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〈前日譚B〉だが断る




〈通達〉

 大学の掲示板に張られていたお知らせだ。





 映画研究サークル 演劇同好会


 7月20日 15:00


 上記のグループ代表は記載された日時、学生課担当まで来てください。

 代理の方でも構いませんので、確実に、来てください。







 眼鏡スーツの担当職員は真顔で伝えた。

「予算を返してください」

「……」

「……」

 告げられた言葉に映画研究サークル代表・萬井和人および演劇同好会会長・川合更は絶句した。二の句が継げなかった。


 それでも、まず言葉にしたのは萬井だった。

「えっと、なぜ今そんな瀬戸内のローカル線の話が出るのでしょうか?」

「JR四国の『予讃線』の話をしているのではありません」

 にべもなかった。


 続いて、言葉を発したのは川合だった。

「はい。では竹刀を返却したらよろしいですか?」

「『とんち』ではないのです。『予算』の上部だけ読んで『マ竹』――『真竹』『マダケシナイ』と無理やり変換するのはやめてください。そもそも同好会には桂竹竹刀しか置いていないでしょう」

 スゴイ理解力だった。


 そして、萬井が発言する。

「12です」

「『よさん』は九九の『しさん』ではありません。これまでのボケは意外と秀逸だったのに、なぜ急にIQがだだ下がりしたのですか?」

 取り付く島もなかった。



 眼鏡スーツの職員が捲し立てる。

「映画研究サークルおよび演劇同好会は、特に目立った活動報告がなく、人数も既定の5人未満となっています。退部や家庭の事情での休学などで人数が減少したのは知っています。事情がお有りでしょうが、規則は規則です。春に支給した活動費――予算の返却を願います」

「でも、大学側が支給したモノを返せとは、コレいかがなことでありましょうか?」

 萬井の反撃。

「はい、しかし春の支給の際に『予算がなくては活動できない』『規定の人数や実績を保証します』『だから予算よこせ』と要求し、『人数・実績が伴わない場合は予算を返却する』という条件を飲んだのは、あなた方ですよね? 映画研究サークルさん演劇同好会さん」

「……」

「……」

 言葉がなかった。


 実績――その言葉で川合は思いついた。

「あ、我が演劇同好会では、プロ芸能事務所から招聘されているメンバーがおります」

「おや? 本当ですか」

 キタっいける、川合は思った。

「では事務所に所属しているという、所属証明を提出願えますか?」

「あ、いえ、声をかけられているだけで、所属しているわけではなくてですね……」

「では、それは活動実績の対象外です」

 クソッタレっだめか、川合は脳内で悪態をついた。

 ――ケンくんめっ、声をかけられたのならさっさとプロになれ、あのストイックモンスターめ!


 萬井は、1つ案を思いついた。

「活動実績――それがあれば、サークルとして認めてもらえて、予算の返却もしなくてよい、ということですよね?」

「ええ、まあ、そうですね」

「そうですか。わかりました。――おい、演劇女子」

 萬井が川合に目を合わせる。

「ん? なによ映画男」

「ちょっと相談がある」

 すみません少し外します、と2人は学生部応接室を後にした。

 萬井は川合の手を握り、連れて行った。




 人のいない大学の校舎裏。

「俺と組まないか?」

「だが断る」

「なに?!」

「この川合更がもっとも好きなことの一つは、……ノーと断ってやることだ」

「途中をハショるんじゃねえ。なんだその逆イエスマン体質は!」

 やはりこいつとならやれる、とツッコミをしながら萬井は思っていた。

 おもしれー女、だ。

「そういわずに、まあ聞けよ」

「……組むって、なんのことよ。告白するにしても、もうちょっと言い方ってものが……」

「違げえよ! 出会って5分くらいの女に告るわけないだろ。――いや、一目惚れなら告白するかもしれねえか? いいや、そもそも同じ講義を受講してるし教室で見かけたことあるし初対面ではなくないか? ――って、そうじぇねえよ。活動予算の件だよ」

「……」予算の単語で川合は無言になった。

「俺もお前も、予算を返したくない、返せない。ならばどうにかするしかないだろう」

「どうにかするって……?」

「さっき言っていた『実績』を作るんだよ」

「……実績」


「俺たちと、お前たちで、映画を作ろう!」

 萬井はドヤ顔でそういった。


「いいか、もうすぐ大学祭がある。そこで活動と称して自主製作映画を公開するんだ。俺のサークルには撮影機材と上映機材がある。お前のところなら役者はいるだろう。演劇同好会さんよ」

「……なるほど」

 川合更はあごに手を添えて考える。

「なかなか妙案だと我ながら思うぞ。大学祭で鑑賞料金――入場料をとれば活動費用も賄える。それができれば、もっといい機材も……そうだ。こないだ購入したプロジェクタの規格に合う性能のいいスピーカを購入すりゃ講義室を借り切ってもかなり良い音で――」

