同室
言及:反乱編第4話「抹消」
上級騎士としてリィアの首都へ戻ってきたティロは、くたびれた一般兵の隊服のまま案内の者に連れられて上級騎士の宿舎へやってきた。宿舎は詰所の隣にあり、遠方に自宅がある者の宿舎になっている部分と夜勤向けの仮眠室が並ぶ部分に分かれていた。
「食堂と手洗いはあっち、君が入る宿舎の入り口はこっちだ」
はきはきとした案内の者に連れられて、立派な宿舎の中でティロはますます小さくなっていく。建物は3階建てで、1階が共用の設備、2階が仮眠室、3階が宿舎となっていた。
「わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ、君の援助を隊長から頼まれてるんだ」
上級騎士全体で自分の存在を大層気遣ってくれていることをティロは有り難いと思う反面、申し訳ないと思う方が勝っていた。
「ここが君の部屋だ。詳しいことは同室の者に聞いてほしい」
案内の者はそう言うと去って行ってしまった。残されたティロはとりあえず部屋の中へ入った。
「2人部屋か……」
上級騎士の部屋ということで、一般兵の宿舎やコール村の仮眠室に比べれば上等な部屋であった。そして2人部屋ということで予備隊時代に親友と同室であったことを懐かしく思い出す。
部屋の中を見渡すと、壁の両側にベッドがあり、隣に書き物用の机があった。それから服などをしまう大きな棚もあった。自分が居住すると思われる方のベッドはきれいで、棚の中には何も入っていなかった。ベッドの上に畳んである真新しい上級騎士の隊服を見て嘆息し、同室の者が住んでいると思われるもうひとつのベッドを見る。
整理整頓は行き届いていたが、その周辺は物に溢れていた。棚の前にはよそ行きの服が何着か吊してあった。ベッドの脇の壁には剣技の大会で優秀な成績を修めたという書状が張り出され、書き物机の上には誰かから貰った土産物と思われる置物の他に、溢れんばかりの手紙が積まれていた。更に士官学校で使ったと思われる使い込まれた教科書や詩集、剣技の教練書が何冊もあった。
特にティロは手紙の量に圧倒されていた。ここは家が遠い者が使用する宿舎ということで、家族からの手紙かもしれない。友人や恋人、士官学校へ行っていたなら仲のいい級友ともやりとりが続いているのかもしれない。
ティロはそっと自分の身体を見下ろした。自分にとって私物と言えるものは姉の指輪と着火器、そして煙草の束と睡眠薬の瓶くらいだった。後は生活用の消耗品だけで、それらは全て支給品の雑嚢に収まってしまう。
「手紙か……俺だって、こんなことになっていなければ、友達くらいたくさんいたのに……」
既に手紙を届けるのが不可能な面々の顔をかき分け、今すぐにでも手紙を書きたい友達の顔はすぐに思い浮かんだ。しかし、彼がどこでどう暮らしているのかを知ることはできなかった。生きているかどうかすら知る術はない。
「それに引き換え、俺は……」
そこから先を考えても仕方が無いので、ティロはぼんやり部屋を眺めていた。
「休めって言われても、どうやって休むんだっけ……?」
ゼノスは今夜はゆっくり休むように言った。しかし、ティロは「自分の部屋のきれいなベッドに横になる」ということに強い抵抗を覚えるようになっていた。どうしようかとしばらく立ち尽くしていると、部屋のドアが音を立てて開いた。
「やあ、来てくれたんだね!」
部屋に入ってきたのは、上級騎士の隊服を着た金髪の好青年であった。
「僕はリストロ・ラビド。リストロで構わないよ」
同室の者――リストロはティロに握手を求めた。
「あ、ええと……ティロ・キアンです」
ティロは言われるがままにリストロの手を握った。
「ティロ君、だね。そんなに緊張しなくていいよ、僕も去年やっと上級騎士になったばかりで、君と同じ新米にも等しいんだ」
「あ、えーと、ティロでいいです」
「そうか。それじゃあティロ、君は一般の勤務経験もあるんだろう? 心強いな、僕なんてまだまだ現場で右往左往するばかりだ」
はきはきと話しかけるリストロに、ティロは及び腰になった。
「ええと、はい……」
「よかったら宿舎の中を詳しく案内しようか? いや、着いたばかりで疲れているかな?」
「そ、そうだね、少し疲れたかな?」
はやくリストロから解放されたくて、ティロは適当に相槌を打つ。
「わかった、じゃあゆっくり休んでいてよ。僕は今から少し鍛錬してくるからさ!」
リストロは最後まで元気な声で部屋を出て行った。
(すごく、元気な人だね……)
「うん……なんて言うか、新鮮だ」
(いいや、俺は知ってるはずだ。ああいうのをなんて言うか)
「そうだな……すごく育ちが良いんだろうな……」
ふと、彼の後ろによく知っている少年が見えた気がした。
「きっと地面なんかで寝たことないんだろうな……」
(でもさ、わかってるんでしょ?)
「知ってるよ。もしアレがなかったら……僕だって今頃こうだったんだ」
かつて背負っていたものを思い出した。カラン家の次期当主。そのために剣技はもちろん、様々な教育を受けていたはずだった。母親はいなかったけれど、優しい姉と厳しいながらも愛情溢れていた父、祖父を始め温かく見守ってくれた親族に、アルセイドを始め同年代の親族や友人も大勢いた。家族、家柄、親族、友人、その他の上流階級の付き合いに教育、数え上げればきりが無いものがたくさんそこにあった。
「それでも、せっかくここまで来たんだ。何とか頑張らないと」
ティロは必死でゼノスの顔を思い浮かべた。ゼノスの期待に応えようと何とかここまでやってきたのだと必死に自分に言い聞かせて、湧き上がる黒い感情を何とか押しとどめた。
気分を変えるために、部屋の窓からリィアの街並みを見る。自分の部屋と呼べる場所から窓の外を眺めるのは久しぶりだった。
(予備隊のときもそうだったけど、リィアには風がないんだな……)
ふと、海から吹き付けてきた穏やかな風が好きだったことを思い出した。
(今の俺には風すらないんだ。本当に俺は剣技だけの人間になってしまってるのだろうな)
ますます卑屈な気分になってきたので、ティロは外を見るのを止めた。後から涙がこみ上げてきたが、コール村から帰ってきて安心したからだとティロは思い込むことにした。




