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【絶望ノワール2】救世主症候群・全容編【閲覧注意】  作者: 秋犬
死神編 第9話 いるべきでない場所
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送別会

 リィアの上級騎士隊筆頭のゼノスが村から去って、いつもの日常が戻ってきた。日増しに山々は緑を濃くし、短い夏の日射しがコールの山に降り注いでいた。普段と変わらない牛と山羊の鳴き声に、ティロは数か月前に交わした、あの肌がひりつくような手合わせは夢ではなかったのかと思う。


(今日も平和だ……)


 門番の勤務はやることが基本的にない。いつものように詰所でぼんやりしていると、雀よりひとまわりほど大きな蝶が飛んできた。その後ろを村の子供たちが追いかけてくる。


「お兄ちゃん、とってとって!」

「はいはい……」


 ティロは詰所の壁に止まっている蝶にそっと手を伸ばし、羽根を捕まえる。この蝶はこの辺りではそれほど大きな虫ではなかった。夏の間に飛んでくるコールトリバネヤママユは大変幻想的だったが、その大きな羽根でランプの火が消えてしまうために迷惑な虫でもあった。


「ほらよ」

「やったー! ありがとう!」

「生き物は大切にしろよ」


 すっかり巨大な虫にも慣れたティロが再び一生懸命ぼんやりし始めると、アース隊長が神妙な顔をしてやってきた。


「ティロ、辞令だ」

「じれい? 今夜の晩飯かなんかですか?」


 すっかり気の抜けているティロにアース隊長は書類を突きつける。


「来月からリィアの首都で上級騎士3等として勤務するように、とのことだ」

「またまた冗談を……」


 ティロは受け取った書類を眺め、次第に顔を青ざめさせる。


「……これ、本当ですか?」

「公式書類で間違いないぞ」

「俺、上級騎士になるんですか?」

「そうみたいだな」


 ティロは辞令とアース隊長の顔を交互に見比べる。


「よかったな、好きなだけ剣技をやってこい」


 アース隊長に肩を叩かれて、ようやくティロは上級騎士になるということに実感が湧いてきた。


「でも、なんで俺なんかが……」

「あの隊長さんが取り計らってくれたんだろう、お前の実力で勝ち取った道だ。行ってこい」


 アース隊長から「お前の実力」と言われて、ティロは喉の奥が熱くなった。


「だって俺なんか、こんなにどうしようもないのに、なんで」

「何言ってるんだ、ティロ」


 アース隊長はじっとティロを見据えた。


「俺はお前がここに来たときから不思議だったんだ。ここに来るのは何かやらかした奴か、他に行くところがない奴だ。それにお前は、書類を見た限りやっぱりろくでもない奴なんだろうって思っていた。強盗して捕まったんだろう?」


 その質問にティロは俯いた。アース隊長は続ける。


「だから俺も最初は用心していた。だけど、お前はどちらかというと真面目でいい奴だ。何事にも熱心だし、いざとなれば自分の身を省みないで動ける。その不眠症や閉所恐怖症は気の毒だが、それ以外全然悪い奴じゃない。命令違反の件も、何かここでは言えない理由があるんだろう?」


 まさがオルド軍の兵士を100人以上殺したということを、ティロはオルドの人間には言う気にはなれなかった。


「ゼノス殿からいくつか聞いた。予備隊というところで過ごしたということは、それだけでもすごいことなんだそうだな。そんな奴がこんなところにいていいはずがない、俺もそれは同感だ」


 辞令を手にぼろぼろ泣き崩れるティロの肩を、アース隊長は抱いた。


「行ってこい、ティロ。ここはお前の居場所じゃない、お前にはもっと相応しいところがあるんじゃないか?」

「隊長、すみません、すみません……」


 涙は止まらなかった。ここが居場所ではないと言われて悲しい気もしたが、やはりここにいていい人間ではないとアース隊長にも認めてもらえたことがティロは嬉しかった。


***


 ティロの出立の前日、村では送別会が開かれた。集会所に酒や料理を持ち寄って、村人たちはティロの昇進をささやかに祝ってくれた。


「兄ちゃん、リィアに行っても元気でな!」

「また熊が出たら呼んでいいか?」


(結局最後まで『リィアの兄ちゃん』だったな……本当はリィアの人間じゃないんだけど、まあいいか)


