自分会議(死神)
リンク:休暇編第2話「人殺しの専門家」
家畜小屋に拘束したレリミアの様子を見に来たティロは、縛り上げたレリミアを見て満足していた。
「もう嫌……嫌よこんなの」
「俺は今すごく楽しいけどな」
愉快な気分を正直に告げると、レリミアが泣きじゃくりながら問いただしてきた。
「何なの本当に、私が何かしたの?」
「別に何も」
(何もしてないからこそ、俺はお前が憎らしいんだけどな)
「じゃあ、もうどうしてこんなことするの?」
「その質問に今は答えないって言ってるだろ。あと半分は、単に俺が楽しいからだ」
「楽しいの? 私を痛めつけて?」
「うん、すっごく」
レリミアの真っ青な顔を見て、ティロは満足そうに頷いた。
「私、あなたのこと誤解していたみたいね。この悪魔!」
レリミアの罵声に、ティロは先ほどの案内人の話を思い出した。
「そう来たか。今夜は悪魔だの死神だの、みんな好き勝手呼んでくれるなあ」
「……死神?」
自分の功績がオルド側には記録されていたことで、ティロは今までになく機嫌が良くなっていた。
「そうらしいよ。この前の戦争で斬れるだけ斬って捨てたからね。オルド側ではそう呼ばれていたみたいだ」
「一体、何人を?」
「さあてね……二十人あたりから数えてないからなあ。総勢数百人以上とか言われたけど、それは流石に大袈裟だと思うんだよな。せいぜい百人くらいじゃないか……どうした? 気分でも悪いか?」
ティロは単なる思い出話をしているつもりだったが、レリミアの顔が更にどんどん青くなっていくのがわかった。
「斬って捨てるって、殺すってことでしょ? どうしてそんな平然としていられるの?」
(平然と……か。そっか、俺平然としてるように見えるんだな)
今までは別に好きで散々人を殺してきたわけではないので、ティロにも思うところはたくさんあった。それを無垢に全否定されたような気がして、ティロは怒りを通り越して愉快になっていた。
「ふふふ……やっぱり相当バカなんだな。あのな、何のために俺が毎週あのバカ兄貴に会いに行ってたか知ってるか?」
「何って、剣の稽古でしょう?」
「ちゃんと考えろよ。剣って何するためにあるか知ってるか?」
「え……?」
(おいおい。上級騎士隊筆頭の娘がこんなんでいいのか? バカにも程があるだろ)
「考えなくてもわかるだろ。人殺しの道具だよ。そんなこともわかんねえのか。俺は、あのバカに、立派な人殺しになるように教えてたわけだ! わかったか?」
少なくとも、エディアにいた時には「守るために人を殺すこともある」と散々叩き込まれた記憶があった。当時それは遠い国の出来事のようで、剣を持つ者としてあるべき覚悟であることはティロにとっては自明であった。
「そんな……」
「大体剣士なんて敵を斬ってどうこう、だろ?そんなにおかしい話でもないだろ」
「じゃあ、父様も……?」
レリミアの父を疑わない姿勢が、ティロは面白くて仕方がなかった。
「あいつか? ……もちろん人殺しに決まってるじゃねえか。人殺して褒美もらって、それでお前ら飯食ってきたわけだ」
「でも、父様はすごく優しいよ。そんなこと、してきたわけ……ない……」
レリミアの呟きは次第に小さくなっていった。
「優しい? あれが? それは傑作だな……やっぱり面白ぇわ、お前」
「ねえ、どうしてさっきから父様や兄様をバカにするの……? あんなによくしていたのに」
(全く、お花畑にはもう付き合いきれないな)
「あれが本当に『よくしていた』と思うなら、お前もめでたくバカの仲間入りだな。上辺だけの好意しか見やしねえ、将来悪い男に引っかかるぞ……現に引っかかったか」
「ねえ、お願いだからこんなことはもう……ひっ」
いい加減レリミアの話にうんざりしたティロは、懐からナイフを取り出すと首筋に当てた。ここで彼女を殺すつもりは毛頭なかったが、頭の芯まで死の恐怖に痺れさせたいと思った。
