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気絶

言及:反乱編第4話「抹消」

 宿舎の裏の一件があってから、リストロは露骨にティロを避けるようになった。一抹の寂しさはあったが、ティロにとっては解放感の方が強かった。ますますティロは自室に寄りつかなくなった。


(どうせ、もうすぐ死ぬし)


 心に溜まる何かに比例して、薬の量は増えた。脅迫が黒字になってから痛み止めを使う回数も量も大幅に増え、勤務のない日は一日中河原で痛み止めと睡眠薬に頼って時間をやり過ごしていた。


 何度もライラに「そんなところで寝てないで私の部屋に来る?」と誘われたが断った。断るたびにライラは悲しそうな顔をしたが、そんなライラの顔を見ると自分が情けないゴミであることが再確認できてティロは安心した。


 しかし、心身がボロボロになっていることに変わりはなく次第に影響が目に見えるようになってきた。他の隊員にも「明らかに顔色が悪い」「一体どうしたのか」と頻繁に声をかけられるようになって、その度に曖昧な返事をしていた。


「別に、何でもないです」


 ついに鍛錬にも身が入らなくなってきた。ひたすら頭が重く、人の話が聞き取れなくなった。上級騎士の隊服を着ているときは剣を持つ手にも力が入らなくなり、まるで自分の身体ではないように感じられた。それでも鍛錬だけは真面目にやりたくて、その日は無理を押して修練場へやってきた。


(せめて鍛錬だけはしないと、俺は生きてる価値がないから……)


 それから何をしたのか、はっきり覚えていなかった。気がつくと修練場の天井を見上げていて、心配そうな他の隊員の顔を眺めていた。


「……大丈夫か?」


 話を聞くと、前触れもなくいきなり膝をついて倒れたとのことだった。側にいた隊員が慌てて仰向けに寝かせたところで急に目を覚ましたという。


「大丈夫です、心配かけてすみません」


 嫌な注目を浴びてしまい、ティロは恥ずかしくて仕方なかった。何事もなく起き上がったので、隊員たちは不審な顔をしながらもティロから離れていった。


 それから何度か、一瞬意識を失うようになった。自分でもわからない間に意識が飛んで、気がつけば周囲に人が集まっていることが続き、ティロは本当に今すぐ自分なんか消えてしまえばいいと勤務の後に痛み止めに頼る日々が続いた。恐喝と薬物の快感だけが今のティロを支えていた。


***


 その日はよく晴れていた。他の隊員と詰所へ向かう際、ティロは意識を失った。


(……またやった)


 急に体中の力が抜けて、気がつくと空を眺めていた。他の隊員が心配そうに覗き込んでいるのがわかり、胸が痛くなった。


「また倒れたのか」


 度重なる出来事に、とうとう筆頭代理になっているラディオが駆けつけた。


「大丈夫ですよ、少し目眩がしただけですから」


 ティロはなるべく顔を見られないように立ち上がった。


「そうは言っても、もう今月入って三回目だ。今日は何が何でも診てもらうからな」

「多分、よく眠れないから……」

「眠れないなら尚更だ。その不眠症とやらが日常に支障をきたすものなら、一度しっかり医者と相談しろ。これは命令だ」


 医者、という言葉を聞いてティロの背筋に冷たいものが走った。


「でも、大丈夫ですから……」


 何とかその場から逃げようとしたが、ラディオが目の前に立ち塞がった。


「俺は効率よく勤務を回していかないと行けない。だから常に隊員の健康には気を配りたいんだ。別に貴様のためではない、勤務のためだ。わかったらさっさと医務局へ行け。そんなすぐ倒れる奴を働かせる余裕はないからな」


 ラディオはティロの逃げ口上を知って、先手を打って逃げ道を塞いだ。


「……承知しました」


 結局、ラディオの監視付きでティロは医務局に連行された。診察のために服を脱げと言われたが、ティロは固まることしかできなかった。仕方なく椅子に座らされて顔色をよく観察され、最近の変わった様子などをティロの代わりにラディオが医師に告げた。


 間もなく医師とラディオは、ティロを診察室に置いてそのままどこかへ行ってしまった。痛み止めを使用することは禁止されていなかったが、勤務に支障が出るほど乱用することは許されていなかった。


「なあ、どうしよう?」


 誰もいない診察室で、落ち着かないティロは「友達」と話すことにした。


(どうもこうもないよ)

(もう、なるようにしかならないって)


「そうだ、そうだよね……自分でもよく頑張ったって思う」


(もう頑張らなくてもいいんじゃないかな)


「へへへ、俺ひとりでここまでやってきたんだから、すごいよな」


(すごいに決まってる、ジェイドはすごい奴じゃないか)


「うん、わかってるよ。俺ってすごいからさ……本当に、バカだよな」


 これからどうなるかは、大体の予想がついた。やがて、医師がラディオを伴って戻ってきた。


「おい、お前針やってるのか?」


 観念したティロはラディオに返答しようとしたが、喉が塞がったように声が出なかった。


(どうしようどうしようどうしようどうしよう)


「質問に答えろ。自分から認めるならまだ俺にも考えがある」


 焦れば焦るほど、声は出ない。全身から嫌な汗が噴き出して、身体も石のように動かない。


(違う、これは本当に違うんだ! 何だってこんなときに、俺は……)


 目の前がぐらぐらと揺れて、座っていることすらできないほど気分が悪くなってきた。


「もう一度聞くぞ、針をやっているのか?」


 それでもティロは動けなかった。一見反抗しているように見えるティロを前に、ラディオはため息をついた。そしてティロの左腕の袖をまくって、いくつもある針を刺した跡を晒す。


「これは何だ? これでもまだ認めないのか?」


 それでもティロは頭の芯が痺れたように動けなかった。ラディオはついにティロの胸ぐらを掴んだ。


「何をやってるんだお前は! この馬鹿野郎が!」


 それから先のティロの記憶は曖昧だった。頭の中が真っ白になって、この叱責が早く終わることだけを願ったような気がした。気がつくと、診察室の隅に座り込んで頭を抱えていた。ラディオと医師がティロを見下ろし、二人で何かを話していた。頬が濡れて強い胸の痛みを久しぶりに覚えたことで、自分が泣いていると気がつくのに少しだけ時間がかかった。


(やっぱり、俺は……頭がおかしいんだ。まともじゃないんだ)


 泣いている自分をどこか遠くから眺めているような自分がいた。ラディオと医師が何か話しているが、何も頭に入ってこない。ただラディオが「こいつは予備隊育ちだから」と言ったことだけがはっきり聞こえてきた。


(もういいよ……俺なんてどうなってもいいんだ……)


 診察室から出されて別室に通されても、頭と心と体がなかなか一致しなかった。何かを口走ったような気もするし、暴れたような気もする。ただわかったのは、このままだと本当の意味で廃人になるということだった。


(わかってるんだよ……やめろって言われて止められるなら、こんなことになってないんだよ……)


 胸の痛みをとるのに痛み止めが欲しかった。何も考えずに眠るために睡眠薬が欲しかった。この苦しみから逃れられるなら、できればひと思いに殺してほしいと望んだ。ただ苦しくて辛くて痛くて暗くて怖かった。


「さっさと死ねばいいんだ、こんな欠陥品はさ……」


 ようやくティロが絞り出した言葉に、ラディオは暗い表情を浮かべた。その顔を見て、やはり自分が消えるべきなのだとティロはただ泣くことしかできなかった。

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