理解者
リンク:懐旧編第5話「絶賛」
リィアの上級騎士に寝ぼけて喧嘩を売ったはずだったが、意外にもその剣の腕を褒められてティロは訳がわからなくなっていた。
「え、余裕じゃなかったんですか?」
ティロは終始上級騎士から技量の高さと圧力を感じていた。ティロの問いに、上級騎士は笑いながら答える。
「あれが余裕に見えたか、面白い奴だな。いきなりあんな威嚇を通り越した必殺の攻撃をされて驚かない奴はいない。もし俺に余裕が見えたのたら、それはお前自身の焦りが見せたんだろう」
(うう……もっと先手を読めていれば確かにそこまで見通せるはずだよな。眠かったとはいえ、相手の技量を見誤ったのは俺の不覚以外の何物でもないな)
「確かに……如何に早く終わらせるかばかり考えていました」
先ほどの狂犬のような手合わせに本格的な講評をもらえるとは思っていなかったので、ティロは次第に恥ずかしくなってきた。
「事情を知ればかわいいものだな、3日寝てないなら仕方ない」
「……すみません」
(なんだ俺、こんなに真面目に剣技やってる人に対して、どうしてあんな酷い決めつけしてたんだろう……もう消えたい)
「それにオルドの型や独自の型といい、お前が真面目な努力家なのは十分わかった」
上級騎士に褒めちぎられて、ティロは変な感じがした。誰かに本格的に剣技を褒めてもらえるのは久しぶりだった。
「あの、僕はそんなんじゃないです。ただ暇潰しに剣の練習をしていただけで……」
もう自分の話をしたくなかった。叱られるのも嫌だったが、褒められるのはもっと嫌だった。
「そんなことないだろう。剣を合わせればそいつがどういう奴なのかは、剣が教えてくれるからな。最初のやる気がないどころか他のことを考えているのが丸わかりのときは酷いと感じたが……3日寝ていないなら仕方ないな。今度寝不足の奴がいたらこういう感じなのだと記憶しておこう」
ティロはこの上級騎士が本気で自分の腕を認めようとしているのだと思った。しかも一般的に褒めるのとは違い、手合わせをした上で詳細を分析している。それほど高度な見識を持った剣士に会うのは、予備隊を出てから初めてだった。
「あの……他に何かわかりましたか?」
(もしかしたらオルドの型みたいにエディアの型が出てたとか、何か言われるかな……?)
どうしても右手で試合をしてしまったことで、ティロは自分の正体が明らかになってはいないか不安で仕方がなかった。
「そうだな……技術、素早さ、判断力、そして日頃の鍛錬。全て申し分はない。持久力と筋力については、事情が事情だからな。また調子のいい時に見てやろう。残すは、経験だな」
「経験……?」
思いがけない言葉に、ティロは首を傾げる。
「お前はまだ若い。もっと鍛錬すればもっともっと伸びる。それにはいろんな強い奴と試合をしないといけない。こんなところにいてはダメだ」
(それはわかってるよ、ここには剣を理解してくれる人がいない。ここは悪いところではないけど、俺の半分以上が死んでいるんだ。でも、ここから出られるわけないだろう?)
「そうだ、お前、俺に着いてこないか?」
「はい?」
上級騎士の申し出に、ティロの頭は真っ白になった。
「帰ったらすぐ上に掛け合ってみよう。とりあえず上級騎士3等として俺の下に付いてもらう。いいな?」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 僕が上級騎士ですか!?」
頭の中の何もかもが追いつかなかった。勝手に話が進みすぎていて、ティロは訳がわからなかった。
「当たり前だ。その腕なら特務はおろか、上級騎士は当然だ。親衛隊も十分視野に入るぞ」
(親衛隊だって!? いやまあ、俺の最終目標は確かにエディアの親衛隊だったけどさ、リィアのじゃないんだよ!!)
「いやでも、あの、僕キアン姓ですし、予備隊ですし……」
「剣の前に生まれも過去も関係ない。そもそもその腕で8等ごときに甘んじている方がおかしい」
「はぁ……」
上級騎士の正論に、ティロは何も言い返せなかった。
「とにかく、この査察が終わり次第俺はお前の辞令を書かせるからな! 帰り支度だけはしておけよ!」
「でも、僕なんか……」
状況を受け止めきれないティロを、上級騎士は怒鳴りつけた。
「なんかとは何だ、あんなもの見せられて放っておけるか! お前、俺を誰だと思ってる!? 俺が目をかけておいてこのまま雪に埋もれさせるなんて馬鹿な真似をするわけがないだろう!?」
(なんでこの人こんなに怒ってるんだろう……)
まるで他人事のように説教を聞いているティロに、上級騎士は更に追い打ちをかける。
「それにお前、剣技が好きだろう?」
その言葉に、ティロは頭の中が熱くなった気がした。
(好き、好きだよ。すごく大好き。本当はもっときちんとしたところで、いろんな人と鍛錬したい。リィアの型を覚えるのもいいけど、本当はエディアの型をもっとやりたい。そして父さんと爺ちゃんの型も本当は思い出したい。やりたいよ、本当は)
先ほどの手合わせを思い出して、いろんなものがこみ上げてきた。
(やっぱり、俺は剣がないとダメなんだ。剣が俺を人にしてくれるんだ。この人は俺の剣を認めてくれた。予備隊出てから、初めて俺の剣を褒めてくれた。こんな欠陥品、放っておいてもいいのに)
鼻の奥が痛む感じがして、下を向く。今まで溜め込んできたものが溢れてきた。
「……はい」
俯くティロに、上級騎士は声をかけた。
「上級騎士など、その気持ちだけで十分だ」
そう言うと上級騎士は詰所を出て行ってしまった。詰所に残されたティロは今までのことを思い出した。
(父さん……俺、やっぱり剣好きだよ。剣を好きなままでいていいんだって。ああ、父さんと手合わせしたいな。エディアに帰りたいな)
様々な思いが交錯し、ティロはしばらく涙を流し続けた。
***
しばらくしてからアース隊長が詰所にやってきた。上級騎士は一晩村に滞在し、翌朝リィアに帰るということになっていたようだった。
「なんだティロ、やけに気に入られたみたいじゃないか」
「隊長、あの人誰なんですか?」
アース隊長は呆れた顔で答える。
「誰って、お前……今日は査察があるって言っていたじゃないか。リィア軍上級騎士隊筆頭、ゼノス・ミルス様だぞ。お前あの方を誰だと思ってたんだ」
「ひ、筆頭!?」
ティロの全身から嫌な汗が噴き出した。こんなど田舎に稽古をしに来る上級騎士なんか大した役職ではないと勝手に思い込んでいたため、まさかリィアの上級騎士を束ねる一番上の役職の者が来ているとは思わなかった。
「ものすごく偉いお方だぞ、俺たちみたいな者と手合わせしてくれるなんて有り難いことだ。明日の朝出発なさるそうだから、もし何かあるなら今のうちに話を聞いておくといいんじゃないか?」
アース隊長の言葉がどんどん遠くなり、代わりにリィア軍上級騎士隊筆頭ゼノス・ミルスの「辞令を書かせる」という言葉が重くのしかかる。
「とりあえずもう一回寝よう……」
様々なことが起こりすぎて、頭が破裂寸前だった。それからティロは元の草むらへ行き、一生懸命昼寝をした。