「さっきからごちゃごちゃうるせえんだよ……お嬢様はこんな悪意なんかお目にかかったことないだろ?」
そのまま刃先で首筋をなぞると、レリミアの体が硬くなっていくのを感じる。自分の手の中に相手の命運が握られているという感覚が、ぞくぞくとした快感になって体中を駆け巡った。
「わかった、もう何も言わないから……お願い……」
「ようやく自分の立場がわかったか。こんなんでも、お嬢様なら十分だ」
涙を流すレリミアを見て満足したティロは、ナイフを柄に収めた。
「なに、言っただろ。殺しはしないって。それでもそれ以上無駄口を叩くようなら……」
ティロはしゃくりあげるレリミアの顔を掴んで、その顔をよく覗き込んだ。今すぐにでもこの顔を更に恐怖で染め上げたいと思ったが、まだ「その時」ではないと自制する。
「死ぬより辛い目にあってもらうかもな。泣くんじゃねえよ。まだ『酷い目』っていうのは始まってもいないんだぜ?」
(この程度で絶望されてたまるか。この世の全ての不運を全部背負ってもらってから引導を渡してやる)
「痛いだろうが、今夜はよく休んでおけよ。明日からそりゃ楽しい楽しい旅行になるんだからな」
怯えるレリミアの顔をひとしきり見て満足したティロは、灯りを消すと家畜小屋を後にした。柱にきつく縛り付けられて一晩放置されるのは予備隊で頻繁に経験していたため、それほど辛いこととティロ自身は認識できなかった。
「よし、これで明日も順調に行けばいいな」
家畜小屋を出ると、星がきれいに瞬いていた。普段から眠れないが、今夜は特に興奮して眠れそうになかった。
「それにしても悪魔に死神か……みんな好き勝手呼んでくれるなあ」
ティロは家畜小屋から離れて人気の無い納屋の入り口に座り込んで、案内人の話を思い出していた。
(死神、だって)
(ちょっとかっこいいよな)
「やっぱりそう思うよな。人知れず多くのオルド兵を抹殺した謎の兵士……へへ、俺ちょっとかっこいいじゃん」
トリアス山での出来事はティロの中で「なかったこと」にされていた。深く考えても理不尽な記憶が呼び起こされるだけだったので、極力思い出さないよう努めていた。しかし、オルド側に自分の記録があるらしいという話を聞いてティロは俄然嬉しくなってしまった。
「やっぱり俺はもっと早く亡命するべきだったんだよ」
(でもやっぱり亡命って怖くない?)
「俺のことなんかコケにするリィアより、きっともっと俺のことを理解してくれるところに行くべきだったんだ。そうすればいろいろ丸く収まったんだ」
(例えば?)
(上級騎士なんかにならないで、ずっとコール村にいるとか)
「いや、雪かきはもうやりたくないけどさ」
自問自答して、自分で現状を肯定した。ただリィア軍内にいてはわからないことがたくさんあって、外に飛び出したことでわかったことがたくさんあった。やはり一歩を踏み出すことが大事だ、とティロは夜空を見上げながら考えた。
「そうだ、荷物の準備をしないと」
ティロは勝手に納屋に入り、家畜の餌が入っている木箱を持ってきた。蓋を閉じれば、レリミアを運ぶのにちょうどいい大きさだった。
「これに入れるといいとして……簡単に運べるよう工夫するか」
ティロは納屋から工具を探してきて、一晩かかってあり合わせの材料で木箱に車輪を取り付けた。コール村で屋根や台車を修繕したことが役立ったことに、ティロは不思議な運命を感じていた。
お待たせしました、「休暇編」の裏側の「亡命編」が始まります。ここからは是非事件編と対応させながら読んでもらいたいと思います。
次話は国境越えになります。事件編ではサラっと流されましたが、もちろん「サラっと」なんかでは済まないドキドキが詰まっていまっす。
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