批評眼
リンク:積怨編第3話「個人稽古」
猫2との出会いでティロは少し元気になった。しかし、週末になってザミテスの家へ向かう足取りは非常に重かった。
「なんで俺がこんなことを……」
ティロはザミテスが本心から息子の稽古をつけてくれと言っているわけでないことを察していた。
(そもそも、息子が心配ならてめえで稽古しろっての)
騎士一家に生まれ育ったものとして、自分の家の流儀のようなものを誇りに思うところが存分にあった。それはリィアでも変わらず、騎士一家で生まれ育っているリストロにはその自信が十分にあった。
(つまり、他に何か理由があるってところだろう。大方、俺を見張る目的か何かだろうな。こんな断りにくい理由つけて呼び出して、哀れなキアン姓をどうにかするってんだろう?)
相手がザミテスでなくても、ティロはこの状況が非常に面白くなかった。キアン姓であるだけで露骨に避けてくる者より、哀れんでくる者の方がティロは嫌だった。
(どうせ勤務と鍛錬の他にすることのない可哀想な奴だから豊かな我が家に誘ってやろうとか思ってるんだろう? 大きなお世話だっての)
嫌々ザミテスの屋敷の前までティロはやってきた。ザミテスの家に行くための服など持っていなかったので、ティロは上級騎士の隊服を着ていた。
(なんだ、うちより大したことない家じゃないか。いいとこ成金ってところだな)
カラン家の邸宅は住居部はそれほど広いものではなかった。しかし敷地内にの修練場があり、目の前には大きな闘技場もあった。庭も広く、天気のいい日は外で大勢の剣士が集まって合同稽古なども行っていた。
(ま、うちと比べられる家はリィアにはないけどさ)
屋敷の門を潜ったティロは、その辺にいた使用人にザミテスに取り次いで欲しいと伝えた。すぐにザミテスがティロの元へ飛んできた。
「よく来たなティロ、さあ入ってくれ」
形だけの挨拶をして、ティロはザミテスに連れられて屋敷の中へ通された。相変わらず背中がぞくぞくするような嫌な感じを抱えていたが、頑張ってティロはそれらを気にしないことにした。
(いいとこ成金ってさっき思ったけど、違うな。マジモンの成金だ)
屋敷の内装や調度品などを観察し、ティロは改めてトライト家の程度を値踏みする。
トライト家について、ティロは少し調べてあった。数代前に事業で成功して、元からの貴族階級と肩を並べるようになったことはわかっていた。そしてザミテスはトライト家の次男で、トライト家の本家は兄が事業を引き継いでいるらしい。
(分家ってことは、この屋敷を新しくもらったってところだろうな。軍の要職についてるんだ、屋敷くらいないとダメってか? へっ、おめでたいことだ)
ティロはザミテスの案内で屋敷の中庭へ通された。中庭にはザミテスの息子らしき青年が模擬刀を持って待っていた。
(何だよ中庭で鍛錬やってるのかよ。元から騎士一家の屋敷構えじゃないと思ってたけど、しけてんなあ。ゆくゆく弟子とかとる気がないんだな、こいつは)
内心ティロはぶつくさ文句を思い浮かべていた。不平を言おうと思えば、いくらでも沸いて出てきた。
「父さん、その方が新しい先生だね?」
「そうだノチア。紹介しよう、ティロ・キアンだ」
ザミテスに自己紹介するよう促され、仕方なくティロはザミテスの息子のノチアに一礼する。
「どうも……一緒に、頑張りましょう」
ティロは早速模擬刀を受け取ると、ノチアに構えて講師らしく告げる。
「まずは一度、手合わせしてみましょうか。それから、細かいところを見ていきます」
(ああもうどこから何をやればいいのかよくわからない! 適当に手合わせして上手ですねとか褒めておけばいいだろ! 俺は知らん!!)
ティロはこの場をやりすごすことしか考えていなかった。言われたとおりにノチアはティロに向かって踏み込んできた。
(そもそもこいつに何を教えれば……ん?)
ノチアの太刀筋を浴びながら、ティロは違和感を覚えた。
(踏み込みと斬りかかりの連携が全く取れていない……まったくもってバラバラだ。そのくせ、剣技の経験はかなりある。親が上級騎士だものな、生まれたときから剣は持たされていただろう)
更に数度太刀筋を確認しながら、ティロはノチアの不自然な技量について考える。
(ここまでバラバラだと俺もやりにくいな……予測が立てづらい。意表をついているつもりなんだろうか? とにかくリィアの型の基礎がなってない。剣技として様にはなっているが、熟練者から見れば張りぼての技量というところか)
ティロは模擬刀を降ろした。そして、ノチアの剣技の違和感についてやんわりと尋ねる。
「失礼ですが、僕の前に剣技の師匠は何人かおられますか?」
ティロの出した結論は、ノチアが何人も師匠を変えているということだった。ちぐはぐな太刀筋は様々な流派の寄せ集めという言葉がぴったりで、ひとつの動きを集中して習得していないことが推測された。
「これで6人目かな」
ザミテスの返答にティロは神妙な顔をしながら、心の中で嘲笑する。
(へっ、つまりはてめぇで教えないで他人に任せて成果が出なかったら先生を変えて、みたいにその場しのぎでやってきたってことだ。そんな奴の指導を俺にしろと? ふざけてんのかこいつ?)
「そのせいですね。構えに様々な方の型が混ざって、かえって安定感がないんです。出来ればひとつの型を完成させた後に指導者は変えた方がいいのですが……」
ティロの正論にザミテスは何も答えなかった。
(さて、こいつをどうしたものか。ムカついてしょうがないのは置いておいて、こいつが真面目に剣技をやろうって言うなら少し可哀想だな)
「そうですね……まずは基本の持ち方と構えから始めましょうか」
ティロは剣を極める者として、ノチアにどのような指導をするか考え始めた。ザミテスの方を見ると気分が悪くなるので、ティロはノチアを一生懸命見ることにした。
「えー、今更構えからやるのか!?」
(うるせえな、お前はひとつも出来てないんだから文句を言うな)
「基本はいつやってもいいんですよ。僕なんて自分が未だにいい構えが出来ているとは思ってないですからね」
何やらそれっぽいことを言ってみたが、ティロはノチアに対してどのような指導をすればいいのか決めかねていた。
(いろんなタイプの奴がいるから、こういう奴にはこう、っていうのが大体あるんだけど……こんなやる気のない奴は初めてだからどうしたものか……)
エディアにいた頃を思い返しても、そもそもやる気のない者はいなかった。皆が剣技の上達を願い、必死に型を習得していた。ノチアのような態度の者は上級騎士はもちろん、一般兵時代も見かけたことがなかった。
「そうだティロ、良かったらノチアに君の実力を見せてやって欲しい」
間が持たないと判断したのか、ザミテスはノチアから模擬刀を取り返してティロに向かい合った。
(はあ? 何で今お前と手合わせしないといけないんだ?)
「そうですね、隊長になら思い切り試合をしてもいいですよね」
ザミテスの顔を見ると土に覆われる感覚が蘇ってくる。それを振り切るようにティロはザミテスの方を見た。強固に顔面に張り付けた笑顔で溢れ出しそうな黒い感情を必死で抑えた。




