御前試合
全体稽古において、ティロは決勝で無効試合になったことで失格になったはずだった。しかし、この結果を無視できなかったラディオによってティロは今年の御前試合に参加するよう命じられてしまった。
(何だってそんな面倒くさいことを……)
御前試合とはリィア王家の前で年に一度、親衛隊及び上級騎士の精鋭が剣技を披露することで剣技の力量の向上と祖国への忠誠を示すという重要な行事であった。それを頭ではわかっていたが、ティロは心の底から腹立たしいことと認識していた。
まず、ティロはリィア王家に忠誠を誓ったつもりは今までひとつもなかった。予備隊では一応忠誠を誓わされていたが、腹の底からリィアに染まったことはないと断言できた。オルド攻略においても戦ったのはあくまでも自分のためであり、リィアのためなどでは全然なかった。そんなティロが改めてリィア王家に対して忠誠を誓う行事に参加するなど、収まりの悪い出来事だとしか思えなかった。
「いいか、今日は絶対失礼のないようにするんだぞ」
ザミテスからもラディオからも散々説教されて強制的に身だしなみを整えられ、ティロは御前試合に臨むことになった。試合と言っても形式的なものであり、そのほとんどが手合わせの形をとった型の披露に終始する予定であった。
(……懐かしいな)
親衛隊隊長が口上を述べている後ろで敬礼をしながら、ティロはエディアでの御前試合を思い出していた。エディア王家側に座ったジェイドは、姉と一緒に父や叔父に鍛えられた一流の剣士の手合わせを見て「いつか僕もあそこで手合わせをするんだ」と胸を躍らせたものだった。
しかし、こうして御前試合に参加する機会は巡ってきたけれども忠誠を示したい者は皆いなくなっていた。本来は切っ先を向けるべきところに表面だけでも忠誠を誓わなければならないことが、ティロにはひどく不愉快でならなかった。
(リィア王家か……ダイア・ラコスは死んだから息子のヴァシロが一人で頑張ってるんだっけ? 息子が二人と、娘が一人か……順当に行けば、上の息子が王位を継ぐのか? まだ成人したくらいなのに、大変だな)
忠誠について深く考えると気分が滅入るため、ティロは他のことを考えることにした。
(親衛隊か……そいつらと手合わせできるなら光栄なことだ。腕だけなら上級騎士たちよりも格段に上。しかも王様を守るためなら何でもする化け物みたいな連中のはずだ。まあ俺もいずれはそうなるはずだったんだけどな)
しかし、ここで全体稽古のような自由な振る舞いは許されなかった。ティロも親衛隊たちと真面目な手合わせをしたいという気持ちより、面倒な事になる前にさっさと退屈な式典を終わらせたい気持ちが勝った。
前口上が終わり、剣技の披露に入った。事前に打ち合わせがあるとはいえ、技量の高い剣士たちの手合わせは大変見応えがあった。
(流石親衛隊だ、鍛え方も剣のキレも上級騎士クラスとは全然違う。いっぺん本気の手合わせを願いたいものだな)
そうこうしている間にティロが手合わせをする番がやってきた。「くれぐれも余計なことはするな」と事前にラディオに念を押されていた。そして不測の事態に備えるためか、ティロの相手はラディオが務めることになっていた。
「いいか、本当に言われたとおりに動け。わかったな?」
よほどラディオが全体稽古のことを腹に据えかねているのかと、ティロは申し訳なく思った。
(まあ、いいか。言われた通りに動いて、後はのんびり王家でも見物して帰ろう)
それからティロはラディオと進み出て、言われた通りの手合わせを行った。本格的な試合とはひと味違う、完璧な型の披露という実戦とはひりひりした緊張感をティロは懐かしく思った。
(そうだ。ただ相手をぶっ殺せばいいだけが試合じゃない、これが剣に対する礼儀だって父さんがよく言ってたな)
ゼノスの剣筋を思い出しながら、ティロは懸命にラディオと剣を合わせた。どこかから「あれで上級騎士三等か」という声が聞こえた気がしたが、ティロは聞かなかったことにした。
(俺は、俺の剣を持っている。それだけなんだ)
手合わせの後、ティロはラディオと共にリィア王家の座席と対面した。
(王様は、まあそういう仕事だから一生懸命見るよな。でも残りの連中は少し退屈そうだ。姉さんも知らない奴が出てきたら退屈だって言ってたもんな。別に剣が好きでもなけりゃこんなの見たって面白くないんだよな……)
現王であるヴァシロ・ラコス・リィアは父である初代特務部長のダイア・ラコスによく似ていると言われていた。革命思想を嫌悪し、特務部を組織して国を挙げて革命思想を弾圧したダイア・ラコスの駒と世間では言われているが、実際のところはわからないとティロは考えていた。
(偉大なる者の子や孫ってのは辛いんだぞ、なあ?)
ティロはそっとヴァシロの子どもたちに同情した。存在しているだけで恨まれるのが王家の人間の宿命であると思うと、この先彼らがどうなるのか考えたくもなかった。
(もし反乱が起こったら、こいつらはどうなるんだろう……)
そう考えると、あの日離してしまった手の感触が蘇るようだった。そしてその向こうに、ナイフを持った少年も立っている。ラディオに袖を引かれて我に返ったティロは、控えに戻って他の剣士の試合を見ることになった。
(まあ、なるようにしかならないか。俺みたいに)
いくつかの手練れの試合を観戦し、最後に登場したのは親衛隊の中でも一番の実力を持つと言われているリード・シクティスであった。剣士として恵まれた体躯に爽やかな印象のリードが進み出ると、観戦者たちの間からため息が漏れた。リードの登場に、それまで退屈そうにしていた王家の子どもたちも身を乗り出して観戦し始めた。
(けっ、一番だか何だか知らないが、いつだって隠れた一番は俺なんだからな!)
心の中で悪態をつきながらも、ティロは噂にだけ聞いていたリードの試合を目の当たりにするのを楽しみにしていた。
(大体一番一番ってもてはやされている奴が本当に一番だった試しはないんだからな、俺だっていつも苦労して……る……ん……すごいなこいつ)
リードと対峙する親衛隊長の緊張感が伝わってきて、ティロは素直にリードの技量を認めざるを得なかった。
(いいなあ、まずあの気迫がいいよな。俺も手合わせしたいな、完璧な型じゃなくてもきっと応対してくれるだろうな。かっこいいな、俺もああなりたいな)
リードと親衛隊長の手合わせを前にして、ティロは剣士として錆び付き始めていた精神を刺激されたようだった。
(覚えてろよリード・シクティス。何かあってお前と手合わせすることがあったら、勝つのはこの俺だからな)
ティロが謎の宣言を心の中でしているうちに、御前試合は終了した。
「どうだ、お前も勉強になっただろう」
リードの試合を見てやる気が出てきたティロの気持ちを打ち砕くように、ザミテスが話しかけてきた。
(てめえの面は見たくもないんだ、偉そうにするだけしやがって今すぐこの場でぶっ殺してやったって構わないんだかなら!)
「はい、僕も更に精進しなければと思いました」
当たり障りのない顔だけは上手くなった、とティロはやはり心の中で嘆息した。




