2回戦敗退
言及:積怨編第1話「不信感」
年が明け、ティロにとって上級騎士初めての新年が訪れていた。新年の祝いの時期が終わり、帰省していたリストロも郷里から戻ってきた。
「休みはゆっくりできたかい?」
「ああ、君のおかげでね。連勤は大変だったろう?」
「いいや、祝いの時期なんて僕みたいな奴がいたほうがいいんだ」
一般兵の頃から、帰るところもないティロにとって帰省の時期は連勤との戦いだった。他の警備隊員たちが代わる代わる休暇をもらっているときも、当たり前のように勤務を立て続けに入れられていた。上級騎士になって「連勤になってしまうが大丈夫だろうか」と打診を受けたときには、何故断りを入れる必要があるのかとしばらく考え込んでしまっていた。
「それに久しぶりに街が賑わっているところを見れたし、楽しかったよ」
「コール村の新年はどうだったんだい?」
「雪の中で酒を飲んだくらいだな……」
新年は半島の平野部ではこれから春になっていく季節であったが、コール村はまだ雪が降る日もあった。酒を飲むくらいしか楽しみがない場所で、ティロはエディアやリィアの華やかな新年の祝いを懐かしく思っていた。
(相変わらず俺に気を遣ってくれてるんだろうな、何だか申し訳ないな)
ティロは改めてリストロを見る。整った金髪に真面目そうな面立ちは隣に自分がいたら迷惑なのではないかと思うほど立派な好青年だ。
(無理して俺なんかの相手をしなくてもいいのに……)
リストロが優しくすればするほど、ティロはその優しさが怖くて仕方がなかった。悪気がないのは十分承知していたが、それでも気後れするものはしてしまう。
「それよりもティロ、君は全体稽古の組はどこだったんだい?」
「僕なら、今日の部だ」
リィアの上級騎士たちは新年最初に「全体稽古」と称していくつかの組に分かれて勝ち上がり方式の試合を行っていた。これは昨年の鍛錬の総決算ということで今後の評価の指針のひとつになっていた。そのため、上級騎士は大抵この全体稽古に向けて張り切っていた。
「そうか、僕は明日の部だから是非勝ち残って君と勝負したいね」
「ああ、できるだけ頑張ってみるよ」
勤務の関係で試合は数日かけて行われ、優秀な成績を修めた者には昇進の話や臨時報奨、主に親衛隊によって行われる御覧試合への出場など様々な名誉が送られることになっていた。
(御覧試合か……懐かしいな)
エディアでも、新年には稽古初めとして多くの剣士が闘技場に集まって腕試しをした。そして選ばれた剣士は親衛隊と共に王族の御覧試合への参加が認められた。幼い頃は姉と2人でエディアの御覧試合の末席に座り、父と叔父が試合という名の「実演」をしているところを見るのが大好きだった。
父のことを思い出して寂しくなったが、今着ている隊服の色を見てティロは我に返った。
(ここはエディアじゃない、俺はリィアの上級騎士になったんだ……)
胸のざわつきを抑えて、ティロは修練場へ向かっていった。
***
修練場へ行くと、ゼノスがティロを待ち構えていた。
「お前なら最上位くらいまで登ってこれるはずだ、気合い入れて行けよ」
ゼノスに背中を叩かれ、ティロは期待されていることを少し重荷に感じた。
「隊長はどの組ですか?」
「俺は最終日の組だ。各日上位3名のうちもう一度勝ち上がりをして、御覧試合に出られるのが筆頭職を覗いた上位3名だからな。俺の見立てだとお前はそこに入ることが出来るぞ」
(これは期待されてるなんてものじゃないな……もう勝ちに行けって言われてるようなものじゃないか)
「今日の試合の対戦表は貼り出されているから、確認しておくように。それじゃあまた来るからな」
そう言うとゼノスは修練場を出て行った。上級騎士筆頭は全体稽古の他にもたくさん仕事を抱えているようだった。
(せっかくコール村から掘り出してもらったんだし、あの人のメンツもあるんだろうな……)
忙しそうなゼノスの背中を見ていると、その姿に報わなければとティロは思った。そうこう考えている間に全体訓示が行われ、試合が開始されることになった。
(こうやっていろんな人のいろんな試合を見ることができるのも楽しいよな……さすが上級騎士は試合も一級品だ)
試合は階級の低い三等から始まり、すぐにティロの番も回ってきた。特に考えることもなく、1回戦はティロの勝利で終わった。
(ところで、このまま勝ち進むと誰と試合することになるんだ?)
進行する試合を横目にティロは貼り出された対戦表の前に向かった。そして、瞬時に体温が下がったような気分になった。
(ザミテス・トライト……)
その日の対戦表の上には、筆頭補佐であるザミテスの名前があった。修練場を見渡すと、ザミテスが試合を眺めているのが見えた。
(このまま、勝ったら、ここであいつと試合をすることになるのか……?)
普段はなるべく意識しないようにすることで無理矢理平常心を保っていたが、ザミテスと面と向かって試合をするとなると話は変わってくる。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう)
急に心臓が早鐘のように鳴り響き、冷や汗が止まらなくなってきた。
(落ち着け、ここはリィア軍の本部だぞ? これ以上どんな狼藉が奴にできるって言うんだ?)
必死で身体に言い聞かせるが、一度恐怖に囚われた身体を元に戻すのは難しかった。
(お願いだ、耐えてくれ。俺だって強くなったんだから、もうあいつに埋められることはないんだ)
対戦表もザミテスも見ないように修練場の隅に移動して、何とか気を静めようと努める。
「次、試合だろう?」
急に肩を叩かれて、ティロは身をすくめた。
「……あ、はい、そうですね」
「どうした、具合でも悪いのか?」
「いや、こういうところ慣れなくて、緊張しちゃって……」
声をかけた上級騎士は不思議そうな顔をする。ありのままを打ち明けるわけにもいかず、ティロはガタガタの精神のまま模擬刀を手に試合に臨むことになった。
「よろしくお願いします……」
相手は自分と同じ三等の上級騎士だった。全体稽古に参加する者は結果を出そうと皆張り切っている。
(勝ったらどうしようどうしようどうしようどうしよう)
試合に勝つことはできそうだったが、その先を考えるとティロの身体は動かなかった。
(でも勝たないと、隊長が)
(隊長よりも、この会場で試合ができるのか?)
(格下に負けて、それでいいのか?)
(でも勝ったらおしまいなんだぞ?)
試合は既に始まっていた。ティロは動かない頭と身体で懸命に対戦相手の剣を捌いた。
(どうすればいいんだ、一体どうすればいいんだ!?)
恐怖で緩慢になっていたティロの剣はすぐに弾かれ、勝負はあっさりとついた。対戦相手は勝ち上がったことでほっとした表情を浮かべ、次の試合へ向けて気持ちを切り替えようとしていた。
試合後の挨拶をした後、ティロは何とか修練場の隅まで重くなった身体を引きずっていった。呼吸が浅くなってくるのを感じたとき、修練場にいるザミテスと目があったような気がした。
(もうダメだ)
ティロは修練場からそっと抜け出した。全体稽古の喧噪を背中で感じながら、ひとりになれるところを目指してティロは走り出した。




