武装組織の女
リンク:積怨編第1話「発起人」
道でライラとすれ違った日の夜、ティロは例の河原にランプを久しぶりに置いた。以前使っていたランプはコール村に行っている間にどこかに行ってしまったようだったので、わざわざ安い新品のランプを用意しておいた。
(やっぱりここは落ち着くなあ……)
もしライラが来たときに、自分がしっかり戻ってきたことを見せつけようと今日は敢えて上級騎士の隊服を着ていた。ティロが星空を見上げていると、聞いたことのある足音が近づいてきた。
「久しぶりだな!」
やってきたのはライラだった。二度と会わないつもりだった彼女に再び会えたことで胸の奥から何かがこみ上げてきたが、それを隠すように大きな声をあげた。
「嘘、やっぱり本物……夢じゃない?」
近づいてきたライラは隊服の袖を摘まむ。
「夢なもんか。戻ってきたんだよ」
ダメ押しにティロは認識票を取り出してライラに見せた。認識票と隊服、そしてティロの顔を何度も見比べて、ライラは呟いた。
「信じられない……だって、どうやって?」
「実力だよ実力。偉い人に気に入ってもらったんだ、親衛隊も視野に入るってさ」
(嘘はついてないぞ、一応な)
自分のことより、ティロは昼間のライラについて気になって仕方なかった。
「それより、昼間の格好は何だい?」
「ああ、あれはね。新しい服を誂えてもらったところなの」
ライラは昼間とは違い、飾り気のない服を着ていた。
(新しい服、ねえ……服を買ってもらうなんて一体どういう関係なんだ? まあこいつのことだからそっちこっちにカマかけてやがると思うんだが)
「一緒にいた男にか?」
「ふふ、妬いてる?」
(妬いてるかどうかだって? 俺だってそりゃあ……一応姉さんの名前をあげた奴だからさあ、気になると言えば気になるし、彼女自身はいい子だと思うけどでもさあ、妬いてるかといえば好きにしろって感じもするし)
ぐるぐるとした思案を言葉にすると、思いの外短くまとまった。
「別に。君が誰と一緒にいようが、俺には関係ないし」
「じゃあなんでこっちを見ないの?」
(それはなあ、どんな顔をしていいかわからないからだよ。俺自身が妬いてるのかどうかよくわからないし、姉さんのことを思い出すし、俺自身が一番よくわかってないんだよ)
「……で、誰なんだよ、そいつは?」
ライラの顔が更に近づいたような気がした。
「シャイア・ミグア。武装派組織、反リィア解放戦線の総長さん。エディアの元上級騎士で、今はリィアに潜って仲間を増やしているんだって」
その言葉にティロはいろんな意味でひっくり返りそうになった。
(エディアの元上級騎士だって!? 誰だ!?)
エディアの上級騎士は、サロスの他に父に見込まれた剣士たちが何人かカラン家に出入りしていた。ティロは当時エディアで上級騎士として面識のあった人物を思い出そうとしていた。
(シャイア、シャイア……俺は覚えてないなあ。サロスさんくらいだったもんな、あの時僕の家で父さんにしごかれていたのは)
ティロはシャイアという人物に覚えが無かったが、元上級騎士であった向こうはティロのことを「カラン家の坊ちゃん」だと認識している可能性があった。
(うう……今考えると生意気なことばかり言っていたなあ。僕のことをしっかり覚えている、ということはないとおもうけど……いや、それ以上にこれはかなりまずいことなのではないか?)
ティロは今の話の中で、更にまずい部分について切り出した。
「……あのさあ、一応僕リィアの上級騎士なんですけど」
首都の治安を守る上級騎士として、反リィアを掲げる武装組織と繋がっていることを告げられるのは非常に複雑な気分だった。
「でも親衛隊になるんでしょう?」
いたずらっぽく笑うライラに、ティロは内心頭を抱える。
(うーん、確かにリィアに楯突きたいと言ったのは俺が最初かもしれない。しかし俺は真面目にそんなことをするつもりもなくて、できたらいいなあっていうくらいで、いや、実際どうなんだ? 俺はエディアの仇をとりたいのか? とりたいかとりたくないかって言えば勿論とりたいんだけど、そうしたら俺はエディアの英雄って扱いになるのか? いやでも国を裏切って上級騎士になったんだからどうなんだその辺は? ああもう訳がわからない!)
いろいろ考えた末、ティロは今後の方針を決めた。
(とりあえず、隊長への恩義もあるし上級騎士は続ける。そして出来たら仇はとろう。上級騎士と仇討ちと無理なく両立できるよう立ち回る。それでいいんじゃないか? どうせダメになったところで元々俺はダメなんだから当たって斬られろ、それでいい)
「……まあ、な。ここでの話はここだけにしておくよ。ついでに君には都合のいい情報があったら教えてやる」
(全く一番都合がいいのは誰だって話だよな、俺だよ俺)
「よかった、さすが上級騎士様ね!」
ライラは手を叩いて喜んでいるようだった。
「つまり、相変わらず反リィア運動やってるわけだね」
「当たり前じゃないの、誰が言い出したと思ってるの?」
(それを言われると何の反論もできないなあ)
「張り切って革命しなきゃ、ね?」
(ああ、確かに発端は俺かもしれないけどさ、こんな子がここまでお膳立てするなんて思わないじゃないか!)
「うう……恐ろしいことになってるなあ」
話がひと区切りついたところで、ライラは次の話題を切り出す。
「そうそう。私ね、今クライオにいるの」
その言葉にティロは首を傾げる。
「クライオに? また何で?」
リィアの隣国に位置するクライオ国は、元々この半島の大部分を統一した国家であった。しかし各地で有力な貴族や氏族が力をつけ、それぞれ独立したのがビスキ国、リィア国、エディア国であった。残されたクライオ国は伝統と文化を重んじ、革命思想の類いを嫌った。その保守的な国民性により守られた遺跡などは観光資源として扱われ、また学問や芸術の街としてクライオは未だに定評があった。
そんなクライオに反リィア組織を束ねようとしているライラが潜伏していることにティロは疑問を持った。名前をつけてと迫ってきたときのようにティロはライラの考えていることがよくわからなかった。




