『最終解決戦④」0:51
鶴木が手を伸ばす。館山へ。
しかし、その手は空を切る。かわされた。
捕らえられなかった。館山が教室を飛び出す。
萬井、矢部、小野はその場で固まっていた。
「ああっ!」
鶴木が声を上げた。
「みなさん! なんで止めてくれなかったんですか?!」
「分かるだろ。鶴木」
萬井が、眼を逸らして伝えた。
矢部と小野も、眼を合わせない。
「あいつが川合たちを殺したんだ。かばう理由がない。俺たち――自分自身を危険にさらしてまで、な」
「でも、最初に言ったじゃないですか! 暴れたら止めてくれるって――」
「それは『俺たち自身や仲間』に危険が及ぶから、だ。アイツ自身が死ぬつもりなら――」
「館山さんは『仲間』じゃないんですか?!」
「それは……っ」
萬井の言葉を聞く前に、鶴木は駆けだしていた。
教室から廊下へ。
彼女を追う。
「待ってください館山さん!」
彼女は階段を駆け上がる。
「いたっ!」
一瞬、足をかばう。
それでも、上へ。上階へ。自分の部屋『3-1』教室へ。
急いで教室の中へ。
自分の荷物。その中から取り出す。
――白い粉。
口を開ける。
戸が開く。
「やめてください館山さん!」
一瞬で飛び付く。
「きゃぁあ!」
2人で教室の中を転がる。
館山の眼鏡が外れて吹き飛ぶ。
そして――
「それは、青酸カリですね。なんてことしようとしてるんですか!」
館山を後ろから抱きしめて自由を奪う。
押さえる彼女が暴れる。
「やめて! やめてよ! 放して! 放してよ!!」
「館山さんがやめてくれるなら放します。でも、嫌です! 絶対に死なせません」
「やめてって言ってるでしょ!」
「でも! それがウソだって分かってますから!」
「…………っ!!」
「本当は止めて欲しいんですよね?」
「…………そんなことない」
「本当は生きたいんですよね?」
「……そんなことない」
「嘘です」
鶴木が容赦なく断言する。
「うぅー! ああっ! うわぁああ!!」
「…………っ!」
館山が狂ったように力を入れて暴れるが、鶴木が必死に抑えつける。
事態は膠着していた。均衡を保っていた。
完全に鶴木が館山を押さえていた。
「……」
「……」
やがて、館山は暴れるのをやめて、おとなしくなった。
それでも鶴木は放さない。
「館山さん。…………動機を話してください」
「剣くん。自分は放さないのに、私には話させるの?」
「ええ。そうですね」
「…………」
黙っていた館山だったが、時間をかけて、ゆっくり話し始めた。
「……私がバスケットボールをしていたのは、知ってるんだっけ?」
「はい」
「そっか。嘘発見実験のときに、話していたね」
「……」
「私の『生きがい』だった。結構うまくて、中学のころは全国大会にも出られるくらいの選手だったんだよ? バスケがあったから私の人生は輝いてた」
「……はい。」
「でも事故が起きた。高校一年生の時、……あの川合更が原因」
「……」
「試合中だった。接触事故だった。いや、事故じゃないかも。わざとぶつかってきたのかも……。――私は足を怪我した」
彼女は足に視線を向ける。
暴れてめくれ上がったジャージの下の肌には、傷痕があった。
思えば、1日目の体育館でもそのような素振りがあった。
まるで、傷を隠すような、足をかばうような、そんな素振りが。
階段で転んだ彼女。遅れて駆け出した鶴木が追いつけた理由。
――それは足に不自由を抱えているからか。
「ケガをして、私は、飛ぶことも、走ることも、難しくなった……」
「……」
「今まで、積み上げてきたモノ、すべてを奪われた。もうバスケは出来なくなった」
「……」
「暗くなった。友達がいなくなった。人が信じられなくなった。他人が嫌いになった。人生がつまらなくなった。自分も嫌いになった。未来に希望が持てなくなった。インドア派になった。これまでの私自身のすべてが、無くなったみたいだった」
「……」
「でも、大学生になって――あの女に出遭った」
「……」
「あいつは言ったわ。『あの時はごめんね』って。ごめんで済むわけがないでしょ!! 私が、どれだけ、どれだけ、どれだけ……」
彼女の頬を涙が伝っている。
「……」
「そして、彼女が言ったの『よかったら、合宿に参加してくれない?』って」
「……」
「どの口でそんなこと頼んでいるのかしら?! ――でも、それで私は思いついた。機会があったら、殺してやろうって……だから、青酸カリを準備して……でも殺すなら、自分の手で殺すのが1番いいと思った。だから、調理室のナイフで――」
「……そうですか……」
鶴木はだたそう言った。
「倉木さんは、なぜ殺したんですか?」
「あれは違うよ。……本当は……」
「朝星先輩を殺そうとしたんですね」
「…………そう。聞いちゃったの。偶然」
体育館裏。練習後。
『館山さんを合宿に参加させたの。うまく馴染めてるかしら、大丈夫だったかしら?』
『大丈夫っすよ。心配性だなぁ更さんは。もう何年も前の話なんでしょ? オレだったらもう忘れてますよ。あはははは!』
「そしたら、『ああ、この男も殺そう』って」
「……」
「それに、なにかと突っかかって来て、剣くんといたときも、絡んできて、ヤってたとか……。それに、あの『川合更』に好意があるみたいだったし……」
「……」
「1回殺してから、自分の中のハードルが下がっちゃったのかな?」
