積怨
リンク:休暇編第1話「 夕闇の逃避行」
レリミアを勘違いさせたティロは再び馬に乗り、クライオの関所へ続く道を目指した。心なしかレリミアのしがみつく腕の力が強くなった気がする。
「これからどこに行くの?」
「当ては無いけど、どこかに行けるよ」
適当に答えると、レリミアが馴れ馴れしく話しかけてくる。
「そう、でもちょっと怖いな」
「大丈夫、僕は絶対君を死なせるようなことはしないから」
レリミアを殺すことは計画の中に入っていなかった。ティロは彼女に関しては酷い目に合わせるつもりでいたが、自分で手を下す気はなかった。
「……本当?」
「本当だよ。そこだけは信じてくれ」
「わかった。信じる」
(本当にこいつはチョロいな……)
しばらく行くと、またレリミアが辿々しく話しかけてきた。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「その……いつから私のことを?」
(そう言えばそういう設定だったな。勘違いさせるのは楽だけど少し面倒だ)
「いつからって、最初からだよ。ほら、たまに目が合っていただろう?」
(お前じゃなくてライラを見ていたんだけど。あいつがいると思うと、なんか気になって仕方なくて)
「……そんな」
「まさか、気づいてないと思ってた?」
「……ううん。私も、ずっと見てたの。父様や兄様の試合はよく見るけど、あんなにきれいな剣捌き初めて見たから……」
(お前ごときに褒められたって、なあ)
「よく言われるよ、お前は剣だけしか取り柄がないって」
「そんなことないよ」
「そうですか?」
「だって……ティロ、優しいじゃない」
「優しい? 僕が?」
(ん? 俺の剣の腕と優しさに一体何の関係があるんだ? バカかこいつ?)
「うん、上手く言えないけど……」
(まあいい。俺のことを何やらいい感じに誤解してくれてるみたいだ)
「本当に……貴方は素晴らしい。さすが僕のレリミアだ」
「え、今なんて!」
(俺が惚れてる設定だから、このくらい大げさに振る舞った方がいいな)
「君のこと、名前で呼んではダメ?」
「うん……いいけど」
「じゃあ、僕のことは名前で呼ばないで」
名前で呼ぶな、ということは身近な人にはよく頼み込んでいた。名前で呼ばれる度に本物のティロのことが頭を過り、薄い罪悪感がずっと身体に纏わり付く感じが嫌だった。
「どうして?」
「嫌いなんだ、自分の名前」
(そもそも大して仲良くもねえのに最初っからティロティロうるせえんだよこのガキは。そうでなくても気安く呼んでほしくないのに)
「それでは貴方をなんて呼べばいい?」
「それは、後で考えようか……」
もう話したくないので黙ったが、なおもレリミアは食いついてきた。
「じゃあ、今話せる範囲で教えて欲しいな、あなたのこと」
「僕のこと?」
「だって、もう少しあなたのこと知りたいの」
(面倒なことになった。でもここで何も言わないのも変だな、どうするか……)
「そうだな……君に聞かせられる話があまりないな。僕の話は大体戦争の話だから……」
「小さい頃からずっと?」
何となく気まずくなりそうな話題にしてみるが、何故かレリミアは食いついてきた。
「そう。戦争で気がついた頃からあちこち転々として、最終的に軍のそういうところに預けられたんだ」
「そういうところ?」
「君に説明するのが難しいんだけど、孤児を集めて立派な兵隊に育てるっていう感じかな。みんなが僕を予備隊出身って言うだろう? 僕はたまたま剣の腕だけは立ったから、それだけ」
「つまり、そこで剣を習ったってこと?」
「そんな感じかな。後は……思い浮かばないな」
「もうおしまいなの?」
(ああもう、うっせえな)
「君に話せるような話がないんだよ」
「じゃあそれより前の話は? その、小さい頃のこととか」
(しつこいなこいつ。このまま放っておいたら無限にいろいろ聞いてくるかもしれないな。うるさくて仕方ない)
このまま勘違いさせて亡命先まで連れて行く予定であったが、さっさとレリミアを拘束する方向でティロはこの先のことを考える。
「……そろそろ暗くなって来る頃だね。どこかで休めるところを探そうか」
「……うん」
すっかり日も暮れた頃、目的地に着いた。ここでライラが手引きした人物に会い、亡命に欠かせない通行許可証をもらってクライオに運んでもらう予定である。
「あそこで少し休ませてもらおうか」
馬を止めて、レリミアを降ろした。農家らしい民家には家畜小屋の脇に、餌などを入れる大きな木箱などが転がっていた。
「大丈夫だと思うけど、君はここで待ってて」
そっと灯りのついた民家に入ると、ライラの言っていた案内人らしき男がいた。
「……来たか。確かに、人相通りだ」
「ああ、向こう側まで頼むよ。まずは馬を止めてくる」
(それより荷物だ、さっさとおとなしくさせよう)
ティロは民家から出ると、馬のそばで心配そうに立ち尽くしているレリミアの元へ向かった。
「いいって。とりあえずあっちの小屋に行こうか」
馬を連れて、小屋とは別棟になっている家畜小屋へレリミアを誘う。
「家には入らないの?」
「少しだけ、二人きりになりたくてね」
もっともらしく言ってみせると、レリミアは動揺したようだった。
「なによ、もう」
ティロは背中に仕込んでおいた縄を後ろ手に持ち、レリミアの後ろについて歩き出す。
「ここ、家畜小屋みたいよ」
「そうみたいだね」
暗がりの中でティロは家畜小屋の支柱を探した。その近くまでレリミアの背中を押していき、後ろから抱きついた。
「ねぇ、どうしてこんな……きゃっ」
「ごめんね、もう我慢できないんだ」
レリミアの鼓動が伝わってきた。この高鳴りを今から違う意味に塗り替えると思うと、それだけで顔が不自然に引きつってくる。
「でも、こんなの……」
「ずっとこうしたかったんだ……」
今までの様々な光景が頭を過った。災禍、姉の死、予備隊に入るまでの孤独な日々、閉所恐怖症に苦しんだ特別訓練、一般兵や上級騎士に上がっても続いた蔑みの瞳、理不尽な暴力と理解のない言葉、そして家族を奪っておいて上辺だけの家族を見せつけてくる上司。
(全部お前の親父のせいなんだよ!)
「16年だ」
強い思いと裏腹に、漏れた声は思ったより淡々としたものだった。
「えっ……痛っ!」
瞬時にレリミアの腕を捻り上げ、持っていた縄で後ろ手に縛り上げる。
「長かったな」
「痛い! 離して!」
暴れるレリミアを支柱に縛り付け、身動きがとれないようにした。自由を奪われたレリミアと反対に、ティロはようやく穴の外から顔を出して呼吸ができたような気がした。
「離すわけねえだろ、この時を待ってたんだ。やっと捕まえたぜ、レリミア・トライト」
16年前、埋められてから止まっていた時がようやく進み始めた気がした。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
やっと誘拐できました。よかったですね。
次回から新章、亡命編が始まります。休暇編で語られていない(悪い)ことが結構出てきます。それから全てがティロ視点になるので休暇編で「なんだこいつ」というシーンがどんな心境だったのかが明らかになりますので是非休暇編と一緒にお楽しみください。
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