贈り物
その年もかなり押し迫り、新年の祝いの準備をする人々で通りは賑わうようになった。家族や友人と楽しく過ごす新年の祝いは、ティロにとって面白くない物のひとつであった。
(新年だろうがなんだろうが、別に変わりはしないのにな)
もちろんそれは僻み以外の何物でもないことはティロもわかっている。たくさんの親族に囲まれる新年の祝いが昔は大好きだったはずだ。その後に行われる王室行事や新年の全体稽古など、新年の雰囲気そのものが特別であるとティロは当時感じていた。
例年、新年の祝いの夜は里帰りしている兵士たちの穴を埋めるために勤務にあたることになっていた。コール村でも例外ではなく、新年の祝いに各隊員は故郷へ帰ったり家族で過ごしたりする。家族がいないことは皆に話してあったので、ティロは「俺のことは気にするな」と結局ひとりでずっと門番を引き受けていた。
(里帰りか……俺にはもう帰るところなんてないからな……)
常に見ない振りをしている「郷愁」という感情を嫌でもかき立てられるため、ティロは新年の祝いの期間が好きではなかった。エディアは無理でも、せめて予備隊で一緒だった仲間に会いたいと例年淡く思い出す。しかし、その願いは楽しそうな喧噪にいつも吹き飛ばされていた。
***
その年の新年の祝いの夜も、ティロにとっては普段の日常と何も変わらないものだった。ただ、里帰り期間により隊員が大幅に減り限られた中での警備隊員の管理や、普段とは違う浮かれた街の様子のせいでいつもより事件が多いことが不満と言えば不満だった。
(まあ、連休が終われば後は帰ってきた奴と交代するだけだ……)
ティロは里帰りしている隊員たちの代わりに連日勤務に当たるため、新年の祝いの期間を過ぎた後は例年長めの休暇をもらうことになっていた。その休みも特にすることがないため、ひとりでひたすら修練するか河原で時間を潰すくらいしかすることがなかった。それはそれで惨めであり、ますますティロは新年の祝いの期間が嫌いだった。
その年の最後の日、夕方からの一般兵の詰所の見回りを一通り終えてからティロはリィア軍本部へ戻ってきた。リストロを初め、実家が遠くにある者は先日より帰省している。首都に住んでいる者も夕方までは残っていたが、その多くが家族の住む家へと帰っていた。トライト家でも夜は友人たちが集まってくるようで、ザミテスは昼過ぎにさっさと帰ってしまっていた。
(全く、いいご身分だよなあ……)
例年、これからの時間に勤務している者はたいてい独り者であった。一般兵のときは詰所で顔を合わせたこともない老年の一般兵から酒をもらった記憶がある。彼が言うには「適当に働いて飯が食えれば御の字だ」ということであった。そう言って酒を呷る彼を見て、自分もそうなるのだろうとティロはぼんやり思っていた。
今夜は本部で朝まで待機の予定であった。そのうち外が騒がしくなり、いよいよ新年の祝いが本格的に始まったとティロは思った。完全に日が暮れてからが祭りの本番であり、各所から「新年おめでとう」の声が聞こえてくる。
そんな気配から逃げるように、ティロは上級騎士の本部の隅で小さくなっていた。煙草が吸いたくてイライラしてきた頃、不意に声をかけられた。
「毎年それでつまらなくないか?」
ティロがドキリとして顔を上げると、ラディオ筆頭補佐がそこにいた。
「別に、楽しくもつまらなくもないです。いつもと同じです」
キアン姓で予備隊出身のティロがこの時期に居場所がないことを、ラディオはしっかり把握していた。そして、ティロが自分の気持ちを正直に伝えないだろうこともわかっていた。
「それなら特別任務だ。今から隊服を脱いで、気晴らしをしてこい」
「で、でも……」
ティロはラディオが何を提案したのかよくわからなかった。
「祝いの期間はまだあるから、休めるときに休め。今日のところは俺が入るから、心配しなくていいぞ」
「え、でも、僕なんかのために、そんな」
遠慮するティロの背中を、他の隊員たちも押す。
「別にお前ひとりいなくても十分回せるさ」
「何のために毎日鍛錬していると思ってるんだ?」
「そんな辛気くさい顔してないで、たまには外の空気でも吸ってこい」
断るに断れなくなってしまったティロは、そのまま朝まで休暇の扱いになることになった。
(でも……休暇って何すればいいんだ?)
この時間からひとりで鍛錬はしたくなかった。かといって、街中を歩き回るのはもっと嫌だった。とりあえず隊服から着替えて宿舎の外に出たけれども、居場所は余計なくなった気がした。一刻も早く誰もいない場所へ行きたくて、ティロはいつもの河原を目指すことにした。
「新年おめでとう!」
「新年おめでとう!」
初春の夜はまだ寒く、道を行き交う人々は外套を着込んでいた。飲食店からは賑やかな声が聞こえてきて、通りのあちこちから幸せがあふれ出ていた。
(おめでとうを言う相手がいるのはいいなあ……)
支給品の外套の襟を直しながら、おめでとうを伝えたい人の顔をティロは思い出す。思い浮かべる面々は大体故人であった。それか、生きていても二度と会えない世界の住人になっている。
(……今日はトライト家にいるんだっけ)
唯一、おめでとうを直接言える人物をティロは思い浮かべる。ライラはトライト家の来客のため、一晩中給仕をすることになっていた。その代わり心付けをもらうということで、本人は少し浮かれているようだった。
(新年の祝いなんて、場所がトライト家だろうが大体楽しいもんだろうしな……)
たくさんの人が来て賑やかに飲み食いしているところが、ティロも昔は好きだった。しかし、今では余計孤独を感じてしまうので避けられるなら避けたいところであった。そのことでリストロから説教されたこともあったが、会が終わった後の疲労を考えると怒られている方がマシであった。
ようやく河原に辿り着いて、ティロは呼吸が楽になった気がした。夜の冷たい空気が肌を刺し、街の喧騒を忘れさせてくれるようである。
「……何かあるな」
河原の中程の、いつも座っている場所に小さな箱が置いてあった。この箱を置ける人物を、ティロは今のところ一人しか知らなかった。開けてみると、中には手紙と焼き菓子がいくつか入っていた。
新年おめでとう。またきっと会いに行くからね。あなたのライラより。
そっけない文面であったが、十分ライラの気持ちは伝わってきた。不意に彼女を抱きしめたいと思ったが、やはりこんな自分が彼女を抱くことはできないとティロは思い直す。
それから座り込んで、訳もわからずしばらく泣いた。嬉しいのか悲しいのかよくわからなかった。今泣いているのは、結局ひとりで寂しく新年の祝いを過ごさなければならないからだと思うことにした。
気持ちが少し落ち着くと、焼き菓子の半分を猫2の墓に供えてティロは今年の展望を語った。
「なあ猫2。今年こそ、俺はあいつらをぶっ殺す。それから多分、お前のところにいくと思う。そしたら俺の犬を紹介してやるよ。キオンとスキロスって言うんだ。デカくてちょっと怖いかもしれないけど、いい奴だから心配するな。ああ、会いたいな。お前にも、あいつらにも」
新年の夜は静かに更けていった。これが最後に迎える新年になると思うと、ティロは更に計画を進行させようと改めて心に誓った。
主に復讐計画中のティロの日常を書いたつもりでしたが、全然日常でないですね。ますます情緒不安定に拍車がかかっています。
次話、新年ということでゼノスのいない全体稽古や査察旅行の計画が上がってきます。
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