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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
上級騎士編 第4話 全体稽古
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災禍孤児

リンク:積怨編第1話「新兵とキアン姓」

 予備隊出身であることを新兵たちに知られて、気まずい雰囲気になった詰所でティロは残りの時間をどうやりすごすか考えていた。


(まあ俺はこういう雰囲気に慣れてるからいいけど、予備隊出身の変な野郎と勤務が終わるまで顔を付き合わせてなきゃいけないこいつらは少し気の毒かもな。とはいえ、世の中にはいろんな奴がいるんだから予備隊出身くらいでビビってたら生きていけないんだぞ。勉強だ勉強)


 自分より若者が相手ということで、ティロは無責任に構えていた。するともう1人の新兵がティロに話しかけてきた。


「……あなたもキアン姓なんですよね」


 キアン姓とは、姓のわからない者にリィア軍が便宜上つける姓だった。ティロはどこか他人事のように話を進める。


「君も、かい?」


(あなたも、ということはこいつもキアン姓か……大変な思いをしてきたんだろうな)


「そうすると、生まれはエディアですか?」


 一瞬ドキリとしたが、新兵が言わんとしていることを察してティロは思い直す。


(ああそうか、こいつはキアン姓といえば災禍孤児だと思ってるのか)


 昨年あたりからリィア軍にキアン姓が増えたという話を聞いたことがあった。その大部分は成人した災禍孤児で、行き場のない彼らは従軍するか国営の工場で働くかの道しかないという。


(災禍孤児は資料で見る限りそれなりに手厚い対応があったって話だけど……俺も災禍孤児ですって名乗り出ればそれなりの対応があったのかもしれないな。一体なんで俺はあんなことになってしまったんだろう……)


「いや、僕はどこで生まれたかよくわからない。君らくらいの年頃のキアン姓は大抵エディア出身なんだろう?」


 今まで何度もついてきた嘘を再度重ねる。その度に二度とエディアに帰れないことを突きつけられているようで、一層惨めな気分になった。


「そうですね。僕は自分の名前も言えないくらいの歳でしたから、ただ災禍孤児ってだけで兵隊になるしかなかったんです」


 新兵はどこか悔しそうにティロから顔を背けた。


「話には聞いているよ、災禍は大変だったそうじゃないか」


 ティロは努めて他人事のように振る舞う。しかし、目の裏にはあの日に見た港の光景が浮かび上がっていた。


「僕自身は覚えてないんですけどね……羨ましいですよ、無邪気に剣が持てるあいつが」


(自分の名前も言えないくらいの歳だったら災禍もよく覚えていないだろうな。でも気がついたら家族もなく同じような境遇の子たちと生活しているって、僕には考えられないな。そういう意味で僕は他のキアン姓とは違うんだ)


 ふと予備隊で同じくキアン姓になった親友のことを思い出した。彼もずっと「親がいたかどうか覚えていない」と言っていた。それに合わせて自分も「わからない」と言い続けたが、その度に姉や父のことを忘れるよう促されている気がして胸が痛んだ。


「そうだね……僕は剣が好きだから、彼の気持ちもわかるけど、君の気持ちもよくわかるよ」


 目の前の新兵の細かい事情はわからなかったが、少なくともティロはリィアのために剣を持つことに対して疑問を持っていた。そうしないと生きていけないから、という理由で今まで従軍してしまっていたが、改めて考えると祖国を占領した国に従軍するというのは屈辱以外の何物でもなかった。


「しかし、大変じゃないんですか? キアン姓で、予備隊出身で、上級騎士なんて」


 少なくとも、目の前の新兵とはキアン姓であることの惨めさは共有できそうだった。自分が何者かわからず、ただ生きているから生きなければならないという苦しさは予備隊時代に多くの仲間と共有してきた。


