肩書き
リンク:積怨編第1話「新兵とキアン姓」
全体稽古からしばらくが経っていた。気がつけば季節も巡り、ティロが上級騎士になって1年が過ぎようとしていた。勤務にもすっかり慣れ、一般兵から舐められるようなこともなくなっていた。
その日は普段あまり行かない警備隊の詰所へ行くよう指示されていた。夜間であったため、警備員も年若い新兵が2人だけだった。
(こんなんじゃ何かあったら心元ないんだけど……何もないことを祈ろう)
いつものようにティロが一生懸命ぼんやりしようとしていると、新兵のひとりがそわそわと話しかけてきた。
「あの、ティロさんって一般からいきなり上級騎士に上がったって本当ですか!?」
「え?ああ、そうだけど……何で知ってるの?」
(何だこいつは。俺の経験上、こういう奴は大体面倒くさいんだ)
「僕上級騎士に上がるのが目標なんですけど、まだまだひよっこで! そんなことを話したら『一般からでもいきなり上級騎士になる奴がいる、そう言えば次の割り当てで来る』って言われたもんで! 詳しくお話聞かせて貰いたいなと思いまして!」
(誰だよ、そういう余計なことを言う奴は!)
「そうだね……僕は特殊だから、君らが参考になる話はないよ」
「でも、鍛錬のこととかは聞いてもよろしいでしょうか! やっぱり上級騎士になるには実技試験が厳しいって言うじゃないですか!」
(実技試験、受けてないから実際のところよくわからないんだよな)
上級騎士の間でも実技試験の話はよくあがった。いつの試験の時の誰が一番強かったという話やどこの流派で攻めれば受かりやすいという話などが人気であったが、ティロには一切関わりの無い話であった。
(でも全員ぶっ飛ばせばいいっていう話でもないだろうし、何とも難しい話だよな)
「実技試験か……僕は免除されたんだよ。だから特殊なんだって」
「実技を免除! 一体どうやったらそんな特別待遇になるんですか!」
「さあ、一体何をしていたんだろうねえ……気がついたら上級騎士になってたんだ」
(コール送りにされて寝ぼけて上級騎士筆頭と気付かないでぶっ飛ばそうとしたらなれるよ、きっと)
「気がついたらなれるものでもないでしょう!」
(あー、面倒くさいな……わかった、多分俺のことを教えた奴はこいつが面倒くさくなったんだな)
ティロは繰り返される新兵からの質問攻めに「他に参考になりそうな人がいるよ」と前の割り当ての人物が逃げたくなったのだろうと勝手に理解した。
(……そして、こういうのは技術で黙らせるに限る。ただの憧れで剣技やってるなら基礎の基礎を叩き込めば諦める。本当に上達したいならそれなりにモノにするだろう)
「そうだね……剣技の相談になら乗れるけど、ちょっとそこで見てやろうか?」
模擬刀を持って立ち上がると、新兵は喜んだ。
「いいんですか!? やったあ! 上級騎士に剣技の手解きを受けるなんて夢みたいだ!」
(やっすい夢だな。羨ましいぜ)
それからティロは、詰所の脇で新兵に剣技の基礎から厳しくしごいたつもりだった。剣の持ち方から姿勢、素振りの際の力の入れ具合まで細かく指摘し続けたが、新兵は熱心に食いついてきた。
「すごいすごい! やっぱり上級騎士は違いますね! 最高です!」
(上級騎士が、じゃないんだ。俺が教えるんだ、上手になって貰わなくてどうする。ここで手を抜いたら爺さんに顔向け出来ないからな)
「そうかい……君は立派な上級騎士になれるよ、間違いない」
思いがけず新兵が嬉しそうであったので、ティロも嬉しくなって知っている限りのいろんな鍛錬法を伝授した。しかしエディアで剣を持って間もない子供たちの相手をしていたことを思い出して、あまり心は晴れなかった。
***
それからしばらくして、ティロは再度その詰所に行くことになった。同じ新兵が2人待機していたが、以前とは違い非常によそよそしかった。特に前回手解きをしたはずの新兵は気まずそうに小さくなっていた。
(何だ? この前はあんなに威勢がよかったのに……)
何となく嫌な予感はしたが、このような居たたまれなさにティロは慣れていた。素知らぬふりをしていると、しばらくの沈黙の後に前回元気だった新兵がおずおずと話しかけてきた。
「あの、ティロさんって……予備隊出身なんですか?」
「そうだよ」
(やっぱりそんなことだろうと思ったよ。それにしても、なんだその露骨な態度は。ちょっと傷つくぞ)
上級騎士内で、ティロが予備隊で剣技を習得したという話は共有されていた。それで偏見を持つ者もいれば、なるべくなかったことのように接してくれる者もいた。どちらにしてもティロには心苦しいものがあった。
「あの……この前はすみませんでした」
「すみませんでしたって、何のことだい?」
適当にしらばっくれると、新兵はますます小さくなった。
「いや、いろいろ聞いてしまって……」
「別に構わないよ、僕だって黙っていたし。実技免除はね、予備隊役の考慮なんだってさ」
ティロは様々な事情を全て予備隊に被せることにした。都合のいいときばかり予備隊を引き合いに出すことに自分でも苦笑する。
「そうですよね、一般兵がそんなにすぐ上級騎士になれるわけないですよね……」
「まあね、死ぬ気で予備隊役やるくらいじゃないと、無理だろうね」
ティロがきっぱり言い放つと、新兵は黙り込んでしまった。
(この前はあんなにすごいすごいって喜んでいたのに、人間なんて、まあ、こんなもんだよな……)
「僕が怖くなった?」
(結局こいつは、俺個人じゃなくて上級騎士の肩書きだけ見て話しかけてたんだろうな)
「……はい」
(そこは少し否定をしてほしかったところなんだけど、おそらくこいつはそういう素直なところがいいところなんだろう。正直な奴は俺は嫌いじゃない)
ティロは内心苦笑いを浮かべながら、敢えて素っ気なく新兵を突き放す。
「それが正常だと思うよ。だけど剣技の世界って結構狂気と紙一重だからね。一歩間違うととんでもないことを平気で出来てしまう、だから僕らが街を守っているわけなんだけど」
ティロの正論に新兵は更に小さくなる。
「僕が怖くても剣のことは嫌いにならないでくれ。君は立派な上級騎士になれるよ」
ついに居たたまれなくなったのか、新兵は黙って外へ飛び出して行ってしまった。
(何度目だろう、こんな風に慕ってくれる人が離れていくのは。別に期待はしていなかったけど、嫌なものは何度やっても嫌だな。でも、いろんな立場や感情抜きで剣技の話が出来たのは楽しかったけどね)
やはり自分は真っ当に人と関わることができないのだと、ティロは世界と自分との間に引いた線を再確認した。




