通りすがり
言及:積怨編第1話「発起人」
ティロが上級騎士になって数ヶ月が経った。新たな生活や勤務にも少し慣れ、ようやく上級騎士としての立ち回りができるようになってきていた。
その日はリストロと宿舎に向かって街を一緒に歩いていた。数か月の間に彼には随分と世話になり、リストロはティロを弟のように可愛がっていた。
「下の妹に縁談が持ち上がっていてね、今度休暇をもらって会いに行ってくるよ」
「妹?」
リストロの実家のラビド家は地方の有力な騎士一家だという。長男として生まれ、いずれ家長になることを期待されているリストロの話がティロの耳にはとても痛かった。
「ああ、僕の下に2人妹がいる。上の方は一昨年嫁に行ったけど、下のほうはどうもお転婆でね。心配していたんだけど、ようやくかって感じだ」
「そうなんですね……」
お転婆な騎士一家の娘、と聞いてティロはどんな娘なのか何となく想像ができた。
(案外騎士一家の女って芯が強いというか、我が強いというか……男に負けず豪胆な感じの人が多いんだよな)
真っ先に思い浮かんだのは伯母にあたるキャニス・ディルスだった。デイノ・カランの長女の彼女は何事も取り仕切るのが上手く、弟にあたる父のセイリオと叔父のソティスは常に彼女に頭が上がらなかった。
(あの人ほど恐ろしい姉を僕は知らない……そして、とても優秀な人だった)
そんなキャニスも甥は可愛かったのか、優しくしてもらった記憶ばかりだった。そんな彼女も処刑者リストに名前が記載されていた。
「どうも相手もかなりの強者らしくて、それで僕まで呼んで手合わせをしようってことになったんだ」
「それで、相手に花を持たせるんですか?」
「いいや、全力で試合をさせてもらう。妹をやるのに僕より弱い男なんて嫌だからね」
「そういうものなんですね」
表面上は興味のないようにしていたが、ティロは「僕より弱い男なんて嫌だから」の部分だけは異様に共感が持てた。
(確かに、姉さんをやるのに僕より弱い男だなんて絶対嫌だし、まず父さんが許さないよな。流石に爺さんまでいくと厳しいけど、少なくとも俺が認める奴でないと嫁なんて絶対許さない。いや、どんな奴でも許す気はないぞ。もし姉さんが生きていたら、こんなことも考えないといけないのかな。そこは少しほっとしているかもしれないけど、でもそれでも生きていてほしかったな……)
「いいですね、兄弟がいるって」
ティロは、いかにもキアン姓が言いそうなことを選んでみた。
「そんなことないよ、妹なんてうるさいだけだよ」
(はあ? いや謙遜なんだってことはわかってるけど、それにしても自分の家族をそんな風に言うなんてあんまりだろう!? 全員皆殺しにされてみろよ、謙遜なんかできなくなるから)
「でも賑やかそうで羨ましいな。そこまで兄さんに思ってもらって、妹さんも幸せだと思うよ」
「そうか、君もいい奴だな」
(そりゃ、今のは精一杯いい奴っぽいことを言ってみたんだから、いい奴だろうよ。俺なんか、本当になんでこんなことになったんだろうな……)
それから街中を2人は歩いた。リストロはとりとめなく実家の周辺で行われている祭りの話などをしてきたが、ティロはあまり興味を持てなかった。
(でも、この人はすごく俺に気を遣っている。どうしてここまで気にしてくれるんだろうな、みんな優しすぎるんだよ)
適当に相槌を打っているうちに、ティロはすれ違う人の中に見知った顔を見た。
(あの子は……ライラ、だよな!?)
思わず振り返って確認する。赤い髪に柔和な顔つきの彼女は、間違いなくリィアに謀反を企んでいたはずのライラであった。
(でも、隣にいるのは誰だ!?)
ライラは男と歩いていた。年の頃は40くらいで、身なりのいい立派な紳士に見えた。ライラもティロと河原で会っていたときのような飾らない服装ではなく、立派なドレスを身に纏っていた。
(あいつ、一体何やってるんだ!?)
ライラも振り返り、ティロと目が合った。しかしすぐに顔を反らし、男と行ってしまった。
「どうした、ティロ?」
急に足を止めたティロに、リストロが不思議そうに尋ねる。
「いや……知り合いかと思ったけど、気のせいだったみたいだ」
「他人の空似って奴かい?」
「ああ、そんなところだ」
ティロは一瞬ライラについて問い糾されるかと思ったが、人の多いリィアの街でリストロはライラを全く気にとめなかったようだった。
「ところで、その君が見間違えた知り合いってどんな奴だい?」
「別に、大した奴じゃないよ。昔ちょっと金を借りたくらいの仲だ」
正確ではないが事実に反しない範囲で、ティロはライラのことをリストロに告げた。
「ティロ、君はその金を返したのかい?」
「……返す前にコールに行くことになったから、そのままだね」
特に嘘をつく必要もないと思ったので、ティロは正直に答える。
「それじゃあ、返しにいかないと」
「そうだね、君の言うとおりだ」
(向こうも俺のことに気がついていた。もしかしたら、また来てくれるかもしれないな)
急に懐かしいものが胸にこみ上げてきた。ライラは、命令違反で誰からも信用をなくしていた時に向き合ってくれた大切な人だった。エディアで辛い目に合ったという話を聞いて、自分の存在が彼女を傷つけているかもしれないと思うと悲しかった。
(それでも会いたい。やっぱり、今の俺にも彼女は必要なんだ)
隣を歩いているリストロを見る。基本的に優しいし、頼りがいはあるし、何より自分のようなものを気遣ってくれるのがとても有り難い。おまけに剣の腕もかなりいい。
(だけど、やっぱり俺はこいつと仲良くなれない。いい奴なんだけどなあ……)
それはリストロ本人のせいではなく、その後ろに見え隠れするエディアでカラン家の次期当主と大事に育てられてきた少年の影のせいだった。
(それにしても、あの男は一体何だったんだろう……ライラは俺のことを忘れてしまったんだろうか……いや、別に恋人ってわけじゃなかったんだから彼女が誰と付き合おうと勝手なんだけど、それにしても、少しもやもやする……)
ライラという名前を思い出すたびに、やはり頭の中は姉のことでいっぱいになる。そして赤毛のライラも同時に頭の中を侵食してくる。
(いや、悪いのは全面的に俺なんだけどさ。でもさあ、いや、やっぱり俺が悪いのか……)
「何かあったかい?」
急に黙り込んでしまったことで、リストロが話しかけてくる。
「別に、なんでも……」
リストロもそれ以上ティロを追求しようとはしなかった。この数か月でリストロもティロの扱いについて何となく理解をした。無闇に話を続けようとすると話を打ち切ってどこかへ逃げてしまうので、リストロは心苦しかったが声をかけずに共に歩き続けた。
ゼノスからティロの話を聞いたとき、是非同室にと立候補したのはリストロの方からだった。事情があって予備隊にいたが特務に入れず、オルド攻略で命令違反をしてコール村へ配属されていたことは予め聞いていた。その不穏すぎる経歴を差し引いても欲しくなる剣の腕は認めざるを得ず、後は剣の腕に不釣り合いなほど卑屈な心をどう開くかということだった。
せめて何を考えているのかわかれば少しでも寄り添えるのではないか、とリストロはおぼろげに考えていた。しかしティロから身の上などに纏わる話は一切聞けず、もどかしさばかりが増えていった。




