狼狽
上級騎士へ昇進し、初めて隊員たちと手合わせをしたティロはどこで剣技を習ったのかという質問にどう答えるか悩んでいた。
「ええっと……そうだな……」
(ええ……どうしよう、どの範囲で答えればいいんだろう。まずエディアの件は絶対言っちゃダメだし、予備隊のこともあんまり言うのもどうかと思うよな。じゃあ全部独学です、というのもこれが一番怪しいじゃないか。どれだ、どれが一番無難で最適なんだ!? どうしようどうしよう)
言い淀んでいるティロを前に、手合わせをしていたベックスとライファーは不審な顔をする。
「そんなに言いにくいことなのか?」
(俺にとっては一番言いにくいことなの!!)
「実は……ほら、僕キアン姓だろう、だからさ……」
(だから何なんだよ俺! もうこの言葉から察してもらうしかないけどさ!)
キアン姓という言葉を聞いて、ベックスとライファーは顔を見合わせる。
「そう言えば、そうだったね……」
(ホラ見ろ! もうこの時点で気まずいじゃないか! だからヤなんだよこういう話は!!)
「だからさあ、その、いろいろだよ、うん」
居たたまれなくなったティロが逃げ場を探していると、ライファーが逃げ場を封じる。
「キアン姓でこれだけ熟練した剣の腕があるってことは……」
(しまった、予備隊だってバレたかな!?)
「もしかすると予備隊か?」
(ああ、やっぱりバレてる!! ああもう、だから昔の話はしたくないんだってば!!)
一般兵時代、予備隊出身だとわかると露骨に避けられていたことをティロは思い出していた。キアン姓で予備隊に所属していたということは、捨て子の前科持ちということで警戒されても仕方の無い経歴だとティロは諦めていた。
(そうだよな、俺よく考えるとろくでもないものな。今思うとなんであんなことしていたのかわかんないけどさ、でもあの時はそうするしかなかったんだもの)
路上生活時代の寒々とした気持ちまで思い出してしまい、ティロはますます下を向いて黙ってしまった。
(やっぱり俺なんかがこんな立派なところにいていいはずがないんだ。ゼノス隊長に頼んで、この話はなかったことにしてもらおう)
ひとりでぐるぐると考え込んでいると、ライファーに肩を叩かれた。
「ごめん、図星だったか?」
「な、何でもない……大丈夫、うん」
(ああ、もうなんて言っていいのかわかんないよ。もう嫌だ死にたい消えたいやっぱりあの時死ねばよかったんだ)
急に固まって黙り込んでしまったティロを、ベックスが心配そうに覗き込んだ。
「あの、僕も何を言ったらいいのかわからないけど……君と手合わせできて楽しかったよ」
「そうそう、楽しかったらいいじゃないか」
詳しいことまではわからずとも、2人はティロに相当な事情があることを察した。
「あ、あの、でも……」
(こうやって気を遣ってもらって、僕はなんてダメな奴なんだ。僕は、どうすればいいんだろう……)
「今は話したくなかったら話さなくてもいいけど、これから君と手合わせをする上級騎士全員から同じ質問をされると思う。君はそれでいいのか?」
ベックスから諭され、ティロは首を横に振った。
「いいや、確かによくないのはわかってる。でも……自分から予備隊のことを言うのは辛いんだ……」
不安しかないティロを、ベックスが更に励ます。
「でも、君の剣はそんなことを忘れさせるほど素晴らしいよ。さっき試合をして、隊長が君を気に入った理由がよくわかった」
その言葉にライファーも頷く。
「そう、だからもう一度手合わせしよう。今度はもっと本気出してくれよ」
模擬刀を手渡され、ティロは溢れそうな涙を懸命に堪えていた。
(うう、やっぱり皆に迷惑かけてるなあ。でも、剣を渡されたら僕は受け取るしかないじゃないか!)
「……ありがとう」
ようやくティロが顔を上げたことで、ベックスとライファーはほっとした表情を見せる。ティロが再度修練場を見渡すと、他にも鍛錬に来た上級騎士の姿が何人か見えた。
(今からここにいる皆と試合していくのかな……うう、大丈夫かな……)
根拠のない不安に襲われていると、見たことのある顔が修練場に入ってきた。
「鍛錬ご苦労」
「ザミテス副隊長!」
ベックスとライファーが揃って敬礼をする。ティロもつられて敬礼をしたが、その心は真っ白になっていた。
(ザミテス! 間違いない、こいつだ、俺を埋めたのは)
ティロの全身が小刻みに震える。急に息ができなくなったような気がして、急いで深呼吸をする。そんなティロの内心を知ってか知らずか、ザミテスは一直線にティロに近づいてきた。
(大丈夫、ここは修練場で、俺は今模擬刀を持っている。大丈夫、大丈夫、大丈夫)
「ああ、君が噂の新人か」
「はい、先日着任しましたティロ・キアンです」
ティロの口からは、思ってもいない挨拶がスラスラと出てきた。
「ゼノスが随分と気に掛けていたから、どんな奴なのか顔を見に来たんだ」
「副隊長、こいつはすごいですよ。腕だけならすぐ1等にもなれますって」
ライファーがティロの背中を叩く。ザミテスはティロを見て、愛想よく微笑んだ。
「そうか、それは楽しみだ。今度手合わせしてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
今度はザミテスの顔を見て、はっきり返事をした。巻き毛の金髪、どこか頼りなさそうな表情、そしてその声は夢の中で何度も自分を埋めた「ザム」と呼ばれていた男で間違いなかった。
(嫌だ、もう埋められてたまるか、俺は、今度は剣を持ってるんだ!)
また土の音が耳元で鳴り響く。ティロは持っている模擬刀を力一杯握りしめていた。
それから、ティロが気がつくと目の前からザミテスの姿は消えていた。ティロが意識を飛ばすほど怯えている間に、ザミテスの後ろ姿が修練場の出入り口まで移動していた。
「今の人が、副隊長ですか?」
ようやく息をつけたティロは、ベックスとライファーにさりげなく問う。意識がなかったのは何十秒もなかったので、2人はティロの変化に気がつかなかった。
「そうだよ、ザミテス・トライト筆頭補佐。ゼノス隊長には劣るけど、僕らより何倍も剣の腕が立つから、君も手合わせをしたら手応えがあるんじゃないかな?」
「そんな、僕なんか……それよりも、続きをしよう」
「お、やっとやる気になったか?」
それからティロはザミテスの顔を忘れるよう、鍛錬に没頭した。その日は他の上級騎士たちもティロとの手合わせを望み、ティロは久しぶりに幾人とも手合わせができた。
(ああ、やっぱり剣技は楽しいな。俺はここが大好きだ)
技量の高い隊員たちとの手合わせは、ティロを少しだけ前向きにさせた。
(だって皆、俺を受け入れてくれる。剣さえ持ってれば俺はここにいていいんだ)
剣を持つ左手に力が入った。今一番斬りたかったのは、先ほどまで酷く怯えていた自分自身だった。




