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受け入れ交渉

 トライト家には「田舎の祖母の調子が悪いらしい」と嘘をついて、ライラはクライオの反リィア組織の隠れ家へ向かっていた。リィアとの国境の関所で、ライラはいつもクライオの組織で用意してもらった通行許可証を使用していた。田舎のため人通りが少なく、あまり熱心でない警備隊員によってライラはあっさりと国境を越えていた。


(もう……あんなに勝手な奴だと思わなかった)


 ライラは昨日の河原でのことを思い出していた。思えば、最初に見かけた時は近寄りがたいほど情けない奴だと思った。でもきっと悪い奴ではないという直感からライラはティロに話しかけた。その予想は当たり、話をしに行くとティロは嬉しそうにした。


 それから色々とあったが、今はこうして拠点にしていたクライオに戻っている。田園風景が広がるのどかな道を歩いていると、これから復讐のために一家四人を手に掛けようとしている男がいることなど忘れてしまいそうである。


(でも、あんなに言われたら何とかするしかないじゃない)


 今回のようにティロが異様に子供っぽく駄々をこねたのは初めてだったので、ライラは少し面食らっていた。しかし、いつも一人で何かを抱えて塞ぎ込んでいたティロが甘えてきたことにライラは少し気を良くしていた。


(そもそもあいつが何なのか、よくわかんないんだけどね)


 ライラがティロについて知っていることは、エディアの災禍で家族を全部亡くしたこととその直後リィア兵に姉を殺されて自身も生き埋めにされたこと、そしてリィア軍で不当な扱いを受けて激しくいじけていることくらいだった。


「あ、ライラさんお帰りなさい!」


 ほぼ自分の家のような屋敷へ戻ってくると、鍛錬のために反リィア勢力の剣士たちが出迎えてくれた。そして口々に「最近あまり顔を見せてくれなくて寂しい」などと語り、ライラは発起人になってよかったと心から思った。


***


 屋敷に到着して一息ついてから、ライラは改めて一連の話をかなり端折って、都合のいい部分だけをクライオの反リィア勢力の代表であるシェール・アルフェッカに聞かせた。ここクライオの反リィア組織は元オルド国の上級騎士を中心としていて、他の組織と比べて少人数であったがリィア国内にないことで発起人ライラの隠れ場所として機能していた。


「それで、俺のところに来たって言うのか?」


 あからさまにシェールは嫌そうな顔をして見せた。


「うん……なんていうか、可哀想な奴なの」

「そいつの話はたまに君から聞いているんだが、具体的にどんな奴なんだ?」

「えーとね」


 ライラは慎重に言葉を選びに選んだ。まさか正直に「娘の父親をぶっ殺すために娘を監禁しようとしている奴」などとは言えなかった。


「何だかね……とても人には言えない事情を抱えているみたいなの。それでね、とても事情を抱えた女の人をどうしてもリィア国内から連れ出さないといけないんだって」

「人には言えない……軍の機密か何かを知ってしまったとかか?」


 憶測で話すシェールに、ライラは相槌を打った。


「そうそう、そんなところ。それで身元がわかるとまずくなってしまったの」

「なるほど……リィアの機密を知っている人物ならこちらも受け入れる理由があるわけだ」


 勝手にシェールが話を作ってくれているので、ライラはそれに乗ることにした。


「そうそう。しかもね、リィアの上級騎士では一番の剣技の腕前なんだって」

「自称なら何とでも言えるが……なんでそんな奴が亡命しなきゃいけないんだ?」

「だから、秘密と身元がわかるとまずいことになってしまったの」

「ふむ……」


 シェールはしばらく考え込んだ後、顔を上げた。


「身元がわかるとまずい、か。わかった、そいつは俺が預かる。亡命の手筈もこっちで整えてやるよ」


 思ったより気前のいい返事に、ライラは驚いた。


「そんな、そこまでしてくれるの?」

「俺の元で動ける奴が増えるのは歓迎するし、自称と言えどもリィアで一番の戦力を向こうが失うのはかなりの痛手になるはずだ。どうせ作戦の決行日も近くなったし、いい結果になると思うことはどんどんするべきだと思うがな」


 作戦決行日とは、各地の反リィア勢力が一斉に蜂起する日とされていた。それはザミテスが査察旅行から帰る予定日であり、蜂起のどさくさにまぎれてトライト家への復讐は実行されることになっていた。


「まあ、そうかな……」


 とんでもない厄介ごとを抱え込むことになる、とシェールにも言えないライラは、とりあえず当面の目標が達成できそうなことに胸を撫で下ろした。


「それに君が困っているんだろう? できることなら協力してやる。それに……」

「それに?」

「俺が単純にそいつの顔を見てみたい。君がそこまで頼み込むなんて、一体どういう奴なんだ?」

「……なんだ。そんなこと」


 ライラが笑ったので、シェールは少しむっとする。


「そんなことってなんだよ」

「とりあえず、剣の腕だけは本当に保証してあげる。御前試合にも出たらしいから」

「だから、本当になんでそんな奴が亡命してくるんだ?」

「後は……直接彼から聞いて」


 それからティロの風体や当日の動きなど、シェールと細かい打ち合わせをした。それからライラは他にやるべきことはないかを考えた。


(さて……お嬢様の旅行の準備に、馬車の手配。ビスキへの連絡は……クライオ国内でしておいたほうがいいわね。予定日に金髪の女の子と適当な男を待ち合わせ場所に寄越してください、ってだけでいいわよね)


 ビスキの反リィア組織「ビスキ復興同盟」へ届くよう、手紙を書きながらライラは代表の娘のリノンを思い浮かべた。レリミアより少し年上であったが、背格好だけなら大体一緒であった。後は誰か手頃な男を寄越してもらえば、ライラも海岸で気兼ねなく遊べると思った。


「リノンちゃんが来てくれるなら、お嬢様の相手をしているよりとっても楽しく遊べそうね。私も役得かも」


 手紙をクライオ国内から出した後、ライラはリィアへと戻っていった。旅行の出発日まで残り二週間あまりの間に、やるべきことがたくさんあった。

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