「君は予備隊のことを知っているのかい?」

「昔はよく脅されたんです、良い子にしないと予備隊に入れられるぞって……実際予備隊に入れられた子も見てきているんです」


 災禍孤児で予備隊行きと言われて、デイノ・カランの直弟子を騙った不遜な奴がいたことをティロは思い出した。


(あいつは俺と同じくらいの年齢だった。この子と同世代だとすれば、おそらく俺と入れ違いくらいだろうな。気の毒なことだ)


「へぇ……それで?」


 新兵の語る「予備隊に入れられた子」の詳細はわからなかったが、予備隊に送られるような子供がどんな子供なのかをティロはよく知っていた。


「だから……僕は正直あなたを信用できないんです。すみません」


 面と向かって「信用できない」と言われて、ティロは心の中で吹き出した。今まで散々「予備隊野郎」と馬鹿にされてきたが、このような形での拒絶は初めてだった。


「それが普通だと思うよ、予備隊なんてろくなもんじゃない。特務に行くってことも、そういうことだから」


 いわゆる「悪い子」の見本市のような予備隊で育ったティロは、彼の言葉を否定できなかった。


「僕は気にしないから大丈夫。逆に嫌な思いをさせて悪かったね」


 予備隊出身であることについて偏見を持たれることには慣れていた。世間から「悪い子」として引け目を感じて生きていかなければならないことは予備隊を出てから嫌というほど思い知らされているし、今更何かを弁明する気も何もなかった。ただ自分はどうしようもない欠陥品で、何とか生かしてもらっているという気持ちだけが強烈に存在していた。


(こんな最悪な人間性の奴と一緒にいたら、そりゃ気分が悪いよな。やっぱりあの時死んでいればよかったのかな)


 思えば死ぬべき機会はたくさんあった。災禍、姉と埋められた時、路上生活、予備隊での訓練や自殺未遂、オルド攻略での山中。


(コールで熊に食われるってのも悪くなかったな。そうすれば俺も熊の役に立てたんだ)


 あれこれと不甲斐ない自分について考えているうちに出て行った新兵が戻ってきた。それから3人で黙って勤務が終わるまで時が過ぎるのを待っていた。


(別に予備隊じゃなくても、一般兵なんてヤバい奴はいくらでもいるからな。いきなりぶん殴ってくる奴なんてその辺にいるし。まあ頑張れ若者たちよ)


 不安そうな新兵たちの顔をみているうちに、ティロはあることに気がついた。


(こんな奴らに期待も何もしてないけど、予備隊出身とかキアン姓とか、そういうんじゃない見られ方をしたのは初めてかもな)


 今まで散々見下されてきたが、今度は「上級騎士」という肩書きがついたことで新たな立ち位置に立たされたことを強く実感した。


(真っ当に上級騎士をやるなら、責任感っていうか余裕みたいなのが必要なんだろう。圧倒的に俺に足りないものじゃないか。もし災禍がなかったら、俺も立派な上級騎士様になっていたのかな……)


 幾度となく夢想する「本来の自分」についてティロは少し考えた。


(いいや。もしエディアで順調にやっていたとしても、多分、いや絶対俺のことをデイノ・カランの孫としてしか認識しないみたいなところあったかもしれない。父さんは父さんで大変そうだったしな……孫より息子のほうがきっと大変に違いない)


 その日はその後、ぼんやりと父のことを考えていた。父が背負ってきたものが少し見えたところで、自分も何だかんだと大人になったのかもしれないとティロはこの場に父がいないことを寂しく思った。


***


 その後、ティロはその詰所へ行くことがなかった。しばらくして久しぶりに訪れたときは、その新兵たちに会うことはなかった。異動になったのか除隊したのかはわからなかったが、特にティロが興味を持つところではなかった。

上級騎士になったことで更に複雑な事情が拗れていく様が痛々しいティロですが、この先もっと拗れて壊れていきます。

次話、ティロを可愛がってくれたゼノスが急に除隊することになります。事件編においてラディオ筆頭補佐はこれがティロのトライト家殺しの要因だとしていましたが、実際ティロは何を考えていたのでしょうか。

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