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反省

 その夜ティロが大人しく宿舎に戻ると、ラディオが待ち構えていた。それから何か酷く叱責されたような気がしたが、全てどうでもいいことだったので右から左に流し続けた。


「いいか、わかったか!?」

「はい」


 いざとなれば、たとえラディオでも不意を突けば殺すことができる。その発想がティロに大きな余裕を与えていた。


「まあいい。とにかく、規則正しい生活をしろ。日中の外出は禁止、鍛錬も禁止。わかったな!?」

「鍛錬もですか?」

「当たり前だ! お前は剣に対する冒涜を行っていたんだ、わかるか!?」


(わかんないなあ、剣だって俺くらいの奴が扱った方が嬉しいと思うけどな)


 しかし騒ぎを大きくしたくないので、ティロは大人しくラディオに従うことにした。日中は急ごしらえで作られた反省部屋のようなところで過ごすことを命じられて、ティロは予備隊にいた頃のことを思い出していた。


「懐かしいな……飯抜き三日だったかな。ここは懲罰房もないし、飯もちゃんと出てくるし、夜は宿舎に帰れるし。まだまともな場所なんだよな」


 予備隊では規則を乱したと判断されれば、即座に懲罰房行きを命じられた。暗い穴の中に落とされて、最低限の食事だけ落とされる酷い仕打ちを受けることになる。何があったとしても「懲罰房」の言葉だけでティロは震え上がり、何でも言うことを聞く気になった。この程度の「反省部屋」では、予備隊上がりの性根を叩き直すのは無理だとティロは思った。


「いいよなあ、上級騎士って。ただ何もない部屋で反省してますって座ってりゃ、それでいいんだから」


 毎日何かしらの反省文を書くことが課されたが、心にも無いことをつらつらと書くだけでいいのであればいくらでも書く気になれた。


「これからはリィアの益々の発展に寄与し、心を入れ替えて精進することを誓います、と……」


 反省文を提出し、ラディオから小言を貰えば夜には反省部屋から出して貰えた。後はこっそり夜中に宿舎を抜け出せば特に問題はなかった。ティロの自室が三階にあることから、ラディオもその点だけは見落としてしまった。


(予備隊出身を舐めるなよ)


 三階であってもティロにとって建物から脱出するのは容易であった。人の目を盗んで宿舎の外へ出ると、後は普段の生活とあまり変わりがなかった。河原で時間を潰したり、トライト家に忍び込んでリニアを脅したりとやることはたくさんあった。


「どうだ、金は貯まったか?」


 屋敷の窓から突然現れるティロに、リニアは驚かなくなっていた。ザミテスが不在のため、リニアはティロが謹慎処分を言い渡されたことを知らなかった。


「今日は無理よ……」


 リニアの顔には強い焦燥が浮き出ていた。ティロはリニアに近づくと、懐に忍ばせていた興奮剤を手渡した。服用では効果が薄くなっていたリニアは早速針を取り出すと即座に興奮剤を注入した。その手慣れた手つきにティロは少し満足した。


「じゃあ、いつならいいんだ?」

「そのうち、よ」


 リニアの顔色が少しよくなり、声の調子が高くなった。


「婦人会でカンパを募ることにしたの。私がとりまとめ役だから、そのうちまとまった金が私のところに集まる予定なの」

「それで、その金を俺に渡してそれからどうするんだ?」

「さあ、どうしましょうね」


 既にリニアは目の前の支払いのことしか考えていなかった。興奮剤が作用して大胆になっているリニアは、ティロに迫った。


「こうなったのは貴方のせいなんだから、責任をとりなさい」


 リニアはまだ、ティロのことを諦めたわけではないようだった。


「そうですね、それじゃあ支払いが完了してから……ということでどうです?」


 ティロは曖昧な返事をしたが、リニアの中ではひとつの物語が進行していた。


「約束よ! 必ず、私をこの家から連れ出してね!」


(けっ、やっすい恋愛小説みたいな台詞だなあ!)


 意味ありげな笑顔を浮かべたまま、ティロはトライト家の屋敷の窓から飛び降りた。リニアは放っておいても勝手に自滅するところまでは追い込むことができた。


「あとは子供二人のほうを、どうしようかな……」


 ノチアとレリミアの処遇についての明確な計画はまだなかった。後は反省部屋でゆっくり考えることにして、ティロは日が昇る前に宿舎に帰って何事もなかったかのように過ごしていた。


***


 しばらくして、ラディオから改めて大事な話があるということでティロはついでに通行証の件も交渉してみようと思った。


(今後の身の振り方として、上級騎士を辞めてビスキの田舎にでも移り住もうと思うんです。そのために謹慎中にビスキ領へ行って下見をしようと思うのですが通行証を発行してもらえませんか。よし、こんなところでいいだろう)


 反省部屋に入ってきたラディオを軽く威嚇した目で見ると、ラディオは固くなった表情を更に固くした。


(大丈夫だって、取って食いはしないよ)


 実際、謹慎処分が他の隊員たちにどう取られているのかティロは知らなかった。同室のリストロには「病気のための療養で勤務を免除している」と説明されたようだが、本当のところはどうかわからなかった。どこかで誰かに舐められたらよくない、と考えたティロはなるべく自分を大きく見せるようこれから努めることにした。


「それで、話ってのはな」


 緊張した面持ちでラディオはティロの対面に座り、話し始めた。


「単刀直入に言えば、謹慎が明けてからお前を一等に昇格させる案が出ている」


 あまりにも意外な展開に、ティロは返す言葉が見つからなかった。


「それに、上級騎士一等がキアン姓というのも何かと問題になるだろう。どこかの家の養子に入るか、本人たち次第になるがお前を婿入りさせる話も出ている」


 この提案にティロの心臓が高鳴った。あまりにも本格的に「ティロ・キアン」という人物を正式に取り立てようという話にまずはラディオの冗談であることを疑った。


「……嘘でしょう?」


 ようやく口から出た言葉は、やはり疑いのものであった。


(どうせ、また裏切られるんだ。もう俺は騙されない。そんなうまい話があるものか)


 今まで期待して裏切られてきた記憶が、頭の中に浮かんでは消えた。


(こんな欠陥品、上級騎士三等に上がれただけでも上等なんだよ。だから、もうこれ以上俺に希望なんか持たせないでくれ!)


 戸惑いの表情を浮かべているティロを前に、ラディオは深くため息をついた。

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