極限の喧嘩
リンク:懐旧編第5話「強敵」
コール村関所を訪れていたリィアの上級騎士にティロは半分寝ぼけた頭で不遜にも剣技で喧嘩を仕掛け、そして彼の力量に圧倒されていた。
(畜生! とにかく攻めるのみ!)
先に倒れた方が負け、と勝負を急いだティロは考えられる限りの連撃を仕掛けた。一発でも相手が防御を外せば御の字と思いながら剣撃を繰り出すが、それらは全てしっかりと上級騎士に受け止められた。
「なかなかやるじゃないか!」
ティロが右に振ろうとすると、上級騎士は先回りするように右側の防御を固める。左へと行けば相手も左に合わせてくる。
(速いし、基本的に動きが全部重い! どれだけ鍛錬してんだこの馬鹿力は!?)
ティロは自分の剣撃を全て受ける上級騎士に驚き、そしてその底知れぬ実力に震えていた。そして剣を合わせながら彼の剣撃の力強さに慄いた。
ティロもエディアや予備隊でずっと剣を握ってきた。剣筋というのは経験が長いほうが有利であり、同じ型をこなしても素人と熟練ではその剣の重みが違った。それは握力に加えて、剣に加える無意識な力の調整加減が「重み」として伝わってくるものだった。
(俺ももう少しマシなところで真っ当に鍛錬できていれば、少しは違ったのかも知れないけれど……)
予備隊を出てから、ティロはまともに他人と手合わせが出来ていなかった。先ほどの上級騎士のように、相手の技量を見て「実演」をすることは何度かあった。しかしそれは自分の実力と向き合うことではなく、常に誰もいないところで剣を振ってきたティロの弱い部分であった。
それに加えて、ティロはなるべく気にしないようにしてきたがどうしても左腕の怪我を庇うように動いてきた。左手で剣を持って足りない筋力を補ってはきたが、本来の利き手ではないこともあって右手に比べてなかなか筋力がつかなかった。そんな問題を補うため、ティロはなるべく相手より速く動くことで試合を速やかに終わらせることを心がけていた。
(しかも多分、まだこいつは本気じゃない。弱みがあるとするなら、まだ俺を舐めてかかってるかもしれないってことくらいか)
必死で打てる手を考えて繰り出すが、上級騎士には通用しなかった。それどころか、いつまで経っても向こうから攻めてこないことが気になってきた。
(いや、もしかしたらこいつは遊んでるくらいのつもりなのかもしれない。剣撃のひとつひとつにまだ余裕が感じられる、まだまだいけるってことだよな)
このまま普通に剣撃を繰り出していても埒があかないと思ったティロは、勝負に出ることにした。
(よし、こうなったら滝落としだ!)
思い切って型から外れた、予備隊時代に編み出した技を試してみることにした。
(いつ使おうかと思っていたけど、こいつにならちょうどいいだろう!!)
ティロは一度間合いを取ると、思い切り剣を上段に構えるふりをする。そこで相手が上段の構えを取った瞬間に横から下段へ剣を下げる。この動きを実現させるのにひとりで鍛錬を何度も繰り返してきた。しかし、予備隊時代にシャスタやノットに試したきりこの技は出番がなかった。
(いけ! 俺の特訓を舐めるな!)
夜間特訓の成果がここで現れるとティロは技を仕掛けた時点で満足した。しかし、上段の構えが陽動であることも見抜かれた上に下段の剣撃も止められてしまった。
(嘘だろ! この剣筋を見切るなんて、あり得ない!)
その後もティロは思いつく限りの必殺技を試してみた。予備隊時代にひとりで考案した技はたくさんあった。しかし、どれも上級騎士には届かなかった。
(なんだよこいつ! 畜生、強いなんてもんじゃないな……)
そのうちに体力が尽きてきた。元から3夜寝ていない上に昨日は気絶特訓までやっていたので、ここまで立ち回りが出来ただけでも上出来だとティロは自分自身を励ます。そんなティロの様子を見て、上級騎士が攻めの体勢に入る。
「そろそろこっちから行くぞ」
(まずい!)
途端にティロの背中に冷たいものが走った。
(あいつの剣撃はかなり重い、今まで向こうが防戦一方だったから何とか凌げたが、あいつが本気で踏み込んできたら俺は死ぬぞ)
おそらく体力も集中力も切らしていない上に、技量も底知れない上級騎士に対して今のティロの調子は客観的に考えても絶望的だとしか言いようがなかった。
(こっちはただでさえ4日目なんだぞ!)
宣言通り、上級騎士が仕掛けてきた。真っ直ぐで切れのある力強い剣筋であった。一撃をなんとか受けて、ティロは腕が痺れるのを感じた。
(やっぱりすごく重たい、受けるので精一杯だ。畜生、それにしてもすごくきれいなリィアの型じゃないか)
上級騎士の攻撃を受けながら、ティロはその剣撃に惚れ惚れとしていた。
剣技には型というものがあり、各地で特色のあるものになっていた。ティロが最初に修めたエディアの型は相手を如何に早く叩きのめすのかを目的としているために素早さが重要とされた。一方リィアでは正々堂々とした果たし合いのような試合が好まれ、直線的で力強い剣撃が特徴とされる。そしてティロがノムスから習ったオルドの型は、真っ向勝負というより相手を翻弄する技術としてカウンターのような技が含まれていた。
(リィアの型もそれはそれで面白いんだよなあ。小細工なしの真っ向勝負って奴ね)
上級騎士の完成されたリィアの型にティロは彼の技量の高さを突きつけられたように感じ、ますます勝機を見いだせなくなった。
(こいつと真っ当にやって勝つのは、今の俺ではどうやっても無理だ。無難に打たれるか、間合いをとって降参するか……)
既に頭の中は敗北の2文字しか無かった。如何に負ければよいかを考え始めたところで、ティロは心の中で大きくかぶりを振った。
(でも俺が仕掛けた喧嘩じゃん! それで負けるのはあまりにも格好悪い!)
どうせ負けるのであれば、精一杯足掻こうとティロは覚悟を決めた。思い切って間合いをとって、一度剣を下ろす。
「どうした?」
一度剣を下ろすとただでさえ底をついている体力と集中力が途切れ、倒れ込みそうになる。上級騎士を見ると、まだ悠々と剣を構えていた。
「……実戦形式で、お願いします」
ティロは普段は試合で使われることのない「実戦形式」を申し出た。上級騎士は意外そうな顔をする。
今ティロは上級騎士と暗黙のうちに「試合形式」で手合わせをしていた。これは相手の正面からのみ打ち合うことになっていた。しかし「実戦形式」では正面のみならず、場内を自由に動き回ることが出来る。つまりは「大体において何でもあり」であった。ティロは最後の勝機をこの「実戦形式」にかけることにした。




