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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
プロローグ
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プロローグC「ミステリ談義」


「素人創作の本格ミステリほど寒いものはないと思うんですよねぇ」

「そうか?」

 相槌を打つ。

 女性に好感を持ってもらうためには、気持ち良く話してもらう必要があるらしい。空気を壊さないように、にこやかな笑みを浮かべながら話を聞く。

 彼女はグラスを傾ける。白い液体は、コクコクと彼女の柔らかそうな口へと移る。ちなみにノンアルだ。大学一年生は未成年である。

 大学の先輩から誘われた合コンだった。居酒屋の畳の上で隣の女の子はだらだら喋る。

「そぉですよぉ。結局のところミステリって、読み手側のハードルが高すぎると思うんです」

「え? マユちゃん、どーいうこと?」

 純粋に問い返した。

「だって【十戒】や【二十則】、【九命題】を理解してないといけないしぃ」

「違うよ? 【ノックスの十戒】も【ヴァンダインの二十則】も【チャンドラーの九命題】も作者側が書くためのルールじゃないか」

 しまった。

 否定をしてしまってから、女性の話を否定するのはタブー、と教わっていたのを思い出した。


【ノックスの十戒】

【ヴァンダインの二十則】

【チャンドラーの九命題】

 いずれも本格推理小説に於けるルールである。

 Kwskはググってくれ。


「詳しいですねぇ大野さん。でも違います。いいえ、です。アレって読者側も理解している必要があるんですよぉ。そうじゃないとフェアじゃない」

 ボクの『否定』を彼女は気にしなかった。むしろ薪をくべた炉のように喋る。

「――【本格ミステリ】って『読者にも犯人が推理可能である』って制約があるんですよ」

「……【本格ミステリ】か……」

 そのジャンルには、縁があったので言葉に詰まった。


「大野さん、話について来れてますか?」

「え。ああ、うん。大丈夫だよ。本格ミステリ、ね?」

「ちなみにこれから話す……いいえ、グチるにおいて、前提になってくるんですけれど、【本格ミステリ】と【ミステリー】の違いってわかりますか?」

「大丈夫。わかるよ」

 聞かれたので答える。

「順序が逆だけれど、まず【ミステリー】。これは『謎』というジャンルだ。読者に『謎』を提示して、その『謎』を調べる好奇心を沸かせて、明らかにして快感を得る、そういう広いジャンルだ」

「【ミステリー】って広いですか?」

「広いよ。ほぼすべての創作は【ミステリー】と言ってもいい。いやごめん。過言かもしれないけれど、それほどに広いよ。【ミステリー】のジャンルは。――例えば【少年バトル漫画】でも、主人公と敵のどちらが勝つのか、という勝敗が『謎』になっている。【ラブコメ】でも、両想いなのか、結ばれないのか、そんな恋の結末を『謎』にしている。そして、その『謎』に読者は驚き、そして楽しむ。――要は『謎』だからほぼすべての創作は【ミステリー】に通じると思う」

 ちょっと過激派な意見かもだけどね、と一度話を締める。

 彼女の反応を見る。あきれられたかな?とそう思ったが、

「なるほど。たしかにそのとーりですねぇ」

 彼女は過激な意見に納得したようにコクコク首を縦に振り、グイッとジョッキを仰ぎて一気飲み干し、ぷはーっと息を吐いた。


 話を続ける。

「そして【本格ミステリ】は極めて狭いジャンルだ」

「そうですか?」

「うん。【ミステリー】とは同じだけれど違うモノだからね。マユちゃんも言っていたけれど【本格ミステリ】は『読者にも犯人が推理可能である』というルールがある。推理モノと言ってもいいかもしれない。トリックと状況や証拠から、犯人を論理で導く。作者は『謎』を用意し、読者は推理を楽しむことが出来て、その物語上で『謎』が暴かれて、その結果に驚く。つまり推理が出来るようにフェアに作られている。それが【本格ミステリ】。――でも、推理ができて『謎』が解けているのなら、それはすでに『謎』ではない。矛盾するよね。驚きもしないだろうし」

「ああ、たしかに、そうですね!」

 彼女はちゃんと話を聞いていた。

 グラスを持ち上げて口を潤す。しゃべりすぎたし、合コンの騒がしい雰囲気で、脈絡のないことをいっているかもしれない。まとめに入る。


「だから、難しいよね、【本格ミステリ】は。――謎が解けた人には『簡単だった』と批判されて、かといって難解な謎を提示しても『フェアじゃない』と叩かれる」


「そうなんですよ! そのとおりです!」

 わかってるじゃないですか大野さん、と彼女はヒートアップしていた。

 すでに空のジョッキをグイっと仰ぐ。

 そして、宣言するように。



「だ・か・ら、シロートの【本格ミステリ】なんてぇ、くだらないと思うわけでしゅよ」




 しゅよ?

 彼女の赤い顔が揺れていた。

 彼女の目。焦点が会っていない気がする。

 とたん、電池が切れたように彼女が崩れ落ちた。

「ちょ!」

 あわてて倒れないように支えた。

 抱き止めた彼女は意識がなかった。呼吸はしている。完全に眠っている。



「あー、マユ死んじゃったかー」

 別の席から声が飛んできた。彼女の友達のようだ。

「いや、だって、ノンアルだったんじゃ……」

「いいえ。マユが飲んでたのはアルコール入ってるよ? 結構きついの」

「……えっ」

 マズイ。未成年飲酒。もしも週刊誌に撮られたら、いや芸能人ではないのでそんな事は問題ではない。でも、大学にバレたら問題になるんじゃ、停学なんてことになったら……。

 一瞬でそんな不安が脳裏を過ぎる。

「あー、だいじょうぶだいじょうぶー」

 彼女の友達が、気楽にいう。


「その子、成人してるからさー」


「えっ!」

 驚いて声が出た。

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