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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
亡命編 第1話 身に覚えのない二つ名
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死神の噂

リンク:休暇編第2話「亡命前夜」

 レリミアを家畜小屋に拘束してから民家へ戻ると、案内人と思われる男にもてなされた。


「急なことですみません、お世話になります」


 室内に入って、ティロはようやくひと息ついた気分だった。自分でも無茶を言ったと思ったが、それでも急に亡命の手配をしてくれたクライオの組織には感謝していた。今まで自分なんかいなくなってもいいと思っていたが、それでも自分を受け入れてくれる場所があると思うだけで大分気が楽になった。


「しかし急に亡命とは穏やかでないな」

「まあいろいろあるんですよ、僕みたいな仕事をしていれば」


 ティロは案内人に促されて椅子に腰を下ろす。


「まさか、何かきな臭い話でもあるのか?」

「いえ……亡命自体は非常に個人的な理由なんですけど。ただ、現体制になってからは侵略路線は控えるようにとなりましたけどね。それで不満のたまった顧問部の突き上げがすごいっていう噂は聞いています」


 本当はリィアの情勢などには興味がなかったが、いかにも上級騎士らしく振る舞うためにそれらしい話をでっち上げた。


(まあ、ゼノス隊長のこともあったし何らかの不満めいた動きはあるんだろうな)


「オルドから6年……まだやるってのかい」

「やるならそろそろかもしれませんが、クライオ側もかなり警戒していると思いますからね。オルド以上に一筋縄ではいかないでしょう」


 実際のところ、「半島統一」などと本当にきな臭いことを唱えている連中もいるのは事実であった。ただ、ダイア・ラコス亡き後の現体制では革命思想の取り締まりも少し緩やかになっているという噂も聞いていた。それよりもダイア・ラコスの強行的な政治の反発としての「反リィア組織」の摘発に躍起になっている、という話だけが上級騎士のティロのところにまで届いていた。


「しかし、もう3つも国を落としているじゃないか」

「圧倒的に強いように見えますが、ビスキは内情の弱さにつけ込んで、エディアは戦争以前の侵略をした。この二つに関しては実際のところ、リィア軍はあまり動いていないんですよ」

「オルドではどうだったんだ?」


(……トリアス山のことはあんまり思い出したくないんだけどなあ)


「あれは……これも噂なんですけど、先の体制が長くないとかで強行したみたいですね。勝ち戦を届けるんだと兵隊の間でも合言葉になってました。2回の勝利に味をしめたせいか、勢いだけはあったんですよ」


 ティロは、当時一般兵の間で流れていた無責任な噂を引き合いに出した。


「あんたも従軍したのかい?」

「僕はトリアス山に送られまして……本当、よく生きて帰ってきましたよ」


 ティロの脳裏にトリアス山での日々が思い起こされる。木の上や茂みで孤独にオルド兵を殺し続けたのは間違いないことであった。もちろん気分のいい仕事ではなかったが、これを達成できれば少しでも認められるに違いないとあの時は必死になっていた。


「それは……ご苦労さまでした」


 案内人は深々とティロに頭を下げた。


(クライオの組織はオルドの残党って話だ。もしかしたら、この人も俺が殺したオルド兵の親戚だったりするかもしれないな)


 コール村で不安に思っていたことが再度現実に迫ってきて、ティロは生きた心地がしなかった。


「ところで、トリアス山といえばアレの話は知っているか?」

「アレ、ですか?」


 案内人は勿体ぶって話し始めた。


「リィアではどう呼ばれているか知らないけど、オルド側では『死神』が出たって言われてまして、何でも一人で総勢数百名を超える兵士を斬って捨てたリィア兵がいるってね。それで前線の兵隊が怯えて、オルド側がトリアス山を落とされる一因になったっていう話だ」


(……心当たりしかないな)


 ティロは急に胸を鷲掴みにされたような気分になった。


(待てよ、やっぱり俺は百人オルド兵を殺してるだろ!? それでトリアス山が落ちたって!? それじゃあどうして俺は左遷なんかさせられたんだよ!?)


 当時のシンダー連隊長と小隊長の叱責、そして帰国してから命令違反をしたとして虫けらのように扱われた理不尽さが瞬時に体中を駆け巡った。


(……よくわからないけど、今俺がしなくちゃいけないのはザミテスを殺すことだ。トリアス山のことについては、クラドを締め上げる時辺りにもう一度聞いてみよう)


 少し浅くなった呼吸を整え、ティロは知らぬ存ぜずの態度をとることにした。


「……多分僕のいた部隊と違うところの話だろう。それはさぞ名のある剣士なんだろうな。一度手合わせ願いたいね」

「それが不思議なことに、誰もそいつの名前を知らないんですよ。リィア側で何か知ってる人がいれば、と思ったんだけど、そうか、あんたも知らないか」


(まあ、俺なんだけどさ)


「流石に数百人も斬って捨てたとなれば、国の英雄になってるはずですからね。まるで剣豪小説の主人公か何かみたいじゃないですか」

「荒唐無稽だと思うかい? しかし、オルド側ではしっかり見たという話がたくさんあるんだ」


 案内人の話にそれらしい相槌を打ちながら、ティロはトリアス山のことを再度思い出していた。


(でも、一体どうなってるんだ? やっぱり俺はオルド兵を殺したっていうのに、その功績は全部なかったことになってる……俺の手柄を横取りした奴がいるのか? でも、そんな話は聞いたことがないぞ。だとしたら、いくら俺が気に入らないと行っても功績を認めないってのはどういうわけだ!?)


「そうなんですか……そうするとトリアス山後にすぐ除隊したのかもしれないですね。リィア軍は身分が低いと手柄も手柄にならないところがありますから。だから人が離れて行くんですよ、僕みたいに」

「どこも大変なんだな」


 案内人は笑った。トリアス山の話に触れたくなかったティロは、話を変えるように切り出した。


「そう言えば通行証は?」


 ライラから聞いた話だと、ここに来れば案内人が偽造した通行証を持って待っているとのことだった。


「そうそう。ここに二枚あるんだが……お連れの方がいたのでは?」


(しまった、最初は二人で国境を越えようと思ってたんだ。今更連れてくるのも面倒だし、何とかあいつを完全に荷物にして国境を越えよう)


「連れ? ああ、そっちは気にしなくていい。せっかくだから二枚とも預かっておきますが」

「でも話だとリィアの上級騎士と女性の方って……」

「どこかで行き違いがあったんでしょう」


 ティロはしれっと言ってのけるが、トリアス山の話もあって内心では冷や汗をかいていた。


「おかしいな……まあ、よくあることだ。深くは聞かないよ」


(よかった、話のわかる人で)


 ティロは案内人から偽造された通行証を二枚受け取った。これでまたひとつ自分を証明できるものが増えたことに、少しだけ嬉しくなった。

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