謹慎処分
針の乱用が発覚してから、ティロは医務局に監禁された。自殺未遂の前科があるため、まずはしっかり休養をとれとティロはラディオに叱られた。「薬がないと眠れない」と強めに訴えると、仕方なく医務局から睡眠薬が処方された。
とにかく感情を麻痺させたいティロが一度に何錠も睡眠薬を服用すると、報告を受けたラディオに「死ぬ気か」と殴られた。「死にたいんです!」とティロが訴えると、これ以上言いつけが守れないなら睡眠薬を処方しないと脅された。薬欲しさに素直に言うことを聞くしかなくなったティロの脳裏に、リニアの顔が何度もちらついた。
数日後、ようやくまともに話ができるようになってからティロの今後についての話し合いが行われることになった。上級騎士筆頭のザミテスが査察旅行で不在のため、筆頭代理のラディオは頭を抱えていた。そして上級騎士の不祥事という事態に、顧問部が処分を下すとのことだった。
(顧問部で上級騎士の人事に関すると言えば……奴が出てくるのか?)
すっかり意気消沈していたティロの前に、やってきたのは顧問部の首都防衛担当であるクラド・フレビスだった。クラドの顔を見て、それまでのティロの死にたい感情はどこかへ行ってしまった。
(俺より先に、こいつをぶっ殺さないと)
クラドと相対して、ティロは思いのほか冷静になった。エディアの廃屋であの凄惨な事件を起こした主犯が誰も知らないことをいいことに、のうのうとリィア軍の役職に就いていることが個人的な恨みを除いてもひどく許しがたかった。
(しかしこいつは顧問部だし、不祥事を起こした俺が簡単に近づけるとも思えない……何とか近づく方法は……)
胸の内で強い殺意を向けられていると知らず、クラドは項垂れているように見えるティロの前で腕を組んでみせた。
「ティロ・キアンか。上級騎士三等……キアン姓のくせに」
クラドの声には嫌悪がにじんでいた。
「誇り高いリィアの名を汚しおって……だから俺は最後まで反対したんだ、キアン姓を上級騎士にするのは。あのバカが、俺が何とかするって無理矢理押し切るから……」
あのバカ、はゼノスを指していた。ティロはクラドを殺す理由がひとつ増えてしまった、と胸の内でそっと思った。そして、どうしたらクラドに目一杯の苦痛を与えて殺せるかをティロは頭の中で何度も何度も思い描いていた。
「とにかく、とりあえずは謹慎三ヶ月。後は……わかってるんだろうな?」
クラドはティロを一瞥もしなかった。
「つまり、猶予を三ヶ月やるってことだ。わかってるな?」
それは実質上の免職だった。三ヶ月の間にリィア軍を出て行く準備をしろとクラドは暗に伝えていた。
「わかったらさっさと退け。俺も忙しいんだ……何を笑っている?」
クラドが不審な顔をする。クラドの後ろで、控えていたラディオが真っ青な顔をしていた。
(笑ってる? 俺が、笑ってるだって?)
目の前のクラドを妄想の中で甚振っていたティロの顔には、いつの間にか笑顔が浮かんでいた。
(そうだ、今殺そうと思えば、多分俺はこいつを殺せる。でも、それじゃあ面白くない)
ティロはますます笑顔になり、クラドに殺気を放った。
「いえ……ただ、夜道にはお気を付けくださいと思いまして」
クラドの顔が異様に歪んだ。その顔を見て、ティロはとても愉快な気分になった。
「貴様、俺を脅迫するつもりか!?」
「別に、ただどこで恨みを買っているかわかったもんじゃないですよねと」
「何だ、貴様そんなに上級騎士の座が惜しいのか?」
「そんなことはないです、こっちもせいせいするくらいです」
クラドの後ろでラディオが慌てているのが見えた。これ以上この場に留まりたくなかったティロは勢いよくクラドに背を向けた。
「それでは失礼します」
逃げるように部屋を出たティロを、急いでラディオが追った。
「ティロ、お前一体何を考えている!?」
「別に、何も。少し頭を冷やしてきます」
ラディオもティロから滲み出ていた凄まじい殺気に気圧され、これ以上ティロを刺激することを諦めた。
「夜には宿舎に帰ってこい。話はそれからだ」
ティロは一度ラディオの方を向いて、それから駆け足でリィア軍本部を後にした。上級騎士の隊服を脱ぎ捨て、まずティロはトライト家へ向かった。トライト家の門柱に白い布を結んでおいた。これはライラに「今夜来い」という合図として取り決めておいたのだが、実行するのは初めてだった。そして、ティロはその足で誰もいない河原へ向かった。
「ふふ……」
通りを歩いているだけなのに、異様に面白くて仕方がなかった。素面であるにも関わらず異様に顔が引きつっていくのを感じる。
「くくく……」
人通りを抜け、誰もいない寂しい場所まで来るとティロはついに声を押さえられなくなった。
「やった! やってやった!」
先ほど、殺そうと思えばクラドを素手でも殺すことができた。幾度も夢で見た恐怖の対象が、思ったより簡単に殺せると知ったことで気持ちはどんどん大きくなっていった。
「何がリィアの名を汚した、だ!? 人のこと散々に踏みにじっておいて、少し脅かしてやったらビビってやがる!! 大したことねえな、リィアの顧問部も!!!」
そのことが滑稽で仕方なかった。河原について、ずっとクラドの顔を思い出してティロは大声で笑った。
「殺ってやるぞ、クラド・フレビス! 何がフレビス家だ、何が誇り高いリィアだ!? 俺には関係ないんだ、だって何もないんだからな!!」
いろいろティロを押さえつけていたものが剥がれ落ちていくようだった。
「もう上級騎士でも、リィア軍でも何でもない! ティロ・キアンなんて本当は存在しないのにさ!!」
ひとしきり笑ったところで、ティロはトライト家を抹殺する計画においていいことを思いついた。
「そうだ、どうせ俺はヒマになったんだから一緒にビスキに行こう。せっかくの旅行なんだから、楽しまなくっちゃな!」
リニアとノチアの抹殺については、用事が出来たなど適当なことを言ってレリミアとライラより早めに出立すれば何とかなるだろうとティロは楽観的に考えた。
「今まで何もいいことなかったんだ。旅行くらい行ってもいいだろ」
ビスキの海岸で遊んで、リニアとノチアを抹殺してザミテスを埋めて、それからクラドもどうにかして殺せば、後は自動的に誰かが自分を殺してくれるとティロは考えた。
「ああ、早く死にたいな! 姉さん、もうすぐそっちに行くからね!」
薬に頼らず、こんなにいい気分になったのは久しぶりだった。早くライラが来ればいいのに、とティロは暮れゆく空を見ながらこれからのことを思い描いていた。
こうして謹慎処分が下りましたが、本人は非常に元気そうです。これから本格的に動く復讐計画で忙しくなるので、気合いを入れてもらいたいものです。
次話、急に「俺も旅行に行く!」ということでライラが頑張ります。
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