「プロジェクタ?」

「おっと、口が滑った……」

 ごほん、と萬井は咳払い。

「ともかくそんな感じだ。どうだ?」

「…………鑑賞料金、なるほど。実績ができれば予算を返さなくていい、むしろ鑑賞料をとれば懐が潤う。……それなら芝居を見に行ったり、欲しかった小道具を新調したり……」

 ブツブツブツブツ、とこぼす川合。

 そこに萬井が仕掛ける。

「ああ、でも、これから映画作るのなんて大変すぎるよな。大学祭まで時間もねえし、1から映画を作るなんて無茶かもな。俺たちもお前たちも人数がいないって聞いているし。――この話はなかったことにしてくれ」

 萬井は肩をすくめる。この場を離れようとする。

 これまでのことで萬井はこの女のことを心得ていた。

 川合が、背を向けて去ろうとする萬井の手を掴んだ。


「だが断る!」


 映画の製作が決まった。

 映画研究サークルと演劇同好会はこうして協力体制を結ぶこととなる。

 

 萬井と川合は手を組んだ。

 物理的に。力強く。

 ――グァシッ、と。








 しかし、計画は困難を極めた。


 講義前の教室にて。

「アクションに決まってんだろう」

「いいえ、恋愛よ。ラブストーリーしか勝たん!」

「そんなのじっと座って見られるか?! 恋愛モノは、モロに役者の技量が映画のクオリティに繋がるだろう。学生の素人役者にできるのか? 自分の趣味で作品を作んな」

「うちの演者を舐めないで! そもそもアクションの方がありえないわ! あれはマネーパワーがあってこその作品だから。素人CGや下手なカメラワークでいい作品ができると思うの? ――でも半分趣味に走ったのは悪かったわごめん!」

「いや、こちらこそ! たしかに役者の力量については、わからねぇので何も言えなかった。侮ってすまん、謝る。だが低予算で面白いアクション映画もある! 今度見せてやるから予定を空けとけコラ」

「望むところよコノヤロウ」

 その様子は教室に集まった学生の注目を集め、担当講師が

「はい。講義始めますので静かに願いますね君たち」

 との声をかけて止めるまでつづいた。



 学生の集まるラウンジにて。

「ならばミステリだな」

「ミステリ? つまり作家のミナカナみたいな作風ってこと?」

「たしかに大作家で、界隈でも超一流の人だと思うけれど、その人をミナカナって略称で呼ぶヤツはじめて見たぞ?! そうなんだが、そうじゃなくて、あれは謎と緊張から人間のドロドロ感情を前に押し出した作品だろ?」

「そう! それが良いのよ!」

「川合の好みの問題ではなくてだな。もっと謎を前面に押し出す形でやりたいんだ。『誰が』と『どうやって』がメイン。トリックやギミックを主体にしたもの」

「お客さんに犯人やトリックを推理してもらう、そういう楽しみを提供するわけね」

「集客のため注目を集めやすく、解決まで客が席から離れづらく、大した予算もなくて、ある程度の役者の技量が必要でもかまわなくて、客に満足感を与えられる。そんな条件に合致する作品は、――本格ミステリ映画。これしかねえ!」

「なるほど、それなら私が推していた恋愛的要素を付け加えるのも、作品のアクセントにちょうどいいかもしれないわ。よし、いいわ。納得した!」

「ああ、そんなわけで時間もねえしプロットをつくるぞ。いや、ロケ地を先に決めた方が、その場所に合わせたトリックを組み込めるか……」

 その話し合いは、学生会館の管理スタッフが

「もう閉めるので、出てください」

 と声をかけて締め出されるまでつづいた。



 映画研究サークルのプレートが貼られた一室にて。

「あたしの後輩のおじさんが廃校をリフォームしたコンセプト宿の管理人をしているって。大学祭での宣伝を条件にロケ地として使わせてもらえるわ。――これで撮影場所問題はクリアだけど、この条件でどういう事件とトリックにするか……」

「わかった。その建物と場所の詳細を教えろ。トリックと事件、全部考えてやる。――今夜、ひと晩くれ」

「やだっ、カッコいい……」

「……本気で言ってるか?」

「冗談に決まってるじゃない。演劇同好会の役者を舐めるんじゃないわ」

 と川合は冗談にした。



 萬井の1人暮らししているワンルームアパートメントにて。

「……どうだ?」

「うんうん。なるほど、いいわね。よくこんなトリックをひと晩で……いや、ひと晩じゃないわ。もうお昼近いじゃない!? ……夢中になりすぎたわ」

「よし、川合も納得いったようで、なによりだ。……俺は、これから、寝て」

「ダメよ。これから講義でしょーが。起きなさい」

「いやまて、さっき来た川合と違って、俺は昨日から一睡も……」

「留年しちゃうわよ、この映画バカ」

 川合が腕をがっしりと掴んで萬井を大学に連れて行った。


 え、あの二人、まさか付き合ってんのかな。見せつけてくれるわね。朝帰りってヤツか。いま来たんだけどな。同伴出勤ってヤツか。出勤ではないけどな。同伴登校ということか、聞いたことないけど。うらやましいなぁ!

