無双
年が明けてしばらくして、ティロにとって三度目の上級騎士の全体稽古が始まろうとしていた。
(今年はどうしようかな……)
ゼノスがいない今となっては、上級騎士内でもティロが本気で相手をしたいという剣士はいなかった。どうせ死ぬのであれば昇進などしても仕方ないので、ティロは今年も適当なところで負けることを最初は考えた。
(でもどうせ死ぬなら、思い切って本気を出してみようかな……)
残り少ない命と割り切ってみると、せめてどのくらいの実力がついたのかは客観的に見ておきたいと思った。
(それに、俺は今あいつらからどう見られているかも気になるな……)
最初は一般からの飛び級の昇進、そしてキアン姓ということで奇異の目で見る者がほとんどだったが、上級騎士に在籍して数年が経っている。いい加減剣の実力だけは手放しで認めてほしいと思っていた。筆頭となったザミテスと試合をすることはないので、以前のように怯える理由もなくなった。
(とりあえず、今非常に俺はムカついている。それは間違いない)
いろんなものに対する鬱憤だけは異様に溜まっている。この感覚はトリアス山に出兵する前に非常によく似ていた。
「もう何でもいい、ぶっ殺す」
目標は全員例の必殺の初撃で倒すこと。それ以外は敗北とすると自分勝手な目標を心の中で立てた。
***
こうして行き場のない殺意だけが膨れ上がったティロは全体稽古に臨むことになった。近頃は薬のせいでぼんやりしていることも多かったため、普段の鍛錬も以前より熱心に行っていなかった。そのため、ますますティロは周囲から侮られていた。
試合開始と同時に繰り出されたティロの必殺の初撃は、上級騎士たちに驚きをもって迎えられた。正面で剣を合わせる前に素早く繰り出される低い横薙ぎに対応できる剣士たちはいなかった。
「何だ、あれ」
「見たことない動きだ」
「どうやって受けるんだ?」
(ゼノス隊長は不意打ちのこれを受けたんだ、俺の相手をするならこいつをどうにか受けられる奴じゃないとな)
久しぶりに注目を集めることができたことで、ティロは少し機嫌を良くしていた。そうして順調に試合を重ねていくうちにいつの間にか大勢の観客がティロの試合を見物しにやってきて、例の初撃についてあれこれと話し合っていた。そのことに更に気を良くしたティロは気分が大きくなって、対戦表をろくに見ていなかった。
(ま、出てくる相手全部倒せばいいだけだもんな)
そう軽く考えていたが、修練場で同時に開催される試合の数が減ってきたことでティロも少し周囲を見るようになった。気がつけば見物人の数が増え、ティロの試合を皆が見守っていた。
(勝ち進んではいるけど、これは本当に上まで行けるかもな)
次の試合も初撃で勝つと、観客たちからわっと歓声が上がった。
「ティロ・キアンが勝ったぞ!」
「次は筆頭補佐が相手だ!」
その言葉に、ティロはさっと血の気が引くようだった。
(いや、奴はもう筆頭補佐じゃない。つまり、次の相手は……)
「ラディオ筆頭補佐……」
上級騎士隊筆頭補佐のラディオ・ストローマも、ゼノスと同じく執行部の叩き上げであった。剣の腕だけならゼノスと何とかやり合えるのはラディオくらいだとティロは分析していた。そしてラディオの最大の特長は、剣技にも仕事にも全てにおいて生真面目であることだった。誰にでも分け隔てない合理的な性格がよいと、隊員たちからの信頼が厚かった。
「今日は君の本気を見せてくれるんだな?」
試合の場で改めてラディオと対峙して、ティロはそれまでの勢いが少し萎んだ気がした。
「はい、ご期待に沿えるかわからないのですが……」
「期待ではない、これは命令だ。本気を出せ」
ラディオもゼノスと同じく、ティロがそれまで他の隊員に忖度をしているのかどこか遠慮をしているのを感じていた。そしてティロがゼノスにだけぶつかっているのを見て歯がゆい気分になっていた。
「……わかりました」
ティロはラディオと本気で試合をすることに決めた。ここで勝っても負けてもどのみちゼノスという後ろ盾を失った以上、昇進も何も望める立場ではないことは明らかだった。
(それなら、どうせならきちんと試合しないとな。それに……筆頭代補佐なら俺の初撃を受けられるはずだ。というか、受けてくれ。リィアの上級騎士、そんなんでいいのか? 俺ごときに負けてていいのか?)
試合が始まった瞬間に、やはりラディオは鋭い初撃を警戒しているようだった。
(流石に隙がない……どうやって攻めるか。それとも、崩すか)
ティロの鋭い初撃が出ないことで、観客はざわついた。
「先ほどまでの初撃はどうした?」
様子を伺っているティロにラディオが投げかける。
「あれは、筆頭補佐には勿体ない攻撃です」
「それならどう出る?」
「どうしましょうね……たまには防戦もしてみたいです」
再度の投げかけに、ティロは挑発ともとれる言葉を返した。
「なるほど、そうか」
先にラディオが仕掛けてきた。激しい剣撃を受けながら、ティロは心が躍った。
(動きに無駄がないし、挑発にも完全にかかっていない。それどころか、勝ちを取ろうとしている。どうする? どう勝つのがいいんだ?)
勝つ手はいくつも考えられた。しかし、筆頭補佐を相手にこの場でどのような勝利を収めるかまでは計算していなかった。
(純粋に勝ちに行くのは簡単だ。だけど、相手は筆頭補佐だ。キアン姓ごときの俺はどうしたらいい?)
心が決まった。ラディオの剣を受けながら、一度間合いを空けた。上段に構えたところで相手が踏み込んできた。そこで急に低い位置まで剣を落として相手の空振りを誘い、すくい込むような一撃を放った。
「なっ……!?」
見たことのない型にたじろいだものの、一撃目はラディオも何とか耐えた。しかし、その後も繰り出される見たことのない型に対応できず、ついに防御が崩れた。
(すごいな、あれだけの間にあの型に対応するんだ)
予備隊時代に、夜中に一人で散々鍛錬した必殺技が日の目を見るときがきた。大体が剣豪小説の荒唐無稽な必殺技か、様々な剣術書の組み合わせだった。そのまま名前も型も決まっていない必殺技で崩れた筆頭補佐の動きをティロの剣は捕らえた。
「流石だ、ティロ・キアン」
水を打ったように静まりかえった修練場で、膝をついたラディオの声だけが響いた。
「なんだ、今のは?」
「見たことない型だぞ……」
次第に、ざわざわとさざ波のように今の試合に対する見解が溢れてきた。
「あれは正式な試合になるのか?」
「認めていいのか? あんな剣を……」
「筆頭補佐も、何か言えばいいのに」
荒唐無稽な技を使用した試合に、無効を求める声があがった。
「ありがとうございました、失礼します」
ティロは何かの追求を受ける前に、逃げるように修練場を後にした。
(これで俺は本気で試合をして、筆頭補佐には花を持たせられたかな……)
本人からの異議もないため、その場でティロとの試合は無効扱いとなった。実質不戦敗になったティロの意図を察して、ラディオは戦慄した。
「勝とうと思えば正攻法で勝てたはずだ。まだ底が見えないっていうのか、あいつは……」
普段は隠しているティロの殺気を存分に浴びて、試合でなければ命を取られていたのではないかとラディオは背筋が凍る思いであった。




