくなったような気がした。


「ああ、案外あっけないものだな」


 今の気持ちをとても言葉にできそうにないティロは、思った以上に拍子抜けをした返答をしてしまった。


「ここの関所は穴場だからな。運がいいと俺の顔を見ただけで通してくれる奴もいる」


 案内人が笑いながら軽口を叩き、その話にティロは少し不安を覚えた。


「それはそれでリィア軍にいた身としては心配になりますね……」

「なに、今から立派な亡命者だ。そんなことは気にするな」


 それからしばらく馬車は静かに街道を走り続けた。初夏の風が暖かく荷馬車の上を駆け抜けていく。


(やったぞ……俺はとうとうやったんだ……)


 御者席で、ティロは叫びだしたい衝動に駆られた。


 ようやく、自由になれた。


 その思いが染み渡り、急に身体が軽くなった気がした。


(やったぞ! 俺は、どうにかあの穴から抜け出せたんだ!)


 それまでのリィアの道と特に変わらない田舎道であったが、ティロには広々とした雄大な景色に見えた。


(もう誰にも縛られない。俺は俺のやりたいことをやるぞ!)


 ティロがひとりこれからの展望に希望を持っていると、案内人が話しかけてきた。


「そういえばアンタ、ライラちゃんの紹介なんだろ?」


 急にライラの名前を出されて、ティロの高揚した気持ちは一気に「どう誤魔化すか」の焦りに転じた。


「……ああ、そうだ」


(うう、もちろんこの人もあのライラのことを知ってるわけだよな。一体全体あいつは何者なんだ?)


 ティロは背中に冷や汗がびっしり張り付くのを感じた。「どうやら自分がそそのかしたせいでライラが反乱を主導し始めた」などと本当のことを言えるわけがなかった。


「あの子も偉いよなぁ、真面目に各地の反乱軍繋いで協力してリィア討伐しようだなんて。よっぽど何か事情があるんだろうな」


 その「よっぽど何か事情」の当人は、このやりとりを必死でやり過ごすことにした。


「きっと彼女なりの事情があるんでしょうね。クライオでオルドの残党の元へ行けというのも彼女からの指示です」


(知らん、俺はあんな奴のことなんか知らないぞ!! ……多分)


「しかし反乱軍に参加するだけなら首都近辺にも反リィア勢力がいくつかあるし、それこそ他領へ行けば国境超えの亡命より楽じゃないのか?」


 案内人の冷静な意見に、ティロはいよいよ何も言えなくなった。


「その辺は……彼女の一存ということじゃないですかね。他領よりここの国境のほうが首都に近いですから」


(あー! あいつの話は終わり! 何とか違う話! 違う話!)


「ところで、オルド国の残党兵ってのはどのくらいいるんですか?」


 この話題の切り替えはうまくいったはずだとティロは内心で額の汗を拭いた。すると案内人は「待ってました」とばかりに何故か嬉しそうな顔をした。

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