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リニア・トライト

言及:反乱編第4話「痛み止め」

 リニア・トライトは良家の子女であったが、当時勢いのあったトライト家の次男の嫁という肩書きを欲しがった両親により、無理矢理ザミテス・トライトと結婚させられた。「女は家のために結婚させるべし」という価値観を持った両親にリニアは逆らうことができず、結婚相手のザミテスとも仲良くしたいとは思わなかった。周囲の期待から子を持つことを強制され、ノチアとレリミアを産んだがザミテスはリニアを真の意味で気遣うことはなかった。


 特にレリミアを身ごもっていた頃、ザミテスがエディア攻略のため長く家を空けていたことがあった。愛情がないとはいえ、リニアは夫の不在が心細かった。妹が生まれることを楽しみにしているノチアはまだ幼く、母を気遣うまでは至らない。実家へ帰ってもリニアの居場所はなく、挙げ句に「剣士様に嫁いだんだから、長く家を空けるなんて当たり前なのに」「全く、あの子は甘やかして育ててしまった」と説教や愚痴を聞き、嫌な思いをした。しかしトライト家に居場所があるわけでもなく、子育てが一段落した宙ぶらりんのリニアがのめり込んだのは婦人会の集まりであった。


 婦人会には、リニアのように女性だからと言うだけで望まない結婚や出産をさせられた女性が多く集まっていた。ここなら本当の自分が出せるのでは、とリニアは期待した。家柄に左右されず、女性が活躍できる社会を作りたい。それがリニアの当初の願いであった。リニアの熱心な態度に、婦人会の仲間はリニアを褒め称えた。そこがリニアの今の居場所で、決して「トライト家」の一員として自分を見たことはなかった。


 二人の子供は可愛くないわけではなかった。しかし、二人とも大きくなり特にノチアはリニアの言うことを全く聞かなくなってしまった。レリミアもリニアの理想の女性には育たなかった。トライト家において、リニアはいつも孤独だった。その孤独が癒やされたと思ったのは、とあることで知り合った夫の部下と秘密を共有してからであった。彼はいつも優しく、時に強引にリニアに迫ってきた。何か訳ありの彼にリニアが心を掴まされてから、リニアの生活は大きく変わることになった。


***


 取引の場所を裏通りからトライト家に移し、ティロは集金のペースを週に一度から数日に一度に早めていた。リニアの自室で「手数料」の札束が入った鞄を受け取ったティロは不機嫌な声を出す。


「これ以上支払えない、だ?」


 リニアが薬のために会計人を解雇してしばらく立つため、トライト家の懐事情がどうなっているのかはリニアが把握しないといけないところだった。


「だって、もう気がついたらお金がなかったのよ! 本当よ!」


 金銭管理が一切できていなかったリニアにティロは内心で笑いを堪えつつ、ここから更にどうむしり取るか考える。


「そうか、それじゃあ困ったな……ここから先は隊長に直接請求することになりますね」

「それはやめて! あの人は全く知らないの!」


 悲痛なリニアの声に、ティロの卑屈な心は大いに慰められた。上級騎士筆頭の妻が横流し品の興奮剤に手を出した挙げ句、多額の金銭を渡していたことが公になれば大問題になるのは間違いなかった。


「そうですか」


 リニアの青白い顔を見て機嫌を良くしたティロは、敢えて柔らかい笑顔でリニアに迫った。


「それじゃあ、誰かに借りてきてください。あなたくらいの信用があれば、多少の融資は得られるでしょう?」

「そんな、恥ずかしいこと……」


 口ごもるリニアに、ティロは畳みかけた。


「それじゃあ僕への借金は恥ずかしいことでないのですか?」

「いえ、そんなことは……」


 更に小さくなるリニアを、ティロは更に追い詰める。


「別に構わないでしょう。家の修繕をするのに少し用入りだとか、レリミアのことで必要だとか、そういう話をご実家とされてはどうでしょう?」

「でも、それって……」


 今ひとつはっきりしないリニアを、ティロは「その気」にさせることにした。


「それに、もうすぐ隊長が査察旅行に出発しますね」

「だったら何だって言うの?」


 ティロは一歩だけ、リニアに歩み寄った。


「少し二人きりで今後のことを考えましょうか。貴女さえ良ければ、僕の方で何とかしてみようと思うのですが」


 ティロは具体的なことは一切言わなかった。しかし追い詰められているリニアは、ティロのぼんやりした発言を聞いて勝手に意図を読み取った。


「何とかって……薬だけ売ってくれますの?」

「貴女が望むなら、それ以上のことも」


 更に意味ありげに囁くと、リニアの顔が呆けたように輝いた。夫に不満をため込んでいる上に、秘密を共有しているリニアを陥落させるのはたやすいことだった。


(俺はてめえを抱くなんて一言も言ってないってのにな。バカめ)


 心の中で腹を抱えて転げ回りながら、ティロは更にリニアを「その気」にさせるよう囁く。


「僕はずっと奥様のこと、見ていましたよ。親のいない僕を心配して声をかけてくださったこと、本当は嬉しかったんですよ」

「そんな、あなた、ずっとそんなことを……」


(そんなことあるわけねーだろ、バーカ!)


 ティロのその場限りの出任せに、リニアはすっかり乗せられてしまった。


「いつか奥様に恩返しがしたいと思っておりましたが、このような形でお近づきになれて僕は光栄に思ってるんです」

「貴女、それは本当なの……?」


 ティロは明言しなかったが、暗に「情夫になってやる」と受け取っているリニアの頬は上気していた。


「僕が嘘をつく必要が?」


(必要しかないけどな!!)


 キアン姓のティロが後ろ盾を求めてリニアに言い寄ることに不自然なところはなかった。更にその後ろに果てしないザミテスへの殺意があることを見抜いている者は、今のところライラだけである。


 リニアの自室を出て鞄を手にトライト家の屋敷から出るところで、ティロは使用人の振りをしているライラに遭遇した。周囲に誰もいないことを確認して、ティロはライラに耳打ちする。


「これ、門の陰に置いておくから預かってくれ」

「え?」

「俺の部屋隠しておくところ、もうないから」


 ライラは札束の入った鞄とティロの顔を見比べて、ため息をついた。


 それから間もなく、ザミテスが査察旅行へ出立した。数か月かかる長い旅路には、次期筆頭補佐候補の優秀な剣士を連れて行った。しばらくザミテスの顔を見なくていいことになったティロは、少し元気になった気がした。

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