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潜入

言及:積怨編第4話「そもそもの話」

 ライラにトライト家の話をして彼らの抹殺を決意してから、ティロの死にたい気持ちはかなり小さくなり、身体的にも随分楽になった。


(不思議なもんだな、あれ以来少し身体が軽くなった気がする)


 あの後河原から戻って、ティロは勤務へ向かった。久しぶりに頭と身体と心が一致したような、清々しい気分であった。


(それにしても……俺は死にたくて仕方なかったっていうのに、誰も俺を気にかけてくれなかったな。薄情だな)


 そう思うと、河原で感じたライラの優しさが一段と身に染みるようだった。


(こんなどうしようもない俺でも拾ってもらったんだ、しっかりしないとなあ)


 ライラに自分の心境を語っただけで特に何が変わったわけでもなかったが、それでも自分の気持ちを誰かに打ち明けることの大事さをティロはひしひしと感じていた。


(でも……全部本当のことを言うわけにはいかないからな)


 ライラにエディアのことを語れなかったのは、正体の露見を恐れたということの他に、彼女がエディアという地を嫌悪しているからであった。彼女の前では事情のある哀れなキアン姓でいようとティロは腹を決めていた。


(とりあえず、俺は今の俺に出来ることをやっていくしかない)


 それからは、また世界が一段と輝いて見えるようであった。再び話をよく聞き取れるようになり、呆れられるような失敗もしなくなった。それでも週末にトライト家に行くのは憂鬱で、全身に冷たい水を浴びるような気分だった。トライト家への訪問がないと後でザミテスに何を言われるかと思うとより憂鬱で、ティロは嫌々トライト家へ通っていた。


 その日も、中庭でティロはノチアの上達しない剣技に付き合っていた。平静を装っていても、心の中ではザミテスをどう不幸にするかばかり考えていた。そして、そんなことを考えてしまう自分が本当は嫌だった。


(どうしてこうも俺は不幸なんだろうな……ん?)


 見覚えのある赤い髪の女性を見た気がした。それは2階の、レリミアの部屋のあたりにいたような気がした。レリミアはたまに窓から稽古を眺めていた。ティロは他にすることはないのだろうかと思っていた。


(いや、確かに彼女はトライト家に入り込むと言っていたけど、まさか、な?)


 ライラのことが非常に気にはなったが、なるべく見ないようにしてノチアの相手をした。それから相変わらずの形だけの稽古を終えて味のわからない食事をして、ティロは一刻も早く帰るタイミングを見計らっていた。


「ティロ、また来週も来てね!」


 14歳と思えないほど幼いレリミアに苛ついていると、例の赤い髪の女性がレリミアの元にやってきた。


(間違いない。何をやってるんだこいつは)


 女性はどこから見てもライラだった。ライラはあくまでもレリミアに付き添っているようだったが、ティロには自身の存在を知らせているように感じた。


「あ、セドナ。この方は、兄様の剣の稽古をなさっているの」


 レリミアはライラをセドナと呼んだ。これも偽名のひとつなのだろうと、ティロはあまり気にしないことにした。


(そもそもライラだって、俺の姉さんの……いいやもう。この件について考えるのは止めよう)


「初めまして。ノチア君の剣技の指導をしていますティロ・キアンです」


 全然初対面ではないのだが、ティロはトライト家で被っている仮面を外さずライラと接する。


「こちらこそ、いつもお嬢様がお世話になっています」


 ライラ、もといトライト家の新しい女中のセドナはティロに挨拶をする。このとき、ティロはライラと秘密を共有する者として非常に心強さを感じた。


「それではそろそろお暇しますね」


 ライラの姿を見たことで少し気分は軽くなったが、トライト家にいる間の嫌な空気からティロは早く解放されたかった。


「ティロ、また来てね!!」


 子供のように腕をぶんぶん振るレリミアに愛想笑いをして、ティロはトライト家から逃げるように立ち去った。


「あいつ、本当にトライト家に潜り込みやがった……でもおかげで、できることが増えるな……」


 如何にしてトライト家を破滅させるか。ティロの関心は、今はそれで一杯だった。


***


 その夜、ティロが星を見上げながらこれからのことを考えていると、ライラがニヤニヤしながら河原へやってきた。


「まさか本当にトライト家に来るなんて……」

「ふふ、びっくりした?」


 隣に座ったライラは、革命を起こそうと無邪気に笑ったときと変わりがなかった。


「するに決まってるじゃないか。何だよセドナって」

「偽名に決まってるじゃない」


 ライラは事もなげに胸を張る。


「大体ライラだって偽名じゃないか」

「いろいろあるのよ、私にも」


 その「いろいろ」に対して、いろいろ突っ込まれると都合が悪いのはティロも同様であった。


「……まあ、人のことは言えないか」


 偽名についての話題が流れたことで、ライラは申し訳なさそうに切り出した。


「それよりも……大変だったわね」

「何が?」

「だって、その……あんなの……ひどい」


 ライラは改めてティロの置かれた状況を目撃して、自身まで吐き気を覚えるような感覚を覚えていた。ザミテスを初め、トライト家の人間はティロを対等な人間として扱っていなかった。それは使用人たちも同じで、客人ではなく「ノチアのための道具」とみなされていた。


 それに、数日トライト家に仕えただけでティロの言う「家族ごっこ」は大体理解できた。ライラも家族というものを直に経験したことはなかったが、それでもこの家族が娘以外は互いを信用していないことはよくわかった。


「それで、これからどうするの?」

「どうしようかな……ザミテスをぶっ殺すのは確定として、残りの連中をどうするか、だよなあ……」


 ティロの頭の中に、ザミテスを殺す過程はぼんやり描かれていた。


「最低でも生き埋め、最悪でも生き埋め。これは譲れない」

「別に誰も遠慮しないわよ」

「いや、俺としては生きたまま焼くとか皮を少しずつ剥いでいくとか手足をどんどん刻んでいくとか、そういうほうが派手かなあとかいろいろ考えているんだ」

「見た目の問題なの?」

 

 殺害計画に謎のこだわりを見せるティロにライラは呆れた。


「見た目は大事だぞ。生き埋めだってな、死ぬほど辛い目に合ってるっていうのにみんな俺の閉所恐怖症には冷たいんだ。火事で火が苦手とか水の事故で水が怖いとか、そういうのは何か優しくしてもらえるのにな」


 ライラは半地下の連れ込み部屋にすら入れなかったティロを思い出していた。


「それは……でも、生き埋めにされたっていうなら私はとっても可哀想だと思うよ」

「まあな。生きてるならあの経験だけはしないに越したことはない」


 ティロの心は一気に穴の中に戻っていた。姉の遺体に降りかかってくる土、そして非常な殺人者。全てが悪夢ではなく現実であった。


「ただ、いきなり奴が消えたら少なくとも上級騎士内は大騒ぎになる。息の根を止めるのは時期を見た方がいい。まず敵を討つためには戦力を分散させる、そして敵の補給物資や資金など活動に必要なものを叩くことも重要だ。つまり……」


 ティロはトライト家に対して日頃の思い、鬱憤、憎悪を全てぶつけるような行為について考え、ある程度の筋書きを描いていた。


「奴の財産を全部ぶんどる」


 発言の内容に反して、ティロの声は朗らかであった。


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