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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡命編 第2話 国境越え
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荷物

リンク:休暇編第2話「国境越え」

 国境を越える朝が来た。鶏の鳴き声とはこれほど美しいものだったのかと、夕べから一睡もしていないティロは朝日を見て感動していた。


「ようし、なかなかの出来だ。これで後は国境を越えるだけだ」


 ティロは寝ないで作ったレリミア運搬用の箱を見て自画自賛した。箱の底に木材を削って作った即席の車輪を取り付け、人ひとり入っていても運搬しやすくしてあった。


 ついでに納屋で見つけた犬用の首輪と鎖、それから扉に取り付ける用の南京錠も拝借した。それも箱の中に入れて、後はレリミアを箱に詰めるだけだった。案内人が馬車の準備を始める前に、ティロはレリミアの元へ向かった。


 朝日が差し込んで、家畜小屋は明るくなっていた。一晩中拘束されて立ち続けていたために、レリミアはすっかり憔悴しきっているように見えた。そして箱を持ったティロの姿を見ると、一段と怯えたように身体を震わせた。


(へっ、見た目はまだ余裕があるな。それなら国境を越えるまでは何とかなるだろう)


 ティロはまずレリミアの拘束を解いた。ずっと柱に縛り付けられていたせいか、レリミアは倒れ込むようにその場にしゃがみ込んだ。何か文句のひとつも言われるかと思ったが、すっかり恐怖に支配されたレリミアは何も言わなかった。


「やっと立場がわかったようだな……ほら、動くなよ」


 ティロはレリミアの頭に厳重に布を巻き付けた。それから縄を外して、手足を幅の広い布で縛った。こうすると動きは制限されるが、縄よりも戒めの痛さはかなり軽減される。これからの移動は長丁場であるため、体力の維持が不可欠だった。拘束のあとに持ち上げて箱に入れると、ぐったりとした声でレリミアが呟いた。


「ねえ、お願い……私をどうするか教えて……」 

「うるせえ、まだごちゃごちゃ生意気言うのか?」


 これからどうするのか、まだレリミアに教えるわけにはいかなかった。少し威嚇するような声を出しただけで、レリミアは黙り込んだ。


(さて、クライオの国境を越えるのが昼前、そこから歩いて昼過ぎには向こうに着くはずだから……)


 ティロは頭の中であれこれ計算した。箱の中でレリミアが何時間ほど大人しくできるか、判断が難しかった。まだ彼女の心を折るわけにはいかない。


(なるほど、荷物にするのにも計算が必要なわけだ)


 夕べたくさん脅したので、レリミアが抵抗することはないとティロは考えた。それとは別に、狭い箱の中で何時間も拘束されるのはかなりの恐怖を伴うことをティロはよく知っていた。


(多分こいつは立ったまま眠ってないだろう……それを考えると、少し薬をやればすぐに寝るだろう。ぐーすか寝ている間に国境越えて、あとはまあ、そのときだ。それと、どうせ泣きまくったんだろうから水分補給は必要だな)


 ティロは睡眠薬と、痛み止め用に持ち歩いている水筒を取り出した。


「いいか、とりあえず水は飲んでおけ。あとは……特別にくれてやる」


 レリミアの口に水と睡眠薬を放り込み、飲み込んだところで口にも丸めた布を詰め、その上から更に布を巻いた。箱の中で身じろぎするレリミアをしばらく見てから、ティロは箱の蓋を閉じた。


(よし、これで荷物問題はとりあえず解決、と)


 おそらく昨夜はよく眠れていないので、薬の効果もあれば夕方くらいまで箱の中で眠っているだろうとティロは考えた。


「さて、行くか」


 ティロは箱を押して家畜小屋から出ると、案内人を探した。


「おはようございます」

「おお、早いな。夕べは眠れたか?」

「いえ、気分が高まってあまり」

「そうか。眠くなったら馬車で寝てもいいからな」


 それから案内人は手際よく豚を荷馬車に積み始めた。隙を見て、ティロはレリミアを隠した箱を荷台へと積んだ。箱は餌を入れておく箱と同じくらいの大きさで、ほどよく荷台に馴染んでいた。


(よし、後はクライオに向かうだけだ)


 心の中でティロはひとり喜んだ。


「お手伝いしましょうか?」

「おお、すまないね」


 不自然に思われないよう案内人に声を掛け、ティロは豚の積み込みを手伝った。豚の扱いは予備隊で少し習っていた。家畜なら、馬を除けば豚よりもコール村で牛や山羊に囲まれていたのでそちらのほうが馴染みがあった。


「あんた、本当に上級騎士かい?」

「一応、そのはずです!」


(確かに、真面目に剣技やって執行部を経由していたら豚の世話なんかいつやってたんだって話だよな!)


 豚を積みながら、ティロはさり気なくレリミアの箱を荷台の奥へと押し込んだ。そして家畜も扱える上級騎士、という肩書きが滑稽で仕方がなかった。


***


 荷積みが終わり、ティロは案内人に頼み込んで広めの御者席の隣に乗せてもらうことになった。自分で手綱を持っていないと少々落ち着かないが、豚と一緒に幌の降りた荷台に乗るのは絶対嫌だった。


「よっぽど暗くて狭いのが嫌なんだねえ」


 案内人は呆れ半分だが、了承してくれた。


「それじゃあ、用意が出来ているなら行こうか」

「ああ、いつでも準備が出来てるよ」


 そう言って、ティロは案内人と一緒に少々狭い御者席にいそいそと乗り込んだ。


(これでやっと、クライオに行ける!)


 朝の空気の中、荷馬車はクライオとの関所へ向けて出発した。


(さて、後は関所を抜けるだけか。関所か、懐かしいな)


 ティロは荷馬車の上で、コール村での関所の業務を思い出していた。コール村ではほぼ顔見知りが通るだけであり、通行証の提示だけで関所を通していた。


(コール村は辺鄙なところだから出国と入国も一応やってたんだよな。でも村に用事でもなければ、あの道を通って隣国に行くって発想はまずないから楽といえば楽だったけど……待てよ)


 荷馬車の上で、ティロはあることに気がついた。


(これから先の関所での出国手続きは、リィア軍の管轄だ。ってことは、最悪な話俺の顔を知ってる奴が関所にいるかもしれないってことか?)


 運のなさなら自信があった。そうそう起こる話でもないと思ったが、少しでも不安要素があるなら対策を考えるに越したことはない。


(焦るな落ち着け。剣を極める者、今ある力を全て把握せよだ。もし俺の顔を知ってる奴がいた場合、俺にできることは何だ……?)


 荷馬車に揺られながら、ティロは必死で考えた。前途は思ったよりそれほど明るくないようだった。

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