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大詰め

リンク:積怨編第6話「誘拐当日」

 リィア国内へ戻ってきてから、ライラは目まぐるしい日々を過ごすことになった。迫ってきた旅行の出発日に備えて、レリミアと準備をするのもレリミア付きの女中の仕事であった。


「ねえねえセドナ、このお洋服持っていっていい?」

「いいと思いますよ」

「ねえねえ、こんな格好では男の子が振り向いてくれないかしら?」

「お嬢様は美人ですから大丈夫ですよ」


 始終この調子であり、残りの時間は「旅行に行ったら素敵な恋の出会いがあるかも!」というレリミアの妄想に付き合わされた。適当に受け流すと怒るので、ライラは夢見がちな少女の王子様との出会いの物語を何時間も聞くことになった。


(素敵な王子様、ね……いるじゃない、すぐそばに)


 ふと漏れそうな笑みを押し殺して、ライラは困ったお嬢様に付きそう女中の顔をし続けた。


***


 亡命の手配の他に任されたライラの大きな仕事は、旅行用の馬車の購入であった。


 ティロがリニアから巻き上げた金は、現時点で軽く大きな屋敷が買える額になっていた。ティロのベッドの下に収まりきらない金はライラの部屋に置かれ、そこに婦人会からのカンパが入ると言うことでその現金の扱いにもライラは困っていた。


『せっかくだから立派な馬車を買って、どこかで乗り捨てても構わないようにしよう』


 馬車の購入資金はたんまり手元にあった。トライト家からむしり取った金を運び出すのにも大型の馬車が必要だったので、ライラはとびきりいい馬車を買うつもりでいた。


「それで、協力してほしいって?」

「ええ、陽動のためにリィア解放同盟からちょっと、馬車を用立ててくれないかって……お金は用意して貰っているので、一緒に付いてきてくれるだけでいいの」


 どれだけいい身なりをしていても赤毛の若い女が立派な馬車など買うことができない、と思ったライラはリィア打倒戦線のシャイアを頼ることにした。


「君がそう言うなら……」


 シャイアはライラの行動を多少怪しんだが、それを言えば今までこの「発起人ライラ」という女性が何を目的に動いているのかをシャイアは知らなかった。ただわかることは、各所の反リィア組織と連携を取っているということだけだった。反乱の機運を作った恩人ということもあり、シャイアはライラの頼みを断り切れなかった。


 馬車を買うような格好でシャイアとライラは出かけた。その場にあった一番大きな六頭立ての馬車をライラは迷わず選んで、シャイアにねだった。


「会計については彼女に任せている。算術を勉強中だ」


 ライラが持ってきた鞄から馬車の代金を渡すと、売主は特に怪しまず代金を受け取った。


「へえ。それじゃあ領収書にサインを」


 こうしてライラは「ザミテス・トライト」の名前で馬車を購入することになった。


***


 ティロは謹慎期間中であったが、ノチアの稽古を理由にトライト家に行くことは許されていた。


(数少ない日中の外出時間だ、無駄にはできないぞ)


 トライト家にやってくると、ノチアが青い顔で待っていた。


「今日は休みにできないか?」


 ティロとしては願ったり叶ったりであったので、快く了承するとノチアは弱音を吐いた。


「母さんの様子がおかしいんだ。もう何日も顔を合わせていないし、何かを隠しているのかもしれない。父さんがいないって言うのに、一体どうすればいいんだ」

「そこは、あなたがしっかりしないといけないんじゃないですか? 僕はキアン姓だから、その辺よくわからないんですけど」


 ティロが正論をぶつけると、ノチアはむっとしたようだった。


「……気楽なもんだよな。自分のことだけ考えてればいいんだから」

「じゃあ、あなたもなりますか?」


 冷ややかな口調で言うと、ノチアは今度こそ黙った。


(そうやって、いつまでも現実から逃げ続けていればいいさ。いざとなればお父さんが何とかしてくれる、そういう風に育ってきたのがよくわかる)


 おそらくノチアがリニアが置かれている現実を直視することはないだろう、とティロは予測する。ライラの顔を見たかったが、旅行の準備で忙しいのかトライト家にいる間に見かけることはなかった。その代わり、ティロは面倒な用事を済ますことになった。


「あ、ティロ! 今度ビスキに旅行に行くんだけど、お土産は何がいい!?」


 レリミアの元気な声が屋敷一杯に響いた。うんざりする反面、旅行に同行することを告げる絶好の機会であった。


「実は、ちょっと長い休暇がとれたんですよ。もしよかったら、その旅行に一緒に行きたいんですけど、よろしいでしょうか?」

「え、ティロも旅行に一緒に行くの!? 本当!?」


 レリミアを丸め込むのは簡単だった。屋敷の外で手をぶんぶん振るレリミアを背に、ティロは不気味なものを感じていた。


(しかしこの家族……本当にバラバラだったんだな。これだけライラがレリミアの旅行の準備をしているっていうのに、誰も話題に出そうとしない。むしろ腫れ物のように扱っている気もする。一体この家は本当のところどうなっているんだ!?)


 ティロの中で、トライト家の面々をどうするかが明確になってきた。


***


 その日も夜の河原で、ティロはライラと換金作業についてや亡命の手筈について細かく打ち合わせをしていた。ライラから亡命の詳細を聞いて、ティロはいい気分になった。


「よし! 後は出発の日を待つだけだな」

「私の方はいいんだけど、上級騎士の方は大丈夫なの?」


 ライラに尋ねられてティロは一瞬ギクリとしたが、残されたリィア軍のことなど知ったことではないので軽く答える。


「大丈夫大丈夫、俺のことなんてどうせ誰も気に掛けてないんだから」

「本当かなぁ……」


 ライラはこの計画自体に不安を覚えているようだった。


「じゃあ本当に、私だけビスキに行ってもいいのね?」

「もちろん。向こうの替え玉とは連絡が取れているんだろう? あとはそっちで楽しくやってくれ。俺は俺で楽しくやってるから」

「あんまり聞きたくないんだけど……一体彼女に何をするの?」


 ティロの中で、復讐計画の筋書きは完璧に出来上がっていた。


「されたことをやりかえす、以上だ」

「でも、本当に彼女も殺すの? 彼女は悪いことをしていないのに」

「今のところ、俺がどうこうするつもりはない。ただ親父の話を聞かせるだけだ」


 レリミアについて、ティロはとにかく過去に何があったのかを理解させることが大事だと考えた。そのためにあれこれ反省部屋で思案して、大体のするべきことは頭に入っている。


「その後は?」


 レリミアに話を聞かせた後のことはザミテスを埋めることばかり考えていて、彼女のことは正直考えていなかった。


「そうだな……その時考えようと思う」


 どういう結末を迎える結果になっても、自分はもうじき死ぬだけだという思いは常に念頭にあった。もしレリミアに殺されるなら、それはそれで運命かもしれないとティロは暗い未来を想像した。


(荷物は少しでも軽くしたい……紙幣より高価で軽い現物にしたほうがいいだろう。だけどいっぺんに金が動くと怪しまれる……出発の日まで少しずつ、なるべく多くの興奮剤を少しずつ買っていくか)


 リニアから巻き上げた金で、リィア軍の横流し品の興奮剤を大量に購入し、クライオ国内に持ち込んでから売りさばく。これがティロの考えている「換金作業」であった。


「まあ、なんとかなるだろう。今までも何とかなってきたし」


 ティロは旅行の日まで、のんびり謹慎処分の身を満喫しながら夜は薬を買ったり、リニアを突いたりして過ごすことになった。

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