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零落

反乱編第4話「痛み止め」

 ザミテスが査察旅行へ出かけてから、ティロは「隊長に任されてきた」という名目でノチアの不在時に堂々とトライト家に出入りするようになった。レリミアもティロが屋敷に来ることが嬉しくて、リニアの部屋に行く前にティロはレリミアの相手をすることになった。


「ねえティロ、セドナが旅行に行こうって!」

「旅行、ですか?」


 セドナとは、ライラのトライト家での偽名だった。何も知らないふりをしてレリミアの話を聞くのが、ティロは楽しくて仕方なかった。


「うん! 海に行くんだ! お土産いっぱい買ってくるね!」

「それは楽しみですね」


 旅行を楽しみに語るレリミアをティロはある意味微笑ましく眺め、それからリニアの部屋に向かった。リニアは興奮剤がないと精神的に持たなくなってきたようで、薬が切れるとかなり不安定になっていた。


 そしてティロが薬を持ってくるまで自室に籠もり、何かに追われるように震える毎日を送っていた。それでもノチアとレリミアが様子のおかしな母に疑問を抱かないところに、ティロは「日頃の行い」という言葉を当てはめていた。


「お願い、今日はもう……」


 あちこちから借金をしてかき集めた札束を前に、リニアは苦しそうな声を絞り出した。親戚や友人から思いつく限りの借金をしていたが、今回はティロの提示した金額には届かなかった。


「何だよ、これっぽっちじゃもう来週にはこれ以上渡せないな。他を当たれよ」


 既にリニアがティロに支払う金額は、薬代よりも手数料と称した多額の口止め料のほうがほとんどを占めていた。そして巧妙に混ぜ物が仕込んである興奮剤をティロは渡し、リニアには「だんだん耐性がついてくるので量が必要になりますよ」と適当なことを吹き込んでいた。少ない興奮剤は効果が少なく、大量に薬を必要とする。時に混ぜ物だけの薬をリニアに渡しても、気がつかないほどリニアは興奮剤の虜になっていた。


「他ってどこよ……」


 既に「旦那の物わかりのいい部下」の仮面は脱ぎ捨て、ティロは全力でリニアを脅迫することだけを考えていた。


「別にクスリを売ってるのは俺だけじゃない。その辺のクズ共のところに行けば幾らでも売ってるんだが……」


 そもそも興奮剤を扱っている売り場があまりなかった。扱ってる数少ない場所でもかなり高額で取引がされていて、長年この業界に潜っているティロだからこそ何とかそれなりの値段で交渉ができているようなものだった。今の状態のリニアが正直に交渉をしても、足元を見られて何倍も吹っかけられるのが関の山だとティロは思った。


「じゃあどうすればいいのよ!」

「そうだな……お前まだ行けんじゃねえの? 稼いでこいよ」


 ティロは更にリニアを追い詰める段階に入ったとばかり、新たな提案をした。


「稼ぐ? 何を言っているの?」

「は? てめえ女だろ? 女なら女らしく股開いて稼いで来いって言ってんだ。よかったらいい場所紹介してやろうか?」


 ティロの提案を聞いて、リニアのただでさえ悪い顔色が更に悪くなった。


「そんな……そんな恐ろしいこと……」

「ガキ二人作っといて何今更言ってんだ、てめえの価値なんかそんくらいしかねえだろうよ」

「でも、でも私は……」


 そんなはずじゃなかった、というリニアの顔を見てティロは機嫌を良くした。


(何だよ、まだ悲劇のヒロイン気取ってんのかこいつは。もう少し揺さぶってみるか)


