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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
1日目
7/51

「合宿への道」10:00


 彼女は無表情だった。

 その美貌に感情はあらず。「無」という存在を感じる。車の振動に身を任せて、窓の外の流れる景色を見ている。田園や自然が濃くなるほど、景色が彼女の無表情と重なり合い荘厳な空気を纏う。「絵になる」という慣用句が浮かんだ。


おっと、あまり凝視すると変に思われてしまうだろう。

僕は目をそらす。


がたん。

車が揺れて、彼女と肩が触れる。

「あ、すみません」

「いいよ、気にしないで」

 彼女はそっけなく返答した。



「すまん。鶴木、揺れた!」

 僕らの乗っているバンの最前列――運転席から大きな声が聞こえた。

 運転しているのは萬井和人さんだ。

「いいえ。大丈夫です」

 最後列にいる僕も、一番前の萬井さんに聞こえるように大きめの声で返した。

「荷物の方も大丈夫か?」

「はい大丈夫です。ちゃんと押さえてますから」

「狭いとこに乗せちまって悪いな」

 乗車するバンは3列。ただ僕らの座る3列目には車後方スペースからあふれた荷物が、乗車シートへ侵略していた。そのせいで、ずいぶん狭い。

「いいえ、大丈夫です!」

 むしろありがとうございます、とは続けなかったけれど、そう思った。

 彼女の隣に座れたことは、正直うれしい。


 しかし、だ。

 僕はそう思っていても彼女の方には迷惑な話だろう。

 近いし。――汗臭くないか、僕。

 隣の彼女からは甘いにおいがするし、大丈夫なのだろうか。できるだけ彼女から距離を取りたいところではあるのだが、車内スペースを圧迫する荷物たちがそれを許さない。


 やはり、一度、お断りを入れるべきだろう。

「どうもすみません、館山さん。――その、せまくって」

「さっきも言ったよね。気にしないで、って」

 ぴしゃり、と拒絶されるような物言いだった。

「そうですね。すみません」

 少し悲しい。

 やはり話しかけない方がいいだろうか?

 それでも、彼女のために――


「あの、次に車が止まった時、休憩の時に、座席を交換してはどうでしょうか? 館山さんと2列目の小野とで」

 僕はこの最後列で荷物を押さえておくという役割があるが、彼女は誰かと席を交換しても問題ないだろう。

「別にそのままでいいわ」


「おーい。鶴木、この車、もう止まんねえぞ。目的地までノンストップだ」

 運転手の萬井さんの大声が割って入った。


「え、もう合宿先に着くってことですか?」

「いいや、まだ半分も来ちゃいねえ」

「え、じゃあパーキングエリアとか――」

「いや高速に乗らねえし。予算ないからな。――でも早いところ進みたいところではある。雨降るらしいからな。あと初めていく場所だから、途中で迷ったりして時間ロスしないとも限らねえし」

 だから止まらないぞ、と萬井さんが発言する。


「え、でも、トイレは、どうするんですか?」

「それは大丈夫だ。心配するな。鶴木」

「あ、やっぱり、どこかで休憩をするんですね?」


「空のペットボトルを準備している」


「せめて携帯トイレと言ってほしかったです!! てか車内で?! 絶対こぼれますよ?」

「いやいや鶴木。『こぼれる』とは限らないだろう。――液体じゃなくて固体の方かもしれねえじゃん」

「環境問題になりますから! 車内環境が大問題です。そういう有事の際には緊急停車してくださいよ!」



「……っく」

 なにか隣から聞こえたような?

「えっと、館山さん? いま笑いました?」

「いいえ。気のせいじゃない?」

 彼女は無表情だった。




「萬井さぁーん。あと20分くらいしたら右折ですぅ」

 車内2列目シート、ウェーブ髪を揺らしながらカワイイ声で指示が飛ぶ。

「オーケー。サンキュー矢部」

「いいえー」

 ――ん? 聞き捨てならなかった。

「いやいやいや待ってください真弓先輩。あと20分って、すごい先です。見えないですし。もうカーナビじゃないですか。――てか、20分て、いったい目的地までどれくらいかかるんですか?」

「大丈夫だよ、剣くん。――あと3時間くらいで到着するからね」

「想定していた3倍くらいの時間でした! 全行程何キロメートルくらいあるんですか?」

「んー? 一万キロくらい?」

「日本飛び出しましたけど?! あと、その時間と距離ならばこの車は現在マッハ3で走行してます。速度超過です」



「……っんく」

 いま隣から聞こえたような?

「え、館山さん? さっき――」

「え、なんでもないけど」

 彼女は無表情だった。



「まあまあ、落ち着きなよ鶴木くん」

 2列目から後ろを向いて顔を見せる。小柄で童顔――可愛いと評される顔だ。

 しかし彼は男――小野楠が喋りかけてくる。

「萬井代表のことだから、たぶん冗談だよ。きっと有事の際は停車してくれるよ」

「ああ、そうか」

「うん、たぶん、ね」小野が目をそらした。

「その一言と機微で、不安が増したんだけど?!」

「まあまあ、大丈夫だって。落ち着いて。――あ、そうだ。コーヒー飲む?」

「この状況で尿意を催したらと思うと、とても飲めないよ?! お気づかいはありがとうだけど、なんでカフェイン含有量が高くて利尿作用が高いコーヒーなの?」



「……っくぶ!」

 いま隣から確実に。

「館山さん。やっぱり――」

「は? なに」

 彼女は無表情ではなく、不機嫌顔だった。


 やはり話しかけない方がいいだろうか?


 天国のような、地獄のような、この空間。




 本当に3時間かかった。


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