 酒を飲む大人たちに混ざって、子供たちが子山羊を連れてきた。最初は驚いたが、この光景にもティロはすっかり慣れてしまっていた。


「ねえねえ兄ちゃん、この前生まれたうちの山羊かわいいでしょう?」

「そうだ、お別れの記念に名前をつけていってよ! メスなの!」


(名前をつけろだって!? 冗談はよせよ!!)


「そ、そうだな……メスなら、山羊ちゃん、とかで、いいんじゃないかな……」


 冷や汗をかきながらティロが言うと、子供たちは一斉に笑った。


「あはは、冗談キツいよ兄ちゃん! 山羊ちゃん、だって!!」


(悪かったな! 冗談じゃないんだよこっちは!!)


 ティロがむくれていると、ノムスが隣に座った。


「よう、うまくやったな」

「ああ、俺は特に何かしたつもりはないんだけどな」

「お前のそういうところ、俺は好きだぜ」


(また『そういうところ』だ……何なんだろうな、そういうところって)


「コール送りは大体3年が相場って聞いていたが、まさか1年半で出て行くとはな」

「あんたはあとどのくらいここにいるんだ?」

「俺か? めでたく今秋に年期明け予定だ……予定だがな」


 ノムスは肩をすくめて見せた。


「ここも悪いところじゃないんだがな……雪以外は」

「本当、雪以外はな」


 オルド出身でティロより雪の経験があるノムスですら青ざめるコール村の積雪を、ティロは生涯忘れないだろうと思った。


「ティロ! 昇進おめでとう! でも俺は寂しいぞ!」


 そこに村の男たちに飲まされて酔っ払ったターリーがやってきた。


「お前も元気でいろよ」

「わかった! 俺、いつかリィアに遊びに行くからな!」

「おう、来れるもんなら来てみろ。修練場で鍛えてやるからな」

「剣技はもういいよ!」


 怯むターリーにティロはノムスと共に笑った。笑いながら、親しくしてもやがて離れていかなければならない関係をティロは寂しく思った。


(予備隊の時と一緒だ……今は仲間だと思っていても、ここを出たら俺はこの村の人たちと縁が切れるようなものだ。だって俺は、ここにいるべき人間じゃないんだから)


 名残は尽きなかったが、ティロの心は既にリィアの首都にあった。


(そう言えば、親衛隊になるんだったなぁ)


 もう会わないつもりだった赤毛の彼女のことを思い出した。今頃何をしているんだろうか、もう自分のことなど忘れているだろうとティロは勝手に寂しく思っていた。


***


 翌日、ティロは村人からの餞別の干し肉の塊とチーズと共に、コール村を後にした。


「さて、リィアに戻るんだけど……」


 例の近道を通って行ったので、麓の街まではすぐに辿り着いた。もうあの村に戻らなくていいと思うと、ティロの心は軽かった。


「荷物が重いな」


 麓の街で早速干し肉とチーズを現金に換え、その金で早速煙草を買って胸の奥に吸い込んだ。久しぶりに心の底から煙草が上手いとティロは感じた。


ここまでお読みくださりありがとうございます。


せっかくの最後にがっかりな主人公ですが、彼は本来懲罰房に落とされても薬が欲しい奴なのでこれで元通りという感じです。そして全容編だけだと何故この章が「死神編」なのかさっぱりわからないということに後から気がつきましたが、そこは是非事件編を読んでいただくということでよろしいですかね……?


次回から新章「上級騎士編」です。やっと辿り着いたリィアの首都護衛の任務ですが、ティロの精神はよりすり減っていくことになります。そこにゼノスの失脚、仇のザミテスの登場。理不尽と鬱展開は加速していきます。そして事件編では登場しなかったティロの新たな「友達」も登場します。


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