「わかった。じゃあ俺がまだいけるかどうか見てやるから、脱げよ」


 ティロの意味ありげな視線を前に、リニアは思わず両手で肩を抱いた。


「それは……でも……」

「いいんだぜ? ご主人様に告げ口しても」


 告げ口、という言葉にリニアはびくりと身体を震わせる。


「わかりました……」


 大人しくリニアは服を脱ぎ始めた。寝込んでいて部屋着であったため、着脱は簡単にできるようだった。


「手伝ってやろうか?」

「自分で脱げます……」


 おそるおそる服を脱いでいくリニアをティロは煽った。


「へっ、何が婦人会だよ。こうなるともうその辺の売女のほうが価値があるってもんだ。あっちのが若いからな」


 わざとらしく「婦人会」の名前を出すと、リニアの目から大粒の涙が零れ落ちた。


「泣いてんじゃねーよ、さっさと全部脱げ」


 ティロはリニアが意のままに動くことを確認する。それはかつて薬欲しさに自分も通った道であり、リニアが全てを支配されている状態に仕上がったことを意味していた。


「全部、脱ぎました……」


 リニアは全ての衣服を脱ぎ去って、腕で胸と股間を覆っていた。


「よし、じゃあ股開け股。隠してんじゃねえよ」

「はい……」


 言われるままにリニアはベッドに腰を下ろすと、ティロに股を開いて見せた。


(こうなったらもう人生終わりだな。ま、人のことは言えないんだけど)


 ティロは何でも言うことを聞くリニアで遊んでみたい気分になった。


「楽しいか?」


 ティロはわざとリニアの顔を覗き込む。


「あ、あの……」

「楽しいかって聞いてるんだ」


 リニアは急いで目を反らすが、すぐに視線を合わせた。


「た、楽しいです……」

「そうかそうか。しばらく使ってねえだろどうせ。あの野郎結構外で済ませてくるだろ?」


 何度か「社会勉強」と称してティロはザミテスに無理矢理そういう店に連れて行かれていた。「俺の奢りだから」と高級娼婦を宛がわれて、困って一晩身の上話を聞いてやったことが思い起こされる。


「……それは」

「あの野郎の所業なら大体知ってるよ。寂しかっただろう、リニア」


 急に優しく呼ばれて、リニアの胸は大きく高鳴った。上気させた頬にティロがそっと手を添えると、リニアもティロの手に自分の手を重ねてきた。


「あ……」

「よかったら俺が慰めてやろうか?」


 ティロが顔を近づけると、リニアは目を閉じてティロを受け入れようとする。その様子に腹の中で大笑いして、ティロはリニアの頬を叩いた。


「何期待してんだバカ。俺はてめえみたいな借金女なんか趣味じゃねえんだよ」


 突然のことに、リニアは目を剥いてティロを見た。


「そんな……」

「でもいいもん見せてもらったよ。その調子ならいろんな男咥え込めるぜ。これで男日照りは解消だ、よかったなあ!」


 ティロが笑顔でリニアの肩を叩くと、リニアは身体を震わせて身を縮めた。ようやく騙されていたことに気がついたようだが、既に取り返しのつかないところへ来てしまった。


「じゃあ、そうやって稼いで来てもらおうか。婦人会の奥方に言い寄られて、騙されない男なんかいないぜ」

「そんな、無理よ!」

「じゃあお得意の婦人会の連中にカンパでも頼んだらどうだ? 俺だって金を積まれりゃ、考えないこともないぜ?」


 それからティロは、次回までに提示した金額を用意できなければザミテスに全てを話すことをリニアに告げた。既にリニアに選択肢は残されていなかった。用意してあった札束入りの鞄を持って、ティロはリニアに背を向けた。


「あなた、こんなことして許されると思っているの!?」


 脱ぎ捨てた部屋着を急いで羽織って、リニアがティロの背中に投げかけた。


「奥様、これが予備隊出身の可哀想なキアン姓ですよ」


 ティロはリニアから当初投げかけられた言葉を忘れていなかった。


「どうです? 参考になりましたか?」


 リニアは顔を真っ赤にして下を向いた。その様子を見るのが、何よりティロの慰めになった。


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