後任
言及:積怨編第3話「新筆頭」 反乱編第4話「殺害の動機」
ゼノスの除隊の知らせから一夜が明けた。ゼノスの職務はこれから後任への引き継ぎだけとなり、正式に除隊となるのは月が変わってからという処遇へと落ち着いた。
急激なゼノスの除隊は、上級騎士たちに様々な憶測を巡らせていた。除隊理由は一貫して「一身上の都合」であると発表されたため、やはりゼノスの個人的なところに理由があるのだろうと思う者も多かった。
しかし、それまでに誰にも除隊を打診していなかったところが憶測を生んでいた。それどころか「親衛隊に上がると剣ばかり持ってもいられなくなるからな」とこれからの展望を語っていたという証言があり、上級騎士内は混乱していた。
そして、その疑問を強く持つ者がひとり、上級騎士はおろか誰も来ない夜の河原で悶々と落ち込んでいた。
(隊長……なんで辞めなきゃいけないんだろう……やっぱり俺のせいなんだろうか……)
ティロがゼノスのことについてあれこれ考えていると、河原に誰かがやってくる気配がした。
「相変わらずどこにいるか見えないくらい暗いわね」
「悪かったな」
ランプに照らされたライラの顔を見て、ティロは少し安心した。
ライラは数か月に一度、クライオからリィアを訪れていた。そしてリィア国内の反リィア組織に顔を出し、自宅の様子を見に行って家賃を払って、そこから用があればビスキやオルドに向かうことになっていた。
「それで、親衛隊にはなれそう?」
「うーん、無理かも……」
ティロはライラにゼノスの除隊騒ぎについて話して聞かせた。ゼノスの除隊はまだリィア軍内の機密事項であったが、ティロには知ったことではなかった。
「えーと、つまりその偉い人が急に辞めちゃったってこと?」
「そうなんだ、理由も前触れも特になく、何故かあっさりと……」
話しているうちに、ティロもこの騒動の不自然な点に気がつき始めた。
「おかしいんだ、これだけ急な辞職なんて普通はあり得ないんだ……隊長ほどの人が急に理由もなく辞めるなんて、普通は考えられない。それに、俺にも理由を伏せていた。いや、俺をリィア軍から引き剥がそうとしていた……?」
ティロはゼノスが「ついてこないか」と言った真相を尋ねられなかった。そこにゼノスの除隊の真の理由があるのではないかとティロは想像する。
「つまり、どういうこと?」
「何か後ろできな臭いことが起こってる可能性が高い、ってことだ」
何らかの争いに負けてゼノスが除隊することになった、というのはたやすく想像できた。しかしゼノスがティロを連れて行きたいと打診するということは、次にその争いにティロが巻き込まれてもおかしくない事態であることを想像させた。
「もしかしたら、特務が隊長のことを監視するかもしれない。大体考えてもみろ、親衛隊に入れるような人をこんな形で追い出しておいて、軍が放っておくと思うか?」
ティロの悪い想像は更に膨らんだ。リィア軍内の多少の小競り合い程度では、上級騎士隊筆頭という要職を任された人物を突然消し去るような事態にはならないとティロは踏んだ。
「そうするとどうなるの?」
「監視対象になれば、ちょっとしたことで揚げ足を取られて拷問部屋行きもあり得なくはない。例えば知らずに革命家の一派が運営している会社の商品を購入したとか、たまたま住んでいる家の入居者が革命家の家族と知り合いだった、とか」
もし特務が絡む案件でゼノスが除隊を選択したのであれば、前触れもなく除隊が決まったということに繋がるとティロは考えた。
「なにそれ、ほとんどいちゃもんじゃない」
「そうだ。それでも怪しい場所に煙は立たないって言って、それはそれは酷い目に合わせるのが特務の仕事だからな。特に隊長の場合、何かあったとすると下手したら本当に特務を入れて抹殺されてもおかしくない」
話しているうちに、急にゼノスに身の危険が迫っているのだとティロは背筋が寒くなってきた。上級騎士隊筆頭であろうと、特務が容赦をすることがないことはよく知っていた。
「君はいいところに来たな。是非頼みたいことがある」
ティロはライラに向き直った。
「君の関わっている、何だっけ……反リィア組織、その人たちに隊長の保護をお願いしてもらいたい。おそらく隊長も察していて、今頃身を隠す準備をしているはずだ。何とか解放戦線と隊長が繋がれば、多分大丈夫だろう」
ティロはかつてライラから聞いた反リィア組織に、ゼノスの保護を依頼することにした。特務から逃げ回っている彼らであれば、ゼノスを秘密裏に安全な場所へ匿ってくれるだろうという算段だった。
(それに、そのシャイアっていう人が元エディアの上級騎士ならゼノス隊長がどれだけの人材かっていうのはわかるはずだ。ひどい扱いを受けることもないだろう)
「わかった、すぐにシャイアさんに知らせるわ」
「うん、頼んだよ」
確実とは言えないが、ティロはゼノスに味方が出来たことで少し安心した。そして、特務にいるだろう仲間たちを裏切ったことに少し心を痛めた。
それから細かいゼノスの状況をティロはライラに説明した。ライラは急いでシャイアに伝えたいとランプを持って立ち上がった。
「その、ゼノスさんって人は君にとってどんな人なの?」
ライラの問いに、ティロは夜空を仰いだ。
「そうだね……僕を拾ってくれた人、かな。君と同じだよ」
そっか、とライラは呟くと河原を後にした。後には星明かりの下で項垂れているティロだけが残された。
「あーあ、またひとりになっちゃったな……」
ティロは胸の内を誤魔化すように声を出す。胸の中を見なければ、寂しさも苦しさもなかったことになる。その時はそう必死に思い込んで、世界と自分の間の距離を更に広げることに努めた。
***
それから数日経って、正式にゼノスの後任が発表された。
「今度の新しい隊長は、ザミテス副隊長に決まったそうだ!」
他の上級騎士からザミテスが次の上級騎士隊筆頭に選ばれたと聞いて、ティロは「へえ、そうなんですね」と興味のなさそうな返事をした。それからティロはさりげなく物陰に移動した。
(あいつが、隊長……? あの、人殺しが……?)
顔に貼り付けた笑顔はそのままだったが、身体の震えが止まらない。気分が悪くなって、気が遠くなりそうだった。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
息苦しさが増してきた。もうどこでも十分に息を吸えることはないだろうとティロは絶望に打ちひしがれた。
こうしてゼノスが去り、ザミテスが上級騎士隊筆頭に任命されました。ゼノスが辞表を叩きつけた経緯は事件編をお読みください。
次話から本格的にトライト家が絡んできます。ここからお話は加速度を増して絶望に向かっていきます。あまりにも絶望がひどいのでティロに新しい「友達」が出来る予定です。
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