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前日

 気がつけば春はすっかり終わり、夏の気配が辺りに広がっていた。夜の河原も寒々とした景色から草が生い茂る場所に様変わりしていた。


「……というわけで、明日はいよいよ楽しい出発の日だ!」

「何だか元気そうね」


 謹慎処分中のため、薬の類いは決められた量の睡眠薬しか認められていなかった。見た目だけでも大人しくしている必要があると思ったティロは「薬を絶っている」姿をラディオたちに見せつけていた。


「元気も元気、こんなに元気なのはいつ以来だろうな!?」

「知らないわよ。それよりも元気過ぎて羽目をはずさないでね」

「大丈夫だって。この日のためにどれだけの苦労があったことか」


 ティロは謹慎中の暇な時間を使って、ザミテスを埋める巧妙な計画を練り上げた。それは同時に引き起こされる反乱も組み込んだ、非常に複雑なものであった。


「それにしても……よくそんなこと思いついたわね」

「まあな。剣を極める者、今ある力を全て把握せよって言って、自分が打てる手段の全てを理解していると必然的に状況に応じて手段を使い分けられるんだ」


(実際、こういう計画は俺がしたいことを強引に進めるより状況に合わせた行動をしていった方が何かと自然に見えるから相手は油断しやすい。復讐と剣技は本当によく似ているなあ)


 また剣技に例えた話をしそうになったので、ティロはそこで剣技の話を止めた。いろいろ思うことはあったが、ライラに聞かせる話ではないと判断して話題を変えることにした。


「それより、小娘以外の二人はどうなってる?」


 しばらく留守にするため、ティロはトライト家に残していくリニアとノチアが気になった。


「どうもないわよ。奥様は息子にも顔を合わせないで、部屋に引きこもり。あとは婦人会とは別にこそこそどこかに行くけど、誰にも言わない。そう言えば孤児院の建設のためのカンパのために打ち合わせがしたい、って来客がこの前来たけど、どうなったのかしら」


 ライラは肩をすくめた。リニア付きの女中は既に暇を出されていて、彼女の動向の意図を知る者はライラの他にいなかった。


「ついでに、使用人の給料も先月からついに未払い。そんな状況なのに、お坊ちゃまは『父さんが帰ってくるまで待っていてくれ』だってさ」


 それを聞いて、ティロは吹き出した。


「更に傑作なことに、イライラしている使用人たちの前でレリミアは旅行に行くんだ、旅行に行くんだって吹聴するのよ。もうおかしくておかしくて」


 ライラは笑うが、その使用人たちのことを思うとティロはあまり笑えなかった。むしろ彼らに罪はないのに余計なことに巻き込んでしまってすまないという気持ちさえ湧いてきた。


「そうか……まあ、すぐに見切りをつけてくれるだろう。使用人たちはみんな馬鹿じゃないんだろう?」

「みんないい人たちよ。本家からの付き合いって人もいたけど……流石にここ最近はみんな苛立っている。一斉に退職しようかなんて話も聞いたわ。でも、私は『お嬢様の旅行があるから』って言ったら、みんな『頑張ってね』なんて言うのよ」


 トライト家の使用人たちの中でも、レリミアの相手は厄介な仕事であった。辛抱強くレリミアに付き合うライラを賞賛する声もあったが、懐状況のよくわからないトライト家の娘が豪華な旅行に行くということが許しがたいという声も上がっていた。


「それもこれも、旅行にさえ出かけてしまえばおしまい。他の人のことなんて知ったことじゃないもの。二度と戻らないつもり」


 ティロのためとはいえ、トライト家での労働はライラの神経をすり減らしたようだった。その苦労に報いるべく、ティロはどうしても明日からの作戦を全て成功させなければならなかった。


「それより、ちゃんと用意した服着てよね」

「わかったよ」


 ティロは支給品の平服を普段着ていたが、どこか垢抜けない上に地面に横になる頻度が多いせいで常に薄汚れていた。見かねたライラは「せっかくの旅行なのと亡命先で不審がられないように」とティロのために新調した服を一式用意していた。


「あと、しばらく一人なんだから変なことしないでよね」

「大丈夫だって、しばらく素面だから」


 はっきりとトライト家への報復方法を思いついた日から、ティロは痛み止めも煙草も止め、睡眠薬も極力我慢していた。まずはレリミアをクライオへ誘拐することを第一目標とし、それを達成した時のことを考えて必死で精神を保っていた。


「本当に大丈夫?」


 薬が抜けているため、ティロの体調は良さそうであった。常時復讐計画を思い描いているため、精神もある意味では安定していた。特に謹慎処分を受けてからは常々纏わり付いていた「リィア軍へ忠誠を誓うことの罪悪感」と「地獄から救ってくれた予備隊への恩返しをしなければならないという責任感」の両方が一気に解消されたため、急激にティロは開き直っていた。


「大丈夫、大丈夫」


 そうライラには答えて見せたが、ライラの顔はあまり晴れなかった。


「……まあ、やるだけやってみましょうね」


 こうして、明日の再会を約束してライラは一度自分の部屋へ帰った。ティロはライラが帰った後、普段は茂みに隠しておいた目印のランプを持ち上げた。


「さて、こいつにも世話になったな」


 もう夜にこの河原に来る予定はなかった。戻らない覚悟を決めようとティロはランプを壊そうとして、そっとまた元の茂みに隠した。再び生き延びてしまったときのために、どうでもいい保険だとティロは思った。このランプが再び灯りをつける日が来ないようにと願いながら、ティロは宿舎へと戻っていった。


***


 宿舎に戻ったティロは自室へ戻らずにいようかと思ったが、明日のことを考えてしっかり眠るべきだと思った。


「せっかくだし、鍛錬していくか」


 久しぶりに気絶特訓をする気になった。平服で鍛錬をする気にはなれなかったので、そっと着替えをしに自室に戻ると、リストロがいた。


「随分顔色がいいじゃないか、何かいいことでもあったのか」

「俺の人生、いいことなんかひとつもなかったけどな」


 軽く威嚇をすると、リストロはそれ以上何も言わなかった。ティロは上級騎士の隊服になると、真っ暗な修練場に潜り込んだ。


「もしかしたら強い敵が出てくるかもしれないからな。最近鍛錬できてなかったからしっかり動いておかないと」


 夜目の利くティロは灯りをつけなかった。誰もが眠りにつく時間に、ただ真っ暗な空間でひとり模擬刀を降り続けた。明日からどんな世界が待ち受けているのか、楽しみで仕方がなかった。

ようやく準備はできたみたいです。詳しい裏側の顛末については、準備段階でああだこうだしても「交渉した」「用意した」で終わりなので潔くカットしました。その時になったら大体わかると思います。

次話、いよいよ誘拐が実行されて事件編の冒頭に繋がります。事件編と同時に読んでいただけると嬉しいです!

事件編はこちらから→ https://ncode.syosetu.com/n1609if/

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