捨て猫
リンク:積怨編第3話「新筆頭」
ザミテスが上級騎士隊筆頭に就任して数日が経った。元々筆頭補佐として職務をこなしてきたザミテスが筆頭になるということに周囲に異論はなかった。しかし一部で「ラディオ筆頭補佐のほうが適任では」という声も聞こえなくはなかった。
ティロはなるべく内心を出さないように努めた。誰かがそばにいるときは平静を装い、常に気を張り詰めているために以前に比べて更に集中力が低下したように感じていた。
(こんなんじゃ、ゼノス隊長に叱られてしまうな……)
勤務後、とぼとぼと修練場へ向かって歩いていると後ろからザミテスに声をかけられた。
「ティロ、ちょっといいか」
その声に驚き、溢れ出そうな憎悪と殺気を抑えてティロは何とかザミテスへ顔を向けた。
「はい、何でしょうか……」
ティロの内心を知ってか知らずか、ザミテスは呑気にティロを見ていた。
「君に頼みたいことがある。人助けだと思って、今週末家に来てくれないか」
(はあ!? なんでお前の家に行かなくちゃいけないんだよ!?)
「頼みたいこと、ですか?」
なんとか平静を装って、ティロは今にもザミテスを斬り殺したい衝動を抑えた。
「実は、息子が士官学校を卒業したばかりでね。今は執行部で頑張っているんだが将来は上級騎士を目指しているという。そこで、今上級騎士内で一番剣技に長けている君に稽古をつけてもらいたいんだ」
ティロは一瞬、ザミテスが何を言っているのかよくわからなかった。
「け、稽古ですか? 僕が?」
(なんで俺がそんな面倒くさいことしなければならないんだよ!?)
「そうだ。その時間は非番にしてやるし、もちろんそれなりの礼はさせてもらうよ」
(非番とか礼とかそういう問題でなくてだな、お前は自分がやったことをわかってるのか!?)
「わ、わかりました……それでは今週末、お邪魔させていただきます……」
断る口実も何も思い浮かばず、とにかく一刻も早くこの場から立ち去りたかったティロは一礼して素早くザミテスの前から逃げ出した。
***
その夜、やり場のない怒りを抱えてティロは河原へ向かっていた。
(畜生、どうすればいいんだ!)
話を早く打ち切りたくて「お邪魔させていただきます」と言ってしまったが、ザミテスの自宅へ赴くなど不快以外の何物でもなかった。
(あの様子だと俺のことは絶対覚えていないだろうし、そもそも暗かったから顔なんてろくに見ていないだろうな。俺は絶対あいつらの顔は忘れないって思っていたけど)
そもそも例の凶行についてもなかったことにしているのではないかと思うと、ますます腹立たしかった。
(一体どうしてやれば……ん?)
河原へ続く寂しい道を歩いていると、見慣れない箱が置いてあった。中を覗くと白と黒の模様の子猫が2匹いた。1匹は既に息絶えていて、もう1匹もぐったりとはしていたがまだぬくもりがあった。
「猫、か……」
ティロは箱の蓋をそっと閉じた。それから少しその場に立ち尽くすと、一度街まで引き返していった。しばらくして戻ってきたティロは箱を抱えて、いつもの河原まで持って行った。
「寒かっただろう、こんなところで」
生きている方の子猫を箱から取り上げ、拾ってきた布きれで包んで服の中に入れ温め始めた。
「お前の兄弟は気の毒だったな。でも安心しろ、俺がお前たちがいたこと忘れないでいるからな」
もう一枚の布きれで死んだ子猫を包み、小さな穴を掘って埋めた。そのときかすかに何かを思い出した気がしたが、気がつかない振りをした。服の中の子猫はぶるぶると震え、怯えているようだった。
「大丈夫だ、怖くないから。俺は何もしない、いじめたりしないから」
懐から子猫を取り出すと、暖まって少し動けるようになったのか猫はもぞもぞとティロの手のひらから抜け出そうとした。ようやく目が開いたばかりの子猫はかよわく、少し力を入れると潰れてしまいそうだった。
「腹減ってるんだろう? ほら」
買ってきた牛乳を口に含んでから吐き出し、それを浸した布を子猫の口元へ持っていくと子猫は布に吸い付いた。
「うまいか? ……うまくなんかないよな。腹減ってるんだものな」
再び何かを思い出しそうになったティロは猫の世話に集中することにした。腹が満たされたのか、子猫は小さな声で鳴き始めた。
「そうだ、お前に名前をつけてやるよ……そうだな……」
ティロは子猫をじっと見つめた。
「お前らが最初は2匹だったことを忘れたくないな。そうだ、そのためにもお前は猫2だ。それでお前の兄弟は猫1だ……お前が2だから、ずっと1がいたことを忘れない。どうだ、いい名前だろう?」
猫はティロの提案を聞いて不思議そうな顔をした。
「そうか、気に入ったか。俺も嬉しいぞ。よろしくな、猫2」
その日、ティロは河原でずっと猫2を抱いていた。猫2は満腹でぬくもりに安心したのか、寝息を立て始めた。
「寂しかっただろう? 兄弟が死んで、ひとりぼっちで、怖かっただろう?」
猫2を見ているうちに、ティロはすっかり自分と猫2を重ねていた。
「俺もそうだった。このまま誰にも認められないで死んでいくんじゃないかと思うと怖くて怖くて、悔しくて悲しくて寂しかった」
「何度もやっぱり死のうかと思ったけどさ、俺が死んでも誰も俺だって気がつかないでただ子供が一人死んでるだけだって思われるのがすごく嫌でさ。せめてもう一回誰かに優しくされたいなって思っていた」
「だから予備隊に入れてもらったとき、生き返ったって思ったんだ。もう一回人生やりなおすんだって、すごく嬉しかった。嬉しかったんだけどな……」
「どうしてこうなったんだろう。俺が生きていても仕方ない欠陥品だから、こんなことになったのかな」
「なあ猫2、俺たちいい友達になれそうだな……」
ティロは朝まで猫2を抱いていた。朝が来て、ティロは猫2を箱に戻し、残した牛乳と共に置いて行った。
次の日、ティロが急いで河原を訪れると箱の中で猫2が鳴いていた。久しぶりに出来た自分が共感できる友達に、ティロはすっかり嬉しくなっていた。
***
その日から、猫2はティロの友達になった。茂みの中に箱を隠しておけば、外敵に見つかる心配はなかった。猫2は河原にティロがやってくるのを待っていた。誰かに必要とされることが、この上なくティロには嬉しいことでもあった。




