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特殊な理由

積怨編 第5話「姉の形見」

 トライト家でライラに前髪をばっさり切られたティロは、久しぶりに素顔を晒すことになった。


(ううう……嫌だなあ……)


 ライラに細かい毛を払ってもらい、ティロは立ち上がる。


(もう嫌だなあ。地震とか火事とか起こって、この場から全力で逃げてもよくなればいいのに)


 今まで顔の前にあったものがないと非常に落ち着かないし、視線をどこに向ければいいのかよくわからない。散髪の後片付けをするライラを置いて、ティロはレリミアに連れられて食堂へ行くことになった。


「お父様! ティロが髪を切ったんだよ!」


 前髪のない世界で見るザミテスは、更にティロの憎悪をかき立てた。


「どういう風の吹き回しだ? ゼノスにも逆らっていたお前が何故?」

「あのね、私が頼んだんだよ!」


 レリミアが胸を張ると、ザミテスは何やらレリミアを褒め始めた。その前でティロはどう表情を作っていいかわからなくなっていて、ただ引きつった笑顔を続けていた。


 それからいつもの通り食卓に座らされた。その時、ティロはザミテスに何度も顔を覗き込まれていることに気がついた。


(何だよ……俺の顔覚えてんのか?)


 月明かりとランプのみだったが、ティロは仇となる三人の顔ははっきりと覚えていた。しかし、三人が慰み者にした姉弟の顔をよく覚えているとは思えなかった。


(でも今更はっきり覚えてるってことはないだろう。もししっかり覚えていたなら、髪を切る前からもっと動揺しているはずだ……それに、奴らは俺を死んだと思っている。思い出したところで、他人の空似としか思わないだろうな)


 試しにティロがザミテスの顔を覗き返すと、ザミテスは何食わぬ顔で話しかけてきた。


「どうしたティロ? 何かあったか?」

「いえ、何だか落ち着かなくて……」


 ティロは慌てて誤魔化したが、このやりとりでザミテスがかつて殺した姉弟の顔をはっきり覚えていないことを確信した。


(多分、どこかで見た顔だくらいは思ってるのかもしれないけどな。せいぜい今のうちに珍しがっておけ)


 それからいつも通り食事をして、レリミアに懐かれたのを振り切ってトライト家を後にした。河原に向かいながら、どうライラにこの不愉快な事態を切り出すかをティロはじっくり考えることになった。


***


 その日の夜、河原にやってきたライラを見つけるなりティロは怒りをぶつけ始めた。


「あのな、一体これはどういうことなんだ!?」


 想像以上に機嫌を損ねているティロを前に、ライラは驚いていた。


「え、でも、すごく似合ってるよ……?」

「そういう問題じゃない!!」


 ようやく不満を口に出すことができて、ティロは久しぶりに誰かに怒りをぶつけたような気がした。


「いや確かに任せるとか言ったけどな、勝手に人の髪の毛を切るのはどうかと思う!」

「それは謝るよ……でも、どうしてそんなに怒ってるの?」


 怒っている理由を問われ、ふとティロは我に返った。


(何で俺、怒ってるんだろうな。髪切られたくらいで怒るなんて、普通思わないんだよな。やっぱりダメになってるんだな、俺は)


「ああ、これは事前に話さなかった俺が悪いのかもな」


 急に湧き上がってきた自己嫌悪にしゅんとして、ティロは答える。


「自分の顔が嫌いなんだよ、わざと隠してたんだ」


 そう言葉にすると、また自分がひどく惨めでちっぽけなものになったような気分になった。


(どう考えても俺がおかしいのに、それが当たり前みたいになっていたなんて一体俺は今まで何を考えていたんだろう。髪ぐらいみんな切ってるのに……)


 はっきり落ち込んでみせると、ライラも更に申し訳なさそうにする。


「本当にごめん……そんな風に思っていたなんて思わなかったから」


(そんなに謝られると、俺の心が狭いみたいで嫌だな……)


「私の知ってる人も自分の顔が嫌いって言ってたけど、本当にそんなに思い詰めるほど嫌いなのね」


 ライラの知人とはどんな人なのかティロは気になったが、自分の顔が嫌いな奴にろくな奴はいないだろうと勝手に親近感を覚えた。


「へぇ、そいつとは気が合いそうだな……そいつはどうだかわからないけど、俺はなんて言うか……自分の顔が嫌なんじゃなくて顔を見るのが嫌っていうのかな、ちょっと特殊かもしれない」


(ずっと見ていていいなら姉さんの顔は見ていたいような気もするけど、自分の顔を覗き込んでニヤニヤする趣味はないし、でも俺が好きな顔はやっぱり俺の顔だし、だから顔そのものが嫌いっていう奴の感覚はよくわからないんだよなあ)


「特殊?」

「うん……死んだ姉さんに似てるんだ。血が繋がってるんだから似てるのは当たり前なんだけど、姉さんを思い出すと苦しくなることもあるからあんまり見たくないんだ」


 言葉にすればするほど、姉への想いが深まる一方で自分の特殊な生い立ちを直視することになった。この説明でライラにどう思われたのかティロは不安に思ったが、彼女は思った以上に深刻な事態を受け止めていた。


「そうだったの……本当にごめんなさい」


 ライラも気落ちしたように再度謝った。


(そんな顔されると、俺がいつまでも拗ねてるわけにはいかないじゃないか)


「でも、いつまでもそんなこと言ってられないからな。これはこれでちょっと吹っ切れたよ」


 実際、姉のことを思い出すことは増えていた。その度に落ち込んでもいられなくなってきたのは間違いのないことで、前を向くために髪を切ることは必要なことなのだろうと思うことにした。


「そう言ってもらえると……よかったらお姉さんのこと教えてくれない? だってお姉さんの仇討ちなんでしょう?」


 ライラから姉のことを切り出されて、ティロはとても後ろめたい気分になった。しかし、ライラの言うことにも一理ある。


(何を一体どこまで話せばいいんだ……? でも、確かに話をしないほうが不自然だし……)


 姉のことを思い出すと、辛い記憶も蘇るが同時に楽しかった日々も思い出される。今は姉の美しかったことだけを思い出そうと、ティロはライラに向き直った。


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