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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
上級騎士編 第4話 全体稽古
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叱責

リンク:積怨編第1話「不信感」

 その日の全体稽古が終わり、修練場から他の上級騎士たちがいなくなったところでゼノスはいよいよティロを呼び出した。


「今日の結果はどうだったんだ?」

「2回戦で、負けました……」


 一瞬ティロは言い訳をしようかと思ったが、何をどう話せばよいかわからなかった。そのまま俯いてティロはゼノスの次の言葉を待った。


「以前から思っているんだが……何故お前は俺以外とまともに手合わせしないんだ?」


 鋭いところを突かれ、ティロはぎくりを身を震わせる。


「そんなことないです、僕はちゃんと鍛錬してますし、その」

「それじゃあ、今日の試合は何だったんだ?」

「それは、あの、そうですね……」


 返答に困っていると、ゼノスは更に畳みかける。


「もしや、他の連中と自分は違うと自惚れているわけではないだろうな?」


 痛いところを突かれて、ティロはますます俯く。


(別にそんなこと思ってないけど……どうしても本気を出すなら僕はエディアの型で試合がしたい。そういうのが薄々滲み出てしまっているんだろうか……ゼノス隊長にそんな風に思われているなら、きっと他の人からもそう見られているのかもしれない)


 ティロに剣の腕を鼻に掛けているつもりは一切なかった。それどころか、剣の腕がなければ自分自身を証明できるものがなくなると剣に縋り付いているところがあった。しかし卑屈な態度に不釣り合いな剣の腕で「僕には剣しかないから」と自嘲するティロは、他人から見れば嫌味に感じるものがあるのも事実であった。


「いいえ、僕は真剣にやってる、つもりなんです……」


 ゼノスは大きくため息をついた。


「それでは、今日の結果がお前の最大限の努力の結果だというのか!?」

「いいえ、それは……」


 煮え切らないティロにゼノスは大声を出した。


「だから何故お前はそこで手を抜くんだ!?」


 ゼノスの失望もティロには理解できた。しかし、ティロは敗退の詳細な理由をゼノスに話す気はなかった。


「抜いてないです、本気でした」


 試合には一応本気で臨んだことは事実だった。それでもザミテスと試合をするかもしれないという恐怖に負けてしまったことが、ティロは悔しくて仕方がなかった。


「本気のお前があんなに簡単に負けるものか、コールのあれは一体何だったんだ?」

「あれは、寝ぼけていたから、その……」


 コール村の手合わせを引き合いに出されると、ティロも反論に困った。まさか右手で試合をしたので本気だった、などと正直に言えるはずもなかった。


「寝ぼけていてあれだけの試合が出来るなら、普段からあれだけの力を見せろ」

「でも……」


 ゼノスの正論にティロは返す言葉もなかった。


「大体、全力で来る相手に全力を出さないことがどれだけ失礼なことなのかわかっているのか?」

「そんなの、わかってますよ」

「じゃあ、何故お前はその失礼な態度をとり続けるんだ? いつまでそうやって逃げ回っているつもりだ!?」


(逃げる? 一体何から逃げてると思ってるんだ!?)


 ゼノスの説教を聞いているうちに、途端に激しい怒りが体中を駆け抜けた。


(何も知らないくせに、偉そうなこと言いやがって)


「逃げてなんか、いないです……逃げられるものなら、逃げ出したいくらいですね」


 精一杯こみ上げてくるものを押さえつけて、冷静になろうと努めた。言いたいことはたくさんあった。自身の本当の身の上、クラドとザミテスから受けた狼藉、自尊心も何もかも捨てざるを得なかった経験、特務に入れずオルド攻略で命令違反にされた屈辱。


 今ここで全てをゼノスに打ち明けたらどうなるだろうかとティロは逡巡する。自分が実はデイノ・カランの孫で、姉ともどもザミテスに殺されていて、そのせいで閉所恐怖症を患い特務へ入れなかったこと。意外な真実を思い知らされて打ちのめされるゼノスの顔を想像して、少しだけゼノスへの溜飲を下げる。


「わかった、今日はもういい。その代わり明日の稽古には必ず顔を出せ、いいな?」


 ティロの殺気を察知したのか、ゼノスは説教を諦めたようだった。挨拶をする余裕もなく、ティロは無言で修練場から立ち去った。それからぐちゃぐちゃに絡まった思考を整理するために、宿舎の裏へ戻ってきた。


(もし逃げられるなら、どこまでも逃げていきたいよ。でも過去からは逃げられない。あいつらが生きている限り、俺はいつまでも埋められたままなんだ)


 このままではいけないと頭ではわかっていた。しかし、今のティロに現状を打開する方法は思い浮かばなかった。


(バカ正直に話をしたところで、誰もキアン姓の言うことなんかまともに聞いてくれるはずもない。それに、キアン姓であるはずの俺に姉がいたとなると俺がキアン姓であることが不自然に思われる。だからやっぱり、あいつらのことを俺が告発する手立てはない)


 キアン姓は、リィア軍において「捨て子」であることを意味していた。クラドとザミテスの凶行を告発することは自身の身の上について「実際はキアン姓ではない」ということを告白することに等しかった。そこから本当の身の上が明らかになることを考えると、結局黙っていることしかできなかった。


(決めた。俺はもう誰にも期待しないし、誰にも頼らない)


 改めて世界と自分の間にひとつ線を引いた。「惨めな孤児のティロ・キアン」という殻に籠もっていれば、世界はそれなりに受け入れてくれることは理解していた。それはザミテスに殺されたジェイドを見なかったことにするということでもあった。


(もう裏切られたくないし、傷つきたくもない)


 更に上級騎士という世界に入ることで、まるで透明な壁の中に閉じ込められたような気分になった。外の世界では憧れの職に就いてきらきらと輝いている同僚がたくさんいた。そんな姿を見るのも辛いし、他の人から見れば自分も輝いていると思われるのが嫌だった。


(目立たないようにしないと、存在を消さないと、今まで以上にジェイドを殺さないと)


 懐を探り、煙草を取り出して火をつける。結局解決方法はこれしかないのだと思うと、途端におかしくなってきた。


「いいさ、なんだって……俺はティロ・キアンなんだから」


 上級騎士として過ごしている間に、ジェイドとして再び生きられるような気がしていた。しかし、そんなことはなかったのだとティロは自分に言い聞かせた。

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