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『学校宿の殺人』+α  作者: 稲多夕方
3日目
43/51

『最終解決戦④」0:51


 鶴木が手を伸ばす。館山へ。

 しかし、その手は空を切る。かわされた。

 捕らえられなかった。館山が教室を飛び出す。


 萬井、矢部、小野はその場で固まっていた。


「ああっ!」

 鶴木が声を上げた。

「みなさん! なんで止めてくれなかったんですか?!」

「分かるだろ。鶴木」

 萬井が、眼を逸らして伝えた。

 矢部と小野も、眼を合わせない。

「あいつが川合たちを殺したんだ。かばう理由がない。俺たち――自分自身を危険にさらしてまで、な」

「でも、最初に言ったじゃないですか! 暴れたら止めてくれるって――」

「それは『俺たち自身や仲間』に危険が及ぶから、だ。アイツ自身が死ぬつもりなら――」

「館山さんは『仲間』じゃないんですか?!」

「それは……っ」

 萬井の言葉を聞く前に、鶴木は駆けだしていた。

 教室から廊下へ。

 彼女を追う。

「待ってください館山さん!」







 彼女は階段を駆け上がる。

「いたっ!」

 一瞬、足をかばう。

 それでも、上へ。上階へ。自分の部屋『3-1』教室へ。




 急いで教室の中へ。

 自分の荷物。その中から取り出す。

 ――白い粉。

 口を開ける。


 戸が開く。

「やめてください館山さん!」

 一瞬で飛び付く。

「きゃぁあ!」

 2人で教室の中を転がる。

 館山の眼鏡が外れて吹き飛ぶ。

 そして――

「それは、青酸カリですね。なんてことしようとしてるんですか!」

 館山を後ろから抱きしめて自由を奪う。

 押さえる彼女が暴れる。

「やめて! やめてよ! 放して! 放してよ!!」

「館山さんがやめてくれるなら放します。でも、嫌です! 絶対に死なせません」

「やめてって言ってるでしょ!」

「でも! それがウソだって分かってますから!」


「…………っ!!」


「本当は止めて欲しいんですよね?」

「…………そんなことない」

「本当は生きたいんですよね?」

「……そんなことない」

「嘘です」

 鶴木が容赦なく断言する。



「うぅー! ああっ! うわぁああ!!」

「…………っ!」

 館山が狂ったように力を入れて暴れるが、鶴木が必死に抑えつける。

 事態は膠着していた。均衡を保っていた。

 完全に鶴木が館山を押さえていた。

「……」

「……」

 やがて、館山は暴れるのをやめて、おとなしくなった。

 それでも鶴木は放さない。


「館山さん。…………動機を話してください」

「剣くん。自分は放さないのに、私には話させるの?」

「ええ。そうですね」

「…………」


 黙っていた館山だったが、時間をかけて、ゆっくり話し始めた。


「……私がバスケットボールをしていたのは、知ってるんだっけ?」

「はい」

「そっか。嘘発見実験のときに、話していたね」

「……」

「私の『生きがい』だった。結構うまくて、中学のころは全国大会にも出られるくらいの選手だったんだよ? バスケがあったから私の人生は輝いてた」

「……はい。」

「でも事故が起きた。高校一年生の時、……あの川合更が原因」

「……」

「試合中だった。接触事故だった。いや、事故じゃないかも。わざとぶつかってきたのかも……。――私は足を怪我した」

 彼女は足に視線を向ける。

 暴れてめくれ上がったジャージの下の肌には、傷痕があった。

 思えば、1日目の体育館でもそのような素振りがあった。

 まるで、傷を隠すような、足をかばうような、そんな素振りが。

 階段で転んだ彼女。遅れて駆け出した鶴木が追いつけた理由。

 ――それは足に不自由を抱えているからか。


「ケガをして、私は、飛ぶことも、走ることも、難しくなった……」

「……」

「今まで、積み上げてきたモノ、すべてを奪われた。もうバスケは出来なくなった」

「……」

「暗くなった。友達がいなくなった。人が信じられなくなった。他人が嫌いになった。人生がつまらなくなった。自分も嫌いになった。未来に希望が持てなくなった。インドア派になった。これまでの私自身のすべてが、無くなったみたいだった」

「……」

「でも、大学生になって――あの女に出遭った」

「……」

「あいつは言ったわ。『あの時はごめんね』って。ごめんで済むわけがないでしょ!! 私が、どれだけ、どれだけ、どれだけ……」

 彼女の頬を涙が伝っている。

「……」

「そして、彼女が言ったの『よかったら、合宿に参加してくれない?』って」

「……」

「どの口でそんなこと頼んでいるのかしら?! ――でも、それで私は思いついた。機会があったら、殺してやろうって……だから、青酸カリを準備して……でも殺すなら、自分の手で殺すのが1番いいと思った。だから、調理室のナイフで――」

