申し出
謹慎が明けたら上級騎士一等への昇格の案をラディオから聞き、ティロは固まっていた。
「この話は嘘でも冗談でもない。まあ、すぐには信じられないだろうが養子候補なんかは話があちこちに伝わっている。剣の腕は異様に立つが身寄りがない男がいるが、引き取ってもらえないかということで検討しているところはあるようだ」
それからラディオは、実際に検討しているという人物をいくつか挙げていった。上級騎士としてティロも名前を聞いたことがある有名騎士一家の名前や、これから名前を挙げていきたいと思われる家の名前が挙げられた。
「でも僕、キアン性ですし、予備隊出身ですし、そんなところに行けるはずがないです」
急にちゃんとした生活をしろ、と詰められているようでティロは居心地が悪くなった。
「何を言ってるんだ? 普段のお前の様子を見てるから、この話に乗り気な連中が多いんだぞ?」
ティロは顔を上げた。ラディオの話すことが全て嘘のように聞こえた。
「普段の僕、ですか……」
誰と関わりたくない、出来れば身だしなみは整えたくない、剣だけしか取り柄がないそんな奴を家に迎えれたい奇特な人がたくさんいるとティロは思えなかった。
「何て言うのか、お前は確かにだらしなくてろくでもない奴だ。でもやるべきことは真面目にこなすし、周囲への気遣いもある。何故そこまで自分を卑下するのか不思議で仕方ない。お前、本当はすごい奴なんだろう?」
そう指摘されて、胸の奥がズキズキと痛くなった気がした。
(本当の、俺は……)
「キアン姓で予備隊というのも、何か訳があるんだろう? 第一、予備隊の訓練を全て受けてきたんだからそのくらい優秀な奴だというのは折り紙付きのはずだ。そこのところを、わかってない連中がいる。そういうのは気にするな」
一瞬だけ、ティロは申し出を受け入れた未来を想像する。いい家の養子なり婿になり、今までの自堕落な生活を改めてエディアにいた頃のようにまっとうな家庭を築いて家を盛り立て、ゆくゆくは親衛隊としてリィア王家の側で護衛をする、そんな未来だった。
(なんて、不愉快な話なんだろう)
そろそろティロはラディオに通行証の話を切り出そうと思った。
「でも僕、反省しながら決めたんです。この謹慎が終わったら、潔く除隊しようって」
ティロの言葉に、ラディオは重く息を吐き出した。
「そうか……悪い話ではないんだが、今はお前の考えが一番だからな。でも謹慎中にゆっくり考えてくれ。気分が変わったというなら、いつでも言ってほしい」
「それでなんですが、この先僕がいたビスキに移住しようかと思ってまして、通行証なんて発行してもらえませんか?」
うまく切り出したつもりだったが、ラディオの目は冷たかった。
「……それはできない」
「何故です?」
「謹慎中に課した総則の書き写し、真面目にやってるか?」
反省部屋に置いてある総則の冊子をラディオは持ってきて、該当の箇所を開いて見せた。
「特務に所属するものは所属長の許可無く通行証の発行はできないものとする、とあるだろう。これは実質特務は任務以外では他領へ赴くことを禁止するものだ」
「でも俺、特務じゃないし」
「ここには予備隊役も含まれる。お前が特殊だからそういう事例がなかっただけで、予備隊に一度入った奴は自由に他領へ行けないんだ。その理由がわかるだろう?」
ラディオに諭されて、ティロは下を向くしかなかった。予備隊で培ったものを他領に存在する革命家の元へ流出させないための仕組みがティロの足を引っ張った。
(あー、畜生! なんでこんな時に予備隊が関係してくるんだよ!! 意味わかんねえな!!)
海岸での穏当な休暇の予定が崩れたことで、ティロの計画は再度考え直すことを求められた。思いがけずしょんぼりしているティロを前に、ラディオは話し始めた。
「なあ、だから考え直してはどうだ?」
「でも、僕なんかがいても迷惑になるだけですし……」
本心からティロはそう思っていたが、ラディオは真剣な顔で続けた。
「あまり聞きたい話ではないだろうが、よく聞いてほしい。医務局での出来事を、お前は覚えているか?」
医務局、と言われてティロは首を横に振った。ほとんど何も覚えていなかったし、覚えていると嘘をついてもろくな話にならないと思ったからだ。
「あの時、お前はひどく取り乱していた。どうせ生きていたって仕方ないとか、こんな欠陥品が生きていていいはずがないとか、聞いているこっちまで胸が痛くなるようなことばかりずっと叫んで、最後はずっと泣いていた」
改めて自分の話を聞くのがティロは辛かった。構わずラディオは続ける。
「正直、俺は驚いた。自慢じゃないが、俺だって剣の腕だけでここまでやってきた男だ。それをあっさりと破る腕を持つ奴が自分のことを欠陥品だと言うのは何故だと納得がいかなかった。それで、お前の予備隊時代の記録を見させてもらった。何があったか知らんが、苦労したな。他の連中もお前のことは心配している。過去は変えられんが、せめてこれからどうすればいいか一緒に考えてやりたいものだと……そうだろう?」
固まってしまったティロにこれ以上の言葉をかけるのは無粋だと判断したラディオは、もう一度じっくり考えてほしいと告げてから反省部屋を出て行った。
(今更、何だってんだよ……もう全部遅いよ。もう取り返しがつかないところまで来てるんだよこっちは。何が心配しているだ!?)
素直に心配されて嬉しい気持ち。それ以上に今更心配されても手遅れだという怒り。更に心配してくれる人に素直になることができない自分に対する苛立ち。記憶を無くすほど取り乱してしまう自身を恥じて、消えてしまいたい気持ち。そして全てを阻害していることの発端になっているザミテスに対する憎悪。
いろんな気持ちがない交ぜになって、全てがザミテスに対する憎悪に帰結していった。
(殺す、殺す、絶対殺す。殺しても殺し足りない。奴が俺から奪ったもの、俺も全部奴から奪い返さないと……)
反省部屋でティロは何度もザミテスをどう殺すか考えた。どこへ埋める、埋める前に何をするか、どう絶望させるか、どうレリミアを使うか。部屋の隅にナイフを持った少年がいる気がした。彼がどうしてそんなことになってしまったのか、ティロは改めて記憶を辿った。
「……そうか」
全ての気持ちの整理がついたような気がした。レリミアをどうしたいのか、トライト家に何を望むのか。どうすれば、最も絶望を与えられるのか。
「そうだ、これだ。どうして思いつかなかったんだろう」
目の前の霧が晴れていくような感覚があった。それから反省部屋を出るまで、ティロはゆっくり復讐計画の練り直しを行った。
(ビスキに俺は行けない。でもレリミアはリィアから連れ出したい。そして、連れ出した先でレリミアとザミテスを引き合わせる。これが俺のやりたかったことじゃないのか?)
その案は、実行するのに非常に手間がかかった。でもライラに相談すれば何とかなるだろうとティロは楽観的に構えることにした。
実はこの辺りから事件編と少し分岐が始まってきます。「どうすればザミテスがあの日の出来事を喋るのか」がこれからのポイントになってきます。そして思いがけず長くなってしまったので、ライラの大活躍は次話に持ち越しです。
次話、旅行当日までの準備のあれこれになります。クライオに隠れているあの人も出てくるよ!
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