 そんな噂が教室でささやかれているのに、夢中な2人は気づかなかった。




 大学からの帰り道。駅のホームにて。

「よし、じゃあこのトリックを使ってあたしが脚本を書くわ」

「ああ。たのむ。すまないな。俺はそういう台詞回しはできないから助かる」

「なに言ってんのよ。こんなにいいトリックを考えてくれたんだから。脚本くらい、どうってことないわ。任せなさい」



 大学にある川合のゼミ室にて。

「なあ川合。この2人がいがみ合ってる関係にするなら、こっちのシーンが矛盾しないか?」

「ああっ! たしかにそうだったわ! しまった、やらかしたわ。ごめん修正するわ」

「おう。任せる。でも、もう撮影まで時間がないし、役者の練習時間もとらないといけないから、早めに頼むな」

「わかってる」憔悴が顔にはあった。「……じゃ、コレ」

「ん? なんだ鍵?」

「あたしンちの鍵」

「は?」

「合鍵。書き終わったらすぐに来て、見て。確認して。もうあたしどこかに移動する気力残ってないと思うから……あんたが来て」

「……いや、それは」

「あたしも1人暮らしだから、気にしなくていいから……勝手に入ってきて。ドア開けるのもめんどいから……」

 疲れと苛立ちの見える川合に、萬井は「わかった」と声をかけた。



 深夜、川合の部屋にて。

 カタカタとパソコンに打ちだすタイピング音が響いていた。

「本格ミステリ、つまり誰か死ななきゃいけない。死体の演技……できたら上手い人がいいわね……ここが山場のシーンだもの」

「間に合いそうか?」

「ぅわっ! びっくりした!」

 集中していた川合は背後の萬井に気づかず、驚いた。




 川合の部屋にて脚本制作はつづく。

「川合。ご飯を作ったから、一回休め」

「ああっ! もうダメ! いいかげんにしてよ! いや、いい加減にするのはあたしだけどっ! こっちのセリフが矛盾してる。こっちには伏線にするセリフが足りなかった。ああっもう! くそ!」

「おい。川合、休憩だって」

「休憩なんてしてるヒマないわよ! 舐めてんの!? ふざけてんの? このままじゃ間に合わない!」

「だからこそ、少し休め。ヒスってるぞ、おまえ……」

「なによっ! 何も考えてないくせに。だいたい、演劇一本でずうっとやってきたあたしに、恋愛なんて書けないのよ! 経験なんて皆無なのに! あたしがやろうって言ったのに! あんたの考えたトリックはこんなにも良いのに、あたしがそれを活かしきれてない! もうっいやっ! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!!」

 情緒不安定。瞳には涙が浮かぶ。


 萬井が川合を抱きしめた。


「一回落ち着け。だいじょうぶだから」

「…………ぐす」

 鼻をすする音がした。

 暴れ回っていた心を萬井は抱きしめて、背中を優しく叩き、落ち着けせる。


「……あのさ。止めたいなら、止めてもいいぞ?」

「…………え」

「もともと無理めな計画だったんだ。川合にそこまで負担を強いてやることもない」

「でも、予算が……」

「返せばいいだけだろ? まあ、プロジェクタ買っちまって残ってないけど……まあ、バイトを増やせば、なんとかならないこともないだろ」

「…………」

「今度、割のいいバイト、探そうぜ。お前もいっしょにバイトするなら、楽しい職場になるだろうしさ」

「あんたとバイトでもすれば、あんたと働くならば、……ほ、本当にあたしは、こんな苦労、しなくても、いいのか……」

「ああ、約束するよ。お前もやってくれるならギブアップしても」

 萬井は笑いながら、川合に答えをせまる。

「やめよう。さあ、もうやめろ」


 川合はドヤ顔していった。

「だが断る!」


「なに?!」

 驚いている演技だった。そう言うだろうと信じていた。

「この川合更がもっとも好きなことの一つは、自分がもう無理だとあきらめそうでも、ノーと断ってやることだ」

 川合更は息を吹き返した。

「やるわよ! 萬井くん。この部屋に入ったなら書き上げるしかない。協力しなさい!」





 先に覚醒したのは川合更だった。

 目を開けたら、目の前には、最近ずっといっしょにいる男の寝顔があった。すうすう、と寝息を立てていた。台本が出来た後、あまりの疲れとテンションで同じベッドで眠ってしまったようだ。

 その寝顔を見る。

 愛おしくなって、その頭をなでる。

 ――ん? 

 と。

 我に帰るは川合更。

 ――ああっ、何をしているんだ。あたしはっ!!?


 その気持ちに気付く。


 そして、台本は完成した。


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