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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
上級騎士編 第6話 剣技の師
133/210

取り繕い

リンク:積怨編第3話「個人稽古」「家族」

 トライト家の中庭で、ザミテスの息子のノチアが見守る中ティロはザミテスと手合わせをすることになった。


「それじゃあ、早速」


 何かを考えていては様々な感情が溢れてきそうだったので、ティロはさっさと手合わせを終わらせることにした。


(ぶっ飛ばすだけなら簡単だけど、今はそれが目的じゃない。どうする!?)


 数度剣を合わせて、ティロはこの手合わせの落としどころを考える。


(要はこいつに俺は有能だって思わせればいいんだ。つまり、すっごく綺麗なリィアの型を見せることが最終到達地点だ。俺の知っている最高にかっこいいリィアの型と言えば……)


 自然と模擬刀に力が入った。リィアの型で思い出すのは、ゼノスの直線的で力強い剣筋だった。


(俺はゼノス隊長の剣が好きだった。どこまでも剣に正直で真っ直ぐで、そう簡単に折れない精神力も好きだった。それなのに、なんでこいつが……)


 ますます剣に力が入った。あまり力みすぎるとボロが出ると思ったが、先にザミテスが剣を降ろした。


「……もういい。これでわかったろう、ノチア」


(根気がねえな、隊長やるんだから俺くらいぶちのめしてみせろよ。まあ別にいいけど)


 ティロも模擬刀を下ろし、ザミテスに倣う。


「うん、父さんを圧倒するなんて、すごい」

「それではちゃんと言うことを聞いて、強くなるんだぞ」

「はい、父さん」


 ザミテスは模擬刀をノチアに手渡した。


「それでは昼まで頼む。その後は食事にしよう」


 そう言ってザミテスはノチアをティロに任せると、さっさと屋敷へ引っ込んでしまった。残されたティロはノチアを前に更に気が重くなった。


(はぁ……あいつがいなくなったのはよかったけど、これからどうすればいいんだ?)


 改めてノチアを見る。息子というだけあってザミテスによく似た顔をしている。しかしザミテスと違って、根拠のない自信のようなものがなくどこか全体的におどおどした印象を受ける。


「それでは、剣の持ち方からもう一度やりましょうか」


 ザミテスのことは抜きにしても、剣技で悩む若者がいたら何とかしてやりたいとティロは思った。


(さて、このガタガタの型をどう修正していくか……俺はしばらくこいつをまともな剣士にしてやることだけを考えよう。そうすればこの地獄も……)


「正しく持てば、強くなりますか?」


(はあ? ふざけてんのかこいつ? 教えを請う態度じゃねえぞ?)


 ノチアからの挑発のような質問にティロは内心で毒づきつつ、必死で張り付けた笑顔のまま答える。


「何事も基礎が大事ですからね。特に持ち方がなっていないと、真っ直ぐに振り下ろすことも出来ずに曲がってしまうこともありますよ」

「でも、そんなに変に持ってないと思うけどな」


 ティロの笑顔がより引きつった。ザミテスのことを抜きにしても、この生意気な若者にものを教えるのが嫌になった。


「では構えてみてください……その構えですと腕を曲げたときに身体が傾いてしまうんですよ」


(おい、上級騎士隊筆頭の息子がろくに剣も持てねえってどうなってるんだ!? 第一こいつ士官卒だろう!? なんで今までやってこれたんだ!?)


 不服そうなノチアに剣の持ち方から指導しながら、ティロは彼の人生を想像する。


(最近士官学校を卒業したなら今は19歳ってところか、若いな。俺19歳の頃何してたかなあ)


 ティロは自分のことを思い返す。


(19歳は……そうだ、コール村に行ったんだ。その前もトリアス山だの一般兵だの……)


 今までのことを振り返り、改めてノチアを見ると非常に面白くなくなってきた。


(いいなあこいつは。あんな奴でも親がいて、飯に困らなくてずっと剣技やってりゃよくて。俺なんか、俺なんかなあ)


 リストロを前にしているときよりも激しい僻み根性が湧き出てきたのを、ティロは剣に集中することで何とか振り切った。


「とにかく、今日は持ち方と素振りを集中して見ていきます。本格的な手合わせはまた今度にしましょう」


 そう言ってティロはノチアにひたすら素振りをさせることにした。ノチアは嫌々素振りを始める。


(まったく、贅沢な野郎だ。俺は剣さえ持てれば何でもいいと思った時期もあったんだけどな)


 ノチアを見ていると惨めな頃を思い出してしまい、ティロはもう帰りたくて仕方がなかった。


(はやく時間が過ぎないかな……)


 一般兵の頃は、時間が過ぎるのをやり過ごすためによく妄想の世界に逃げ込んだ。詰め所の隅でエディアの港を思い出していたり、姉とどうにかなった世界のことなどを一生懸命考えていた。しかし、流石に剣の稽古をしながらそれはできなかった。


***


 しばらくして、ザミテスが再び中庭に現れた。


「父さん、もうくたくただよ」


 すかさずノチアがザミテスに不平を言う。


「でも、これで大分楽に剣を扱えるようになったでしょう?」


 いろんな感情をぐっと飲み込んで、ティロは平静を装った。ザミテスはティロの様子など見もせずに労いの言葉を口にする。


「ティロ、ご苦労だった。それでは食事の準備も出来ているから、ゆっくりしていってくれ」


(嫌だ、俺はこんなところから早く帰りたいんだ)


「いえ、僕なんかが一緒だと皆さん……その……」


 とにかく早く帰りたかった。これ以上この場所にいると、いろいろ抑えつけてきたものが膨らんできて頭がどうにかなりそうだった。


「何で帰るんだ?」


 ノチアが不思議そうに尋ねる。ティロはザミテスの誘いを断る口実が全く思い浮かばなかった。


(わかったよ! 飯食って帰りゃいいんだろ! 食ったら帰るからな!!)


「……わかりました、そうですね、せっかくですから」


 ティロの背中を冷や汗が伝う。そんなティロの不審な様子など気にもせず、ザミテスは何やら得意そうにしている。


「そうだな、せっかくだ。剣技の話ももっとしたい」


(お前と話すことなんかねえよ! この強姦魔の人殺しが!)


 今すぐにでもザミテスの息の根を止めたいとティロは思ったが、その感情を顔面に張り付けた仮面に押し込めた。へらへらと笑顔を浮かべている自分は今どんな風に見えているのだろうと、ティロは自分自身すら殺してしまいたいほどの自己嫌悪に襲われていた。

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