内向きの組織
リンク:積怨編第1話「発起人」
言及:特務予備隊編第5話「拷問体験」
反リィア組織をまとめようとしているライラが保守的な土地柄であるクライオに潜伏しているという話を聞いて、ティロは疑問を抱いていた。
「だってこんなことしてるんだもの、リィア国内にいたらとんでもないことよ」
「まあ、な。特務が飛んできて拷問一直線だ」
特務にライラが見つかったところを具体的に想像してしまい、ティロは少し気分が悪くなった。
「だから、クライオの反リィア組織にお世話になって、そこを拠点に動いてるの」
「クライオに反リィア組織が? 何でまた?」
そんな話は聞いたことがなかった。反リィア組織があるとすれば、かつてリィアが占領したビスキ、エディア、オルドのいずれかに存在すると考えるのが妥当であった。革命思想だけならまだしも、クライオで反リィアを掲げる理由はティロには思いつかなかった。
「これはオルドで頑張ってる反リィア組織から情報を得て、私の足で探し出したの。他のところは大体のところから情報を得ていったんだけど……本当に秘密の組織で、規模もそんなに大きくないの」
(秘密の組織……オルド国の残党がリィア国外に支部を作ったようなものか? それはそれでクライオでも問題になりそうなものだけどな)
「なるほど……クライオにいるならリィアもおいそれと手を出せないわけだ」
「そう。ついでに組織自体も結構内向きだから隠れているにはちょうどいいの。リィアにはこうやってたまに帰ってきて国内のことを聞いたり、私の家の様子を見に行ったりしているくらい」
(しかし内向きの組織って何なんだろうな。反リィアを掲げているのに秘密っていうのもよくわからない。普通は同じ目的を持つ人間を集めるのに水面下だろうと大々的に主張しまくると思うんだけどな)
ライラが滞在しているというクライオの組織について、話を聞く限りティロも怪しいとしか思えなかった。しかし、実際に各地の反リィア勢力を束ねていそうなライラを匿ってくれているのだろうと思うと有り難い存在のような気もする。
「そうか……特務はおっかないからな。見つかったらえらいことだ」
「そうなの?」
「ああ。俺も君をどうにかする方にいたのかもしれない。そうしたらこうやって反リィアなんて馬鹿げたことも考えなかったかもしれないんだけどさ……」
(そうだよな、俺も黒い隊服着てシャスタと一緒に革命家をとっ捕まえたかもしれないんだよな。多分反リィア派も対象になって、そうしたら俺はそのシャイアっていう人を捕まえられたんだろうか……)
もし災禍がなかったら、ということはよく考えた。しかし、そのまま予備隊から特務に行っていればどうなっていたのかということはあまり考えたことがなかった。
(そう考えると、俺は本当に何度人生をしくじってきたんだろうなあ)
改めて上級騎士の隊服をそっと見下ろす。不本意な形ではあるが、ようやく少し報われたような気がした。
「ところで、その特務ってのはそんなに怖いの?」
あまり緊張感のないライラにティロは拍子抜けする。
「君も知ってるだろうけど、特務ってのは通称で特殊任務部。その下にあるのが俺がいた特務予備隊。政府や軍に反対する者を抹殺するきったない仕事をするところさ」
「シャイアさんもそう言ってたけど、具体的に何するの?」
ティロは自身の経験からすぐに回答を拒否することにした。
「……君は聞かない方がいいよ。しばらく飯が食えなくなる」
「そう、じゃあ遠慮しておく」
ライラも深く知りたいわけではなさそうだった。
「そうだね……ところでそのシャイアさんっていうのは反リィアなんだよね?」
(エディアの上級騎士という経歴が本当なら、間違いなく反リィア派だろう。革命家が上級騎士なんかになるわけないからな)
「うん、断じて革命家ではないって言ってるけど……政府を倒すなら革命じゃないの?」
(あれ、こいつは革命家と反リィア派の違いがよくわかってないのか?)
「これは僕も予備隊にいた時に叩き込まれたんだけど、明確に革命家と反リィアは全然違う思想なんだ」
「違う思想?」
ティロはライラが疑問に思うことに引っかかるものを感じたが、予備隊で習った革命家についての知識を思い出す。
「反リィアは単に今のダイア・ラコス中心の軍主体の政府を奪還して新しい政府を作りたい動き。それに対して革命家っていうのは、政府とか国家そのものを否定して全く新しい制度の国を作りたい動き。彼らの中では国って言葉も否定されるべきで、ええと、なんて言ったかな。新世界とか大自治区だったかな。そういうところで人間主体の輝かしい、えーと、後は忘れた」
革命家も細かく見ていくと様々な派閥があって、その派閥を覚える試験もあったのをティロは思い出していた。
「む、難しいのね……」
ライラの言うとおり、革命思想の派閥は特務が把握している限りでも複雑に分かれていた。
(なんだっけ、新世界共同体がリィア発で確か……『聖旗教団』だ。大自治区はえーと、ビスキの一大勢力の『楽園解放徒』だ。変な名前だよな)
予備隊時代に勉強したことを思い出して、ティロは少し懐かしい気分になった。
「まあね。僕も予備隊時代に実際革命家の拷問に立ち会ったことあるけど、何言ってるのかよくわからなかった。つまり、革命家ってのはヤバい連中だ。ちゃんとした反リィアの思想を持ってる人が近くにいるなら大丈夫だと思うけど、気をつけてくれよ」
(反リィアだから安心っていうのも変な話だけど、まだ彼らは話し合いが出来そうだからな。俺とすればどっちにしろ怪しい者に変わりはないんだけど……いや、一番怪しいのは俺か)
「わかった、なるべく用心するようにするわね」
「しかし、ほどほどにしてくれよ……こっちの心臓が持つかどうかわからない」
既に何度も死にかけている身として、これ以上の厄介ごとは勘弁してほしかった。そんなティロの内心を知ってか知らずかライラは笑顔で答える。
「安心してよ、私何があっても絶対君のこと喋らないから」
「さて、どうかな……」
(本当に特務に捕まったら、そうも言ってられないけどね)
「そうだ、久しぶりに会ったんだから記念にさ」
ライラの顔を見て、ティロは変な期待をしていたのを思い出した。
「何よその手は」
「久しぶりの街でさ、すっかり嬉しくなって、その……」
せっかくの報奨はもらう側から薬に消えていた。前のようにライラに何かと用立てしてもらえないか、ティロは手を差し出す。
「ないわよ」
ライラはぴしゃりと要求を拒否する。
「なんだよ、ケチ。昇進祝いくらいくれたっていいだろう!」
「昇進したなら給料だってたっぷりあるでしょう! 先に返すもの返しなさいよ!」
「そんなん親衛隊になったらいくらでも返してやるよ!」
「あれ、この前は上級騎士になったら、とか言ってなかった?」
「言ってない。そんなこと言った覚えないぞ」
(本当に言った覚えがないぞ! いや、何かで言ったのかもしれないけどさ、俺は覚えてないぞ!)
「まあ、でもお祝いは持ってきたのよ。現物支給になるけど」
ライラはそう言うと、ティロの手に睡眠薬の瓶を握らせた。
「……君らしいな」
ティロは苦笑いを浮かべるしかなかった。その後軽い世間話をして、ライラは河原から去って行った。リィアに戻っている時はまた様子を見に来るという約束に、ティロは少しだけ救われたような気になっていた。