「……そうですか……」

 鶴木はだたそう言った。


「倉木さんは、なぜ殺したんですか?」

「あれは違うよ。……本当は……」

「朝星先輩を殺そうとしたんですね」

「…………そう。聞いちゃったの。偶然」



 体育館裏。練習後。

『館山さんを合宿に参加させたの。うまく馴染めてるかしら、大丈夫だったかしら?』

『大丈夫っすよ。心配性だなぁ更さんは。もう何年も前の話なんでしょ? オレだったらもう忘れてますよ。あはははは!』



「そしたら、『ああ、この男も殺そう』って」

「……」

「それに、なにかと突っかかって来て、剣くんといたときも、絡んできて、ヤってたとか……。それに、あの『川合更』に好意があるみたいだったし……」

「……」

「1回殺してから、自分の中のハードルが下がっちゃったのかな?」

「……それは、わからないです」

「それで、毒を仕掛けたんだけど、失敗した」

「…………」

 鶴木は、何も言わなかった。


「それで、車をいじって事故に見せかけて殺したんですか?」

「いいえ」

「え?!」

「それは偶然。私は何もしてない」

「…………」

「たぶん、本当に、車に不備があったのか。もしくは、気が動転していて運転をミスしたか、どちらかだと思う。――どうせなら、私の手で殺したかった」

「…………」

 ――嘘じゃなかった。

 朝星の車暴走は事件ではなく、ただの事故のようだ。

 しかし、あれだけ気が動転していては、動揺していては、自動車の運転をしくじるのも、無理はないかもしれない。

「そうですか」

 それだけ言った。




「もう、全部言ったよ。だから、放して」

「いやです」

「なんで!」

「館山さんが死のうとするからです!」

「もういいじゃない! ぜんぶ終わったんだから!」

 館山はまた暴れはじめる。

「終わってないです!」

 鶴木はそれを抑える。

「何が!? 剣くん、あなたに私の何が分かるのよ! 分からないでしょ!」

「たしかに、わからない事の方が、きっと多いんでしょうけれど、でも、バスケができなくなったら……そう思ったら、僕だって、それくらい思うかもしれません。殺してやろうって……」

「……」

「それに、館山さん自身が言ったんです!」




――人に迷惑をかけたのに、罪を犯したのに、それが野放しになるのは、ダメ。ちゃんと後悔と反省をしてもらわないと




「それがなに? だから私に罪を償えというの」

「はい」

「だから、これから死ぬことで――」

「死ぬことは償うことじゃありません! それは罪を重ねることです!」

「…………」

 彼女が止まり、黙る。

「それに、館山さんは言ったじゃないですか」

「え」


「僕のことが、好きって。言ってくれたじゃないですか!」


「え?」

 きょとん、そんな顔だ。

「そ、それが、なに?! 今関係ないでしょ」

「大アリです!」

 鶴木は真剣だ。

 

 彼が真剣に話す。

「嘘発見能力のこと、信じてくれたのは、ふつうに接してくれたのは、館山さんだけだったんです!」

「え、どういうこと?」

「ふつう、嘘がわかるとか言ったら、変なヤツって思われるでしょ?」

「え、まあ、たしかに……そうかも」

 そのまま言っていいのか、悩んでいる様子の館山を見て、鶴木は微笑む。

「はは。――ほら。考えるってことはもう、そうだって認めているってことですよね?」

「あっ、ごめ……。いや、これは答えづらい質問だよ……」

 館山は参ったように返事した。


「実際に嘘を暴いたら、本物だと恐れられて、人は遠のいていく。だから、ずっと隠して生きてきました」

「……」

「はじめ僕は、館山さんなら、今回の合宿だけの付き合いだし、恐れられても離れられても構わない、とそう思って話したんです」

「……」

「嫌われるかもしれない、と、覚悟していたのに。館山さんは相も変わらずに、僕と接してくれました。――話したら避けられる。それが当り前です。もしくは、信じられない」

「……」

「それなのに、一歩踏み込んでくれたのが、館山さん。――あなたです」

「別に、そんなことは……」

「いいえ」鶴木は首を振った。「館山さんが理由のすべてです」

「…………」

 彼女が黙った。


「夕食が食べられなかった僕を、心配して追い駆けてきてくれたり」

「……」

「いろんな話を聞いてくれて、嘘がわかるという僕と自然に接してくれました」

「……」

「あなたがやさしいから……僕は嘘のことを気にせずに、ふつうに話すことができました」

「……」

「だから、館山さんと、もっと話したい、もっと近づきたい。そんな、気持ちが、溢れてて……だから、その、つまり――」


 後ろから彼女を抱きしめる彼との距離は、もうない。

 彼は真っ赤な顔をして、彼女の驚く顔を瞳に映した。

 互いに見つめ合う。

「…………この続きは、また今度、会ったときに話しましょう。僕、待ってますから。――館山さんが罪を償って……」



 ゆっくり、と。


 彼女が、彼に口付けた。



 そして、唇は離れる。

 





「えっ?!」

 彼が驚いた。


「え、って剣くん……今は『本番』で――」

 館山がものすごい小声で鶴木に話す。



「おい、鶴木!」

 萬井の声だ。

 教室の戸が開いた。

「すまなかった。やはり、犯人をーー『仲間』を死なせてしまうのは、許されることじゃなかった。すまなかった。――よく館山を抑えていてくれた!」

「鶴木くん。ごめん! 取り押さえるためのロープを借りてきたよ」

 そんな声を上げながら、萬井と小野が近付いてくる。


「……」

 館山は、おとなしくロープで拘束される。

 もう、抵抗する気はないようだ。

 ーーなにか考えているような顔をしているが……。


「みなさん、警察がきました!」

 あ、館山さん生きてたよかった、と矢部は続けて、

「これで事件は完全に解決です!」

 そういうと笑顔を作った。


 窓の外。

 気が付けば、夜は明けて、朝日が昇っていた。
















「はい! オッケー。いやぁー、いい演技だったわよ!」
















「ちょっとまってください!」

 そう言ったのは、鶴木だ。

「いったいどうしたの? 剣くん」

 そう答えたのは、館山ではない。矢部でもない。

 ――彼女だ。

 カメラを構えて、にやけている彼女だ。


「だって『キスシーン』なんて、『台本』にないじゃないですか! 更先輩!」

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