士官卒と一般兵
言及:積怨編第1話「鍛練」
翌日、ティロは上級騎士として初めて街の警備詰所に行くことになった。到着した警備隊の詰所の前で、今日の同伴者であるリストロから確認事項を言い渡される。
「日報にサインをして、あとは備品の数の確認、何かあったときの指示役と……一般での勤務経験があるなら大体はわかるだろう?」
「……大体は」
警備隊の詰所で何をするのかは一般兵時代に散々経験していた。そのまとめ役である上級騎士が詰所でやることも横目で見ていたので、新たに覚えることはあまりなかった。
「僕なんか最初はちょっと怖かったよ。士官卒のくせに生意気な、ってはっきり言われたときはびっくりしたな」
士官学校を出ると、一般兵の期間を免除される。そこで大抵は執行部へ入り、上級騎士を目指す者は剣技の鍛錬を続けていく。一般兵から執行部を経て上級騎士になる者もいるが、その割合は少なかった。リストロは士官学校を出て執行部という上級騎士にありがちな進路を辿っていた。
「一般の人はみんな士官卒が嫌いだからね、仕方ないよ」
「やっぱりそうか、はは」
この前まで一般兵だったティロは「生意気な」と言った方の気持ちもよくわかった。士官学校へ行ける者は貴族のお坊ちゃんと相場が決まっていた。何の苦労もせずに育ち、対して努力もしていないように見える士官卒の上級騎士たちをティロも恨めしいと思ったときもあった。
(でも、俺も何事もなかったら士官学校には行っていただろうからなあ……)
だからティロは、あまり他の一般兵のように士官卒を憎めないところがあった。彼らは彼らで自己研鑽に励んでいることをよく知っているし、その真っ直ぐな人柄は大体剣技に正直に表れていた。
(ただ剣が好きとか才能がある、だけじゃここまで昇って来れないからな。日々の自己研鑽の結果が上級騎士なんだ。俺は嫌いじゃないけどな、そういうのは)
数日一緒に過ごして、ティロはリストロが「いい奴」であることを確信していた。何事にも真っ直ぐで、裏表のない性格は誰からも好感を持って迎えられていた。
「それじゃあ入るよ」
リストロの後に続いて警備隊の詰所に入ると、それまでだらけていた一般兵の警備隊員たちが上級騎士の隊服を見て一斉に立ち上がった。
「勤務ご苦労」
「ご苦労様です!」
一般兵の警備隊員に敬礼され、ティロはこの前まで向こう側にいたのにと不思議な気持ちになる。それからティロは一般兵たちが何事かを囁き合っているのを聞いた。
『あいつ始末書野郎じゃないか?』
『なんで上級騎士になってるんだ?』
『オルドに島流しになったって聞いたぞ』
『人違いじゃないのか?』
一般兵たちの冷たい視線にティロが居たたまれなくなっていると、リストロが助け船を出す。
「先日着任したティロ・キアン君だ。彼はゼノス隊長から認められて上級騎士になってもらっているんだ、その実力は僕たちも確認済みだ」
ゼノスの名前を出したリストロのひとことで、一般兵たちは腑に落ちない顔をしながらも勤務に戻っていった。
「さあティロ、後は特に決まったことをするわけでないからのんびりしようか」
「はい……」
「なんだ、遠慮はしなくていいんだよ。君がここにいるのは正当なことなんだから」
リストロは詰所の椅子に座るが、ティロは大変に居心地が悪かった。一般兵時代は勤務時は詰所の隅でひたすら時が過ぎるのを大体待っていたものだった。自分の椅子がないときは立って過ごしていたこともあった。そんな自分が悠々としていていいのか、ティロには自信がなかった。
そして、ティロを不審に思う一般兵たちの視線が痛かった。勤務の時間が終わるまでここにいなくてはいけないのかとティロが小さくなっていると、何かを察したのかリストロが声をあげる。
「彼の実力が知りたければ、稽古をつけてもらうといい。ティロ、一般兵への稽古も僕らの仕事のうちのようなものだ。遠慮せず打ち込んで来てくれ」
ここは首都の中でも大きめの詰所で、隣には修練場が併設されていた。勤務中でも鍛錬が出来るということで剣を持つ者たちには評判であった。
「はい……」
小さくなっているティロを見て、数人の一般兵が稽古を申し出た。
「あのチビに何が出来るって言うんだ」
「リィア軍も人手不足なのか?」
「俺たちも上級騎士に挙げてもらおうぜ」
その囁きはティロにもリストロにも聞こえてきた。
「そうだな。もし彼に勝てたら、すぐにでも上級騎士に推挙しよう。親衛隊も夢ではないな」
リストロはティロの実力を知っていた。最初は年若く見た目も悪いティロをゼノスが気に掛けることをリストロも疑問視したが、実際に剣を合わせて他の上級騎士たち同様ゼノスの気持ちがリストロにもよくわかった。そしてオルドの山奥から彼を見出したゼノスの観察眼を素晴らしいと思っていた。
「えっと、じゃあ、修練場に行きましょうか……」
上級騎士の隊服を着てもおどおどしているティロを一般兵たちは完全に舐めてかかっていた。それは修練場で模擬刀を持って雰囲気の変わったティロを見ても変わらなかった。
「面倒くさい、実戦形式で全員まとめてかかってこい雑魚どもが」
全部で3人いた一般兵たちは、舐められてたまるものかと一斉にティロに飛びかかっていった。
***
詰所で待っていたリストロの元に、やがて1人の一般兵が半泣きで帰ってきた。それから話を聞いて代わる代わる修練場へ向かった一般兵たちは、皆沈んだ顔をして帰ってきた。
「どうだい、上級騎士にはなれそうかい?」
「いえ、鍛錬し直します……」
「それはいい心がけだ」
リストロは笑顔で答えた。それから稽古を付け終わったティロが詰所に戻ると、一般兵たちは姿勢を正してティロを迎えた。
「え、そんなに改まらなくても……」
「みんな君の実力を認めたみたいだね」
リストロは笑った。つられて一般兵たちもティロを笑顔で迎え入れた。ただ、リストロも一般兵たちもこれほどの剣技の腕を持つティロが何故ここまで卑屈な態度を取っているのかは理解できなかった。




