土の下
急に強い衝撃を受けて我に返った。投げ落とされたような、そんな痛みが全身を駆け抜けた。今までの出来事は全て夢なのではと思ったが、身体の痛みと纏わり付く土が現実であることを物語っていた。
(何……何だ……?)
今まで何が起こっていたのかもよくわからなかった。ただ酷く全身が痛んで、どうしようもなく嫌なことが起こっていたことしかわからなかった。
(そうだ、あいつらに蹴られて、それで、それで……)
先ほどの出来事を思い出すこともおぞましかった。
(そうだ、姉さんは!?)
自分の身体の下に誰かがいることがわかった。おそらく姉だと思い、何とか身体を起こそうとしたが左腕が全く動かないため、身動きがうまくとれなかった。何とか横向きに身体を起こすだけで精一杯だった。
(姉さん、姉さんは大丈夫!?)
そのとき、上から土の塊が降ってきた。ぎょっとして上を見上げると、先ほどザムと呼ばれた男と目があった。そして自分の今の状況をやっと理解することが出来た。
(埋められてる)
先ほど投げ出されたのは埋めるための穴に落とされたためだった。そして、自分の下にいる姉が今どのようになっているのかを知ることが急に怖くなった。
(お願い、埋めないで)
必死で穴の上を見上げた。自分がまだ生きていることを何とか伝えようとしたが、声は喉に張り付いたように一切出てこなかった。何とか穴の上の男を見上げて、気付いてもらおうとした。それでも土は無情に降ってきた。
(何で、どうして、わかってるだろ! これだけ動いていて、気付かないはずない!)
何とか穴の中で右手など動かせる部分を精一杯使って生きていることを伝え続けた。それでも穴を埋める作業を止めることができなかった。
(あいつ、僕を生き埋めにする気なんだ)
ついに死の恐怖が現実に迫ってきた。何とか身を起こして下にいる姉の顔を見ようとした。
(姉さん……姉さんは大丈夫……?)
なんとか姉の方に顔を向けることができた。姉の顔は相変わらず美しかった。しかし、その肌からぬくもりは失われ人形のように穴の中に横たわっていた。
(姉さん……何か言ってよ、姉さん……)
そうしている間にも穴にどんどん土は投げ入れられた。背中で土を受けながら、姉の顔を眺める。
(姉さん、姉さん、僕、死んじゃうのかな……)
右腕で何とか身体を支え、うつ伏せの状態で少しでも空気を穴の中に残そうとした。仰向けの姉にまたがる形になり、一層暗い気分になった。土はまだ降り注いでいた。
(姉さん、ごめんね。こんな出来の悪い弟で、ごめんね……)
土の重みで身体が沈む。姉と密着する形になった。もう姉の顔も自分の身体も何も見えなかった。暗い土の下で姉と2人、ごみのように捨てられて過ごすのだろうと思うとあまりにも惨めで仕方なかった。
(何で、どうして、どうしてこんなところで、埋められて死ななきゃいけないんだ)
どれだけの時間が経ったのかわからなかった。数分か、数十分か、それとも数秒かも知れなかった。それでも、何時間も経ったような長い長い時間であったような気がした。
(死んじゃう)
完全な死を目前にして、それしか考えることができなかった。
(死にたくない、死にたくない)
真っ暗闇の中で精一杯もがいた。動かない左腕以外を動かせるだけ動かした。うつ伏せの姿勢をとっていたので、起き上がろうとする力で土が少し盛り上がった。
(出なくちゃ、ここから出ないと、死んじゃう)
踏み固められていなかった土は簡単に動いた。右腕で必死に土をかき分けて頭を上へ上へと何とか出そうと試みた。
(苦しい、死んじゃう、早くしないと)
まともに息を吸えない状況で頭がぼんやりとしてきた。それでも何とか頭を出そうともがき続けた。そのうち右手の一部がひんやりとした外気に触れた。
(やった、地上だ!)
それから必死で頭を右手の先へと押し出した。右手で頭上の土を退けながら頭を押し出すと、急に頭が自由になった。頭が出れば、後は身体を引き出すだけだった。土を吐き出しながら新鮮な空気を肺に入れて、全力で身体を引き出した。左腕はもちろん、酷使した右腕も感覚がなくなっていた。何とか穴から這い出すと、もう一度全身で呼吸をした。何度吸っても空気が頭に回らない気がしていた。
(苦しい、どうして、穴の外にいるはずなのに)
息苦しさに涙が溢れた。もしかしたら、本当はまだ穴の中にいるのかもしれない。呼吸が整うのを待ったが、そんなものは永遠に訪れないような気がした。埋められていた場所をもう一度見た。穴の中には姉もいたが、とてもひとりでは掘り出せそうになかった。
(誰か、人、人のいるところに……姉さんも、助けてもらわないと……)
息苦しさの中、何とか立ち上がると左腕を抱えて元来た道を街道まで戻り始めた。
(大きな道に出れば、誰かいるはず……)
何度も繰り返し足を動かして、道がある方へ必死で身体を運んでいく。
(誰か……助けて……)
そこからの記憶は曖昧だった。誰かに声をかけられたような気もするし、抱きかかえられたような気もする。しかし全てが夢の中のようで、実は穴の中にまだいるのではないかという気もした。
事件編の有明編において「どうしても話せない」という供述がありました。この件に関してはこの場面においても、彼の口からは絶対語られることはありません。その理由も含めて、これが一連の復讐劇の発端になるわけです。
そして、これにて「ジェイド・カラン・エディア」は殺害されました。では土の中から出てきたのは一体誰だったのか、というのがこの作品全体の話になってきます。
次話、一人だけ生き延びた彼の心境と事件編では一切語られなかったもうひとつの大前提。そして例の指輪の真相についてです。
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