「……それは、わからないです」
「それで、毒を仕掛けたんだけど、失敗した」
「…………」
鶴木は、何も言わなかった。
「それで、車をいじって事故に見せかけて殺したんですか?」
「いいえ」
「え?!」
「それは偶然。私は何もしてない」
「…………」
「たぶん、本当に、車に不備があったのか。もしくは、気が動転していて運転をミスしたか、どちらかだと思う。――どうせなら、私の手で殺したかった」
「…………」
――嘘じゃなかった。
朝星の車暴走は事件ではなく、ただの事故のようだ。
しかし、あれだけ気が動転していては、動揺していては、自動車の運転をしくじるのも、無理はないかもしれない。
「そうですか」
それだけ言った。
「もう、全部言ったよ。だから、放して」
「いやです」
「なんで!」
「館山さんが死のうとするからです!」
「もういいじゃない! ぜんぶ終わったんだから!」
館山はまた暴れはじめる。
「終わってないです!」
鶴木はそれを抑える。
「何が!? 剣くん、あなたに私の何が分かるのよ! 分からないでしょ!」
「たしかに、わからない事の方が、きっと多いんでしょうけれど、でも、バスケができなくなったら……そう思ったら、僕だって、それくらい思うかもしれません。殺してやろうって……」
「……」
「それに、館山さん自身が言ったんです!」
――人に迷惑をかけたのに、罪を犯したのに、それが野放しになるのは、ダメ。ちゃんと後悔と反省をしてもらわないと
「それがなに? だから私に罪を償えというの」
「はい」
「だから、これから死ぬことで――」
「死ぬことは償うことじゃありません! それは罪を重ねることです!」
「…………」
彼女が止まり、黙る。
「それに、館山さんは言ったじゃないですか」
「え」
「僕のことが、好きって。言ってくれたじゃないですか!」
「え?」
きょとん、そんな顔だ。
「そ、それが、なに?! 今関係ないでしょ」
「大アリです!」
鶴木は真剣だ。
彼が真剣に話す。
「嘘発見能力のこと、信じてくれたのは、ふつうに接してくれたのは、館山さんだけだったんです!」
「え、どういうこと?」
「ふつう、嘘がわかるとか言ったら、変なヤツって思われるでしょ?」
「え、まあ、たしかに……そうかも」
そのまま言っていいのか、悩んでいる様子の館山を見て、鶴木は微笑む。
「はは。――ほら。考えるってことはもう、そうだって認めているってことですよね?」
「あっ、ごめ……。いや、これは答えづらい質問だよ……」
館山は参ったように返事した。
「実際に嘘を暴いたら、本物だと恐れられて、人は遠のいていく。だから、ずっと隠して生きてきました」
「……」
「はじめ僕は、館山さんなら、今回の合宿だけの付き合いだし、恐れられても離れられても構わない、とそう思って話したんです」
「……」
「嫌われるかもしれない、と、覚悟していたのに。館山さんは相も変わらずに、僕と接してくれました。――話したら避けられる。それが当り前です。もしくは、信じられない」
「……」
「それなのに、一歩踏み込んでくれたのが、館山さん。――あなたです」
「別に、そんなことは……」
「いいえ」鶴木は首を振った。「館山さんが理由のすべてです」
「…………」
彼女が黙った。
「夕食が食べられなかった僕を、心配して追い駆けてきてくれたり」
「……」
「いろんな話を聞いてくれて、嘘がわかるという僕と自然に接してくれました」
「……」
「あなたがやさしいから……僕は嘘のことを気にせずに、ふつうに話すことができました」
「……」
「だから、館山さんと、もっと話したい、もっと近づきたい。そんな、気持ちが、溢れてて……だから、その、つまり――」
後ろから彼女を抱きしめる彼との距離は、もうない。
彼は真っ赤な顔をして、彼女の驚く顔を瞳に映した。
互いに見つめ合う。
「…………この続きは、また今度、会ったときに話しましょう。僕、待ってますから。――館山さんが罪を償って……」
ゆっくり、と。
彼女が、彼に口付けた。
そして、唇は離れる。
「えっ?!」
彼が驚いた。
「え、って剣くん……今は『本番』で――」
館山がものすごい小声で鶴木に話す。
「おい、鶴木!」
萬井の声だ。
教室の戸が開いた。
「すまなかった。やはり、犯人をーー『仲間』を死なせてしまうのは、許されることじゃなかった。すまなかった。――よく館山を抑えていてくれた!」
「鶴木くん。ごめん! 取り押さえるためのロープを借りてきたよ」
そんな声を上げながら、萬井と小野が近付いてくる。
「……」
館山は、おとなしくロープで拘束される。
もう、抵抗する気はないようだ。
ーーなにか考えているような顔をしているが……。
「みなさん、警察がきました!」
あ、館山さん生きてたよかった、と矢部は続けて、
「これで事件は完全に解決です!」
そういうと笑顔を作った。
窓の外。
気が付けば、夜は明けて、朝日が昇っていた。
「はい! オッケー。いやぁー、いい演技だったわよ!」
「ちょっとまってください!」
そう言ったのは、鶴木だ。
「いったいどうしたの? 剣くん」
そう答えたのは、館山ではない。矢部でもない。
――彼女だ。
カメラを構えて、にやけている彼女だ。
「だって『キスシーン』なんて、『台本』にないじゃないですか! 更先輩!」




