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方針

 リニア・トライトを薬漬けにしてトライト家の財産をむしり取るというティロの計画を、ライラは河原で聞いていた。


「……最悪ね」


 ライラはティロの作戦を理解して、ため息をつく。しかし、ライラも人を人と思わないリニアにはあまりいい感情を抱いていなかったため、ティロの計画に協力することに罪悪感はあまりなかった。


「そのために今何を使うかいろいろ考えててさ……大体の方針はまとまってるんだけどね」

「何をやりたいのかはわかったよ」


 ライラはティロが何らかの薬物によって酩酊状態になっていないといられないのはよく知っていた。初めて出会ったときは完全に酔い潰れていたし、その後も酒や煙草を欠かさない姿を見て身体を心配した時もあった。その度に「俺は欠陥品だから」と心を閉ざすティロにライラは何も言わなくなっていた。


「うん、それが……初期投資がちょっと……それでその……」


 それまで明確に作戦を語っていたティロが急に口ごもり始めた。


「何よ」

「後で倍以上にして返すからさ……ちょっと融資なんか……」


 つまり、いつものように金を貸してくれというのを歯切れの悪い言葉からライラは読み取った。


「ダメよ、どうせ自分の分に消えるんでしょ」

「なんだよ、人殺しと脅迫の手伝いはするくせに金貸してくれないのかよ!?」

「アンタに金貸したら絶対ろくでもないことにしかならないじゃない」


 ティロの手助けはしたいと思ったが、金を貸した瞬間何に使うかわからないティロにこれ以上金を貸したいとライラは思っていなかった。


「はぁ!? だから後で返すってば! 回収できたら! 流石に今の俺の稼ぎでもどうにもならないんだって!」


 急に子供っぽく喚き散らすティロに、ライラはあきれ果てる。


「じゃあまずアンタの分を減らしなさいよ……どうせ前より増えたんでしょう? せいぜい睡眠薬なら買ってあげるから」


 それについてティロが返す言葉はなかった。針を始めてから格段に薬の量も飛んでいく金額も増える一方で、上級騎士としてもらっている報奨でもやっていけるかどうかの瀬戸際になっていた。


「言ったな! じゃあ眠剤は買ってもらうからな! 真面目に高いんだよ、アレは……」

「それで、何を使うつもりなの?」


 取り付く島のないライラからの融資を諦めて、ティロは改めてトライト家の脅迫の計画を話し始める。


「興奮剤。戦争で兵隊に使うと痛みも忘れて寝ないで戦うっていう、アレだ。しかしこれは高い」


 それはオルド攻略の際、ティロはシンダー連隊長からもらっていた薬だった。ティロも興奮剤を使用したが、元から不眠症のティロには「疲れず寝ないで戦える」という利点がそれほど魅力的に思えなかった。


「あんたがいつも使ってるのじゃダメなの?」

「俺のは痛み止め。これも戦争で使うんだけどさ……痛みや恐怖を取ってくれるけど、寝ないで戦うみたいなところまではいかない。ただ恐怖を感じなくさせるのはこっちのほうが強い」

「どう違うの?」


 ライラの疑問に、ティロは今回の計画の核心部分を切り出した。


「痛み止めは対処療法みたいなもので、興奮剤は興味本位で手を出してもハマりやすいってところかな。例えば戦争とか貧困とかで死にたくなってる人なんかには痛み止めが有効で、何となく世の中面白くないなという奴には興奮剤のほうがより効きやすい。ああいう世の中舐めた奥様たちなんかにはちょうどいい代物だ」


「ただ興奮剤のほうが需要が少ないせいか、流通が少ない。あと多少高い方が他所で買いにくくなる分、窓口が俺だけになって金が入りやすい」


「ついでに、ろくでもないことになったら口止め料もたんまり請求してやる。そこまで行けば、あとは口先ひとつで馬でも家でも買えるだろうさ。なにせ婦人会のご立派な奥様だ、外面が良い奴ほどこういうのにはどんどん嵌まっていくはずだ」


 それは幾重にも巧妙な恐喝であった。本気でティロがあるだけ財産を搾り取る気であることをライラは感じ、背筋に冷たいものが流れた。


「悪い奴ね、あんた……」

「何とでも言え。開き直った俺は何でもやるぞ」


 ライラはふと酒瓶を抱えて路上でくだを巻いていたティロを思い出した。その時からかなり何かに追い詰められているとは思っていたが、ここまで複数人に明確な殺意を抱くまで追い詰められているとは思わなかった。


「それで、どうやって最初の薬を渡すの?」


 計画を語って気が大きくなったティロはライラに向き直る。


「きっかけなんか何でもいいんだ。元気になりますよとか、頭が良くなるらしいとか、痩せるとか。どうせバカなんだろうから適当なこと言えば信じるさ。その辺は君に任せるよ、そういうの得意だろう?」

「人のこと言えないけど、あんた私のことどう思ってんのよ……」


 ティロはライラの追求を聞かなかったことにした。


「具体的にはこうだ。君が屋敷に慣れてきた頃、あのクソ女に興奮剤を渡す。興奮剤を試して、効果が出てきたら追加でいくつかあげる。あの女のほうから問い合わせが来たら俺に繋ぐ。後は任せろ」

「改めて聞くと、ものすごくえげつないわね……」


 ティロに任せた結果がどうなるのかを想像して、ライラは戦慄する。ライラも薬に溺れて廃人になっていく者たちをよく見ていた。その恐ろしさに自分は薬にだけは手を出さないようにしようと、常々思っていた。


「基本方針は『死ぬより辛い目に合わせる』だからな。財産毟るくらいかわいいもんだ」

「それ以上は……今は聞かないでおくわ」


 ティロの方針を前に、ライラはとりあえずの話をそこで打ち切ることにした。


「そこでクソ女を廃人にして財産を巻き上げて、俺を挑発してきた息子の方は望み通りどうにかぶっ殺してやる。そんで奴はいずれ生き埋めにする。今のところはそれくらいだ」

「お嬢様はどうするの?」

「それなんだよな……」


 ティロもレリミアの処遇は決めかねているようだった。


「ムカつくと言えばムカつくが、彼女が何か邪悪かと言われると俺も自信がない。強いて言うなら『あいつの娘だから』ってことなんだけど、流石にそれは理不尽すぎるからな」

「そうね……とりあえずムカつくのは同意するわ」


 ライラもトライト家に潜入して、レリミアの幼さに辟易しているところだった。


「まあ、彼女についてはまだどうするかはちょっと考えていない……それは追々考えるとして、まずは資金繰りが少々不安なんだが、やってみるしかないな」


 そう言いながら、ティロはライラに手を差し出した。


「何よその手は」

「さっき言ってただろ、眠剤代」

「バカ!」


 ライラはその手をたたき落とした。


「……わかったよ、自分で何とかするよ……」


 ティロは拗ねて見せたが、ある程度心の内を明かしても気兼ねのないライラと話せていることが嬉しくて仕方がなかった。その後ライラは河原を後にして、ティロは夜空を見上げながら今後のことについてあれこれ